第39話 限界突破の自己犠牲精神
八重瀬の独白は、まだ続いた。
俺たちはしばらく突っ込むことすら出来ずに、その信じがたい話を聞いているしかなかったが――
笑いながら話しているが、その瞬間の八重瀬の苦痛は一体どれほどのものだったろう。
ただでさえ穴だらけで、死んだも同然の身体を無理矢理叩き起こされ。
その傷口さえも一方的に弄られ、意識も身体も奪われていく感覚は。
そんな状況でも、必死に晶龍の説得を続けてたってのか――コイツは。
横では七種が真っ赤になって、一人で興奮してやがる。
「み、見たかったなぁ……晶龍クンが、八重瀬クンをそんな風に無理矢理……!
血まみれボロボロの身体に、さらにいっぱい色々ぶっ刺されたわけだよね?
それでも彼を抱きしめたんだ……八重瀬クン、やっぱりメッチャ優しいから!
あぁ~、何でボク、その場にいられなかったんだろ!?」
「七種。静かにしろ」
相変わらずのキモウト発言を、無表情で止める懐機。
そして八重瀬は、さらに続けた。いつもの笑顔を俺たちに向けながら。
「僕がそうして呼びかけているうち、晶龍も落ち着いてきてくれて。
身体に刺さった光を通して、さっきお話した真相を知ることが出来たんです。
結構膨大な情報量だったから、最初は脳が焼き切れるかと思いましたけど
――それでも、良かったと思ってます。
僕が求められた理由も、晶龍の望みも、島の真相も、知ることが出来て」
良くねぇよ。
それなりに信用してた課長に売られた挙句、魔獣に身も心も凌辱されたようなもんじゃねぇか――
そうツッコミたかったけど、何とか抑えた。
そのかわり、これだけは聞かなきゃなんねぇ。
「……それで?
そうやって晶龍サマと仲良くなって、お前、どうするつもりだよ?
まさかてめぇ、そのまま晶龍の望みを受け入れたワケじゃねぇだろうな?
晶龍が死ぬってことは、つまりお前も死ぬってことじゃねぇのかよ!」
「やめろ、巴」
思わず怒鳴ってしまう俺。慌ててそれを止める宣兄。
すると八重瀬は、頭に巻かれた包帯をゆっくりと解き始めた。
「確かにそうだよ、巴君。
だけど僕は、彼が死ぬ為だけに一方的に身体を奪われるのは嫌だった。さすがに僕も、それほどお人好しじゃないつもりだから。
このまま彼が死んでしまったら、島が救われない。そう思ったから、何とか晶龍を説得した。
僕の身体に入るのは構わない。だけど、そのまま晶龍の望み通りに死にたくはない。
島の人たちを、どうにかして助けたい
――だから僕は、心から願った。
身体を受け渡すかわりに、今すぐに死ぬのはやめてほしい。
島を助けられる方法を、二人で一緒に考えようって――」
解かれていく包帯の下から、少しずつ漏れ出す青い光。
「その結果、晶龍は暴れ狂うのをやめて、僕の話を聞いてくれるようになった。
最初はとても凶暴に思えたけど、実はずっと一人で悩み抜いてて、寂しかったと思う……晶龍は。
そして――彼は、僕の身体に入ってきた」
八重瀬の膝に、はらりと落ちる包帯。
その前髪の間から見え隠れしているものは――
どこまでも深い青をたたえながら、その面は幾つも幾つも不規則にカットされ、内部から漏れだす光が複雑な反射を繰り返す水晶。
――それは間違いなく、魔獣の『核』。
八重瀬の額に、決して剥がれることのない呪いのように埋め込まれ、周囲の皮膚がぶくぶくと奇妙に膨れ上がっている。まるで、塊が詰まりまくった血管のように。
それでもヤツはなお、笑顔を崩さない。
俺にはその微笑み自体が、まるで異形のものにさえ見えてきた。
――何でそんなこと、軽々と言えるんだ。
自分の身体に、魔獣を入れたなんて!
「僕がどこまで晶龍を受け入れられるか、不安だったけど。
今度はそこまで痛みもなく、すんなりと晶龍は入ってきてくれて。
気がつくと身体の傷は、ほぼ癒えていた。晶龍が、治してくれたんです」
俺は勿論、一同全員、この気が狂った話を茫然と聞いていた。
笑顔でいるのは八重瀬だけ。七種でさえもこの話に戸惑い、慌てて突っ込んでいく。
「え、えぇと……
つまり、八重瀬クンは、晶龍クンと……あまり大声で言えないようなこと、しちゃったってこと?」
「七種ちゃん、結構大きな誤解してるかも知れないけど……
全面的に違うとも言えないかな。感覚としては、近いものがあったから」
その言葉で、俺の中で何かがブツンと、大きくキレた。
「……おかしいだろ」
「え?」
「おかしいだろ、てめぇ!!
何でそんなにあっさりと、魔獣を受け入れられたんだよ!?
すんなり入ってきてくれただぁ!? ふざけんじゃねぇ!」
「巴!」
気がつくと俺は八重瀬に迫り、その襟ぐりを掴みながら叫んでいた。
背後から宣兄の声も聞こえたが、俺の感情はそれでも止まらない。
多分宣兄も、おかしいと思ったんだろう。力づくで俺を止めようとしないのは。
目の前で見開かれる、二つの碧の瞳。
瞳の奥底で、血のように蠢く紅。
二つの眼球の間で、ギラギラと異様な存在を示す水晶――晶龍の『核』。
――それでも俺は、問わずにいられない。
「お前さ……前から思ってたけどよ。
ひょっとして、親に乱暴されたとかネグレクトされたとか、昔イジメられてたとか、そういう過去あったりする?」
「何で? 特にないけど?」
キョトンと首を傾げながら、当然のように答える八重瀬。
……って、マジかよ。マジでそういうの、何もねぇのかよ。
この、異常なまでの自己犠牲精神――カウンセリング不可欠レベルのトラウマ持ちかと思ったのに。
「でなきゃ、おかしいだろ!
何で……何でそんな風にあっさり、何も迷わず、ワケ分からん魔獣に身体渡したり出来るんだよ!!」
「落ち着いて、巴君。
僕だって何も考えず、一方的に晶龍を受け入れたわけじゃない。
だから僕は晶龍と話した。彼と一緒に、考えた。
この島を本当に救う為に、どうすればいいのかを」
「だから……!」
さらに頭に血が昇るのが、自分でも分かる。
「お前……この島の連中がお前に何したか、分かってんのか?
この島を救うって、あいつらはお前を撃った連中だぞ!?」
「巴君。
そう言いたくなる気持ちは、分かるよ。でも僕は……」
「寧々みたいな子供を生贄にした挙句、お前の話なんて一つも聞かず、ただ一方的にお前を撃って、晶龍を盲信しやがって!
そんな連中、俺は勝手にどうにでもなれとしか思えねえよ」
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