第37話 独白――晶龍の真実――



 僕が晶龍に喰われ、巴君や寧々さんと引き離された後。

 気が付いた時には――僕は、あの洞窟の最奥部に流れ着いていました。

 そう、巴君たちと最後にいたあの場所。あそこが地下の最深部だと僕は思っていたけれど、実はあそこよりさらに深い場所に、あったんです――

 晶龍の閨のさらに奥、あなぐらのような場所が。


 その窖は銀色に光る無数の岩――つまり晶龍のウロコで構成され、清浄な水が絶えず流れていました。

 あの洞窟自体、晶龍のウロコを含んだ岩はとても多かったけれど、その窖は殆どが晶龍の身体で出来ていると言っても過言じゃなかった。

 ただ、その中心部には――

 非常に巨大な、水晶がありました。つまり、魔獣の『核』が。

 多分あれは、全長軽く5mぐらいはあると思います。僕らがこれまで見てきた魔獣の核の、どれよりも遥かに大きかった。

 しかもそんな巨大な『核』が、何にも支えられることなく、空中にひとりでに浮かんでいたんです。


 ただ、その時の僕は――

 もう、一歩も動くことが出来なかった。

 全身を晶龍に嚙み砕かれて、身体中が穴だらけだった。服も血でずぶ濡れで……

 どうして意識が保てているのか、自分でも不思議だった。


 ――その時、気づいたんです。すぐそばに、僕の神器たる大剣があるのを。


 大剣は僕に何かを訴えかけるように、こうこうと光り続けていました。

 その光に呼応するように、目の前の『核』も、光っていたんです。

 まるでそれは、僕を呼ぶようでした。実際、僕を呼ぶ声もはっきり聞こえました。



 ――真言。

 ようやく、会えた。



 その時、確信したんです。

 ずっと自分を呼んでいたのは、間違いなくこの魔獣――『晶龍』だと。


 僕の大量の血が、晶龍の核のすぐ下にまで流れていましたが。

 その血を核は光と共に吸い込み続け、膨張していました。

 すると晶龍は、僕の中にまた呼びかけてきたんです。



 ――お前は、儂の力を宿すに相応しい者。

 ずっと探していた。儂の願いを叶えられる者を。



 勿論その時の僕は、意味が分かりませんでした。

 ただ、自分が殆ど死んだも同然の状態であり、本来なら遠のくはずの意識を晶龍によって無理矢理引き戻されている。そんな感覚がした。

 確かその時、無我夢中で手を伸ばした気がします。全身が痛くて、特にお腹に受けた銃創は内臓まで傷つけていて、大量吐血までしていたから。

 何でもいいから、この痛みだけは何とかしてほしかった。


 そうしてどうにか這いずるようにして、核のそばに近寄っていくと――

 不思議と、痛みも出血もひいていった。

 何とか上半身だけでも起こすことが出来るようになって、核を見上げてみたら



 ――晶龍は、僕にこう呼びかけてきたんです。

『島を救う為に。

 自分を、殺してほしい』と。

 そう――先ほど晶龍が貴方たちに言ったものと、同じ願いを。



 勿論、僕にも全く意味が分からなかった。

 だから僕は、思い切って核に手を触れてみたんです。

 そこからも、ちょっと色々大変だったんですが――

 最終的には僕の脳に直接、晶龍の心象が流れ込んできました。

 彼は僕に、打ち明けてくれたんです。自分の願い、その理由を。



 およそ500年前、晶龍はとある王国の正当な王位継承者として生を受けた。

 その王国が何なのかは、晶龍自身も今は覚えていないそうですが――

 しかしまだ若き日に権力闘争に巻き込まれ、無実の罪を着せられ咎人とされた彼は、人間を信じられなくなり魔獣化。

 その怨みだけは、微かに覚えているそうです。


 王国を壊滅寸前に追い込むほど暴れた上、怒り狂った彼は海を渡り、白龍島まで流れ着いた。

 非常に凶暴な魔獣と化した彼は幾多の犠牲の果てに封印されるに至りましたが、呪いとも言うべきその力は、島を覆い隠してしまった。

 そして島は、外部の人間からは「白い霧に覆われた孤島」と呼ばれ恐れられるようになりました。


 ただこの時点では、その隔絶の力はそこまで強くはなかったんです。

 島の人間が外部に出ようとすればいくらでも出られたし、また、技術の進歩によって、外部から島に上陸することも可能になっていった。


 同時に、晶龍の膨大な力は島に豊かな恵みをもたらし、あらゆる災害から島を守っていた。

 結果、ある程度外部から切り離されていても島民たちは災害に怯えることもなく、恵まれた環境下で農耕に励む、まさに桃源郷とも言うべき生活を送ることが出来ました。



 しかし時代は経過し、1940年代に入り――太平洋戦争の頃。つまり、今から100年前。

 戦争の被害から島を守るべく、晶龍は自らの力を著しく強めました。

 その結果、戦争の直接の影響は受けなかったものの、島は完全に外界と隔絶。

 当然その影響で、島の人間たちは時代の流れからほぼ取り残された。

 晶龍の力の影響はすさまじく、島の存在は一切のレーダーも感知せず、衛星写真にも写らないレベルのものでした。

 島民たちが現在も、昭和初期とさほど変わらぬ暮らしを送っている――その理由はまさに、晶龍の力そのものにあったというわけです。



 ですが2000年代になり、晶龍の力はさすがに衰えを見せ始めました。

 外界から島を遮断する力が薄れ、またネットなどの技術の進歩が彼の力を上回るようになった結果、島の存在は次第に世に晒され始めた。

 そして、それまで抑えられてきたはずの災害も少しずつ起き始めるようになった。

 それでもなお島民の殆どは、晶龍を神とあがめ、盲信していたんです。

 ついに、寧々さんという生贄を差し出すまでに――



 晶龍は、確かに最初は狂暴な魔獣でした。

 しかし長年島民たちと共に過ごし、彼らに感情移入していた晶龍は、かつての凶暴さも怨念も薄れていたんです。

 そして彼は願っていた。自分の為に時を止めてしまった彼らを、どうにか今の時代に適応させる方法はないかと――


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