第36話 再会


「俺だって、島に来るまでずっと八重瀬のこと馬鹿にしてたけど。

 今なら分かるんだ。アイツはどこまでも強くて、優しくて、いいヤツだったって!

 晶龍。てめぇが本当に八重瀬の魂喰らって、アイツを二度と元に戻れない身体にしたなら――

 俺はマジでてめぇを許さねぇ。何度脳天ぶち抜かれたって、死んでもてめぇを許さねぇからな!!」


 いつの間にか、部屋のど真ん中で叫んでいた俺。

 晶龍の野郎は何を言われたのか理解できないというように、ちょっととぼけたようなツラで俺を眺めている。

 一気に感情を吐き出す俺を、他の奴らも少し驚きながら見つめていた。

 宣兄がそんな俺をとりなす。


「巴――落ち着くんだ。

 決めつけるな。八重瀬がどうなったかは、まだ分かってないだろう!」


 そんな俺を見かねたのか。晶龍は呆れたように頭を振り、天井に視線を向けた。

 まるで、誰かに話しかけるように。



「やれやれ……やはり、こういう面倒事は儂には不得手じゃな。

 真言。後は頼むぞ――」



 そう囁くと晶龍は、静かに眼を瞑る。

 すると何故か、一気に緊張が抜けたような感覚がした。晶龍の身体からも、俺たちを包んでいた空気からも。

 ほんの少し火花が散れば爆発しそうだった、そんな剣呑な雰囲気が――

 どういうわけか、大きく緩められていく。


 その肩からかけられていた大きめのマントが、ぱさりと落ちた。

 同時に、その唇から漏れた声は――



「あ……

 あれ? 晶龍?

 僕、は……」



 ヤツが再び目を開いた時――

 もう、あの紅の眼球の輝きはなく。

 かわりに現れたのは、俺たちの見慣れた、エメラルドの大きな瞳。

 マントの下から現れたのも、普段とまるで変わらない、亜麻色のワイシャツに紅のネクタイ、焦茶のズボンという姿。ただ、どことなく形が古い気もする。


 ――戻った?

 八重瀬が?


 直感的に、そう思った。

 まず真っ先に俺の方を見つめてきた、コイツを見て。

 ただ、その次の瞬間。


「う……

 う、わぁあ……っ!?」


 何故か両目を押さえ、頭を抱える八重瀬(多分)。

 その姿からはもう、ついさっきの威厳なんぞどこかしらに吹っ飛んでいた。

 寧々が慌てて、そのそばへと駆け寄っていく。


「八重瀬さん!

 早く、これを!!」


 寧々は当たり前のようにそいつを「八重瀬」と呼び、何かを懐から取り出した。

 それは――どういうわけか、黒い眼鏡ケース。

 慣れた手つきで寧々はそれを開き、中の眼鏡を手渡す。慌ててその眼鏡をかけ直す八重瀬(多分)。

 ……これ、もしかして、超古典的ギャグか何かか?


「あ、ありがとう……

 ごめん、寧々さん。まだ、どうしても慣れなくて」

「いいえ。

 って、やっぱり大変だと思いますし」

「そうなんだよね。

 前の僕は、普通に視力悪くて眼鏡かけてたのに、今は――」


 ほっとひと息ついた後。

 改めてそのエメラルドの瞳が、こっちを――

 俺たちを見つめてくる。


「巴君……

 それに、皆さん。本当に、すみませんでした。

 ご迷惑おかけして」


 寧々に付き添われて壇から降り、一言そう謝罪しながら、深く頭を下げる。

 その姿は――確かに、間違いなく、八重瀬真言そのものだった。


 一体、どういうことなのか。

 晶龍が不意にその気配を消したと思ったら、八重瀬が『戻って』きた。

 にわかには意味が掴めないでいる俺たちの中から、課長がすっと進み出た。


「見たところ、無事なようで何よりです――八重瀬君。

 状況から判断すると、君は重傷を負いながらも奇跡的に助かり、『晶龍』をその身に宿した。

 そう解釈して、問題ありませんか?」


 無事も何もあるか。八重瀬は俺の眼前で――

 思わず口を挟みかけた俺を、宣兄が無言で止めた。

 そんな俺たちを真っすぐ見据えながら、ヤツは静かに口を開く。


「はい。

 今の僕の心と身体には、『晶龍』が宿っています。

 いわば、彼と僕は一心同体。そう考えていただいて構いません」


 はっきりとそう断言しながら、八重瀬は寧々の隣へとそっと腰を下ろした。

 玉座にも似た壇の端に、彼女と一緒に座るその姿は――

 寧々の話を真摯に聞いていたあの時と、何も変わらない。


 その瞳が、改めて俺をじっと見据える。

 どこまでも澄んだエメラルド――の筈だったが、その瞳の奥には何故か今、わずかに紅がさしている。深い碧色と相対するような紅が。

 間違いない。『晶龍』の紅だ。

 あの魔獣、今でも八重瀬を通じて、しっかり俺たちを見ていやがる。


「皆さんには――どうあっても、聞いてほしいんです。

 特に巴君には、知ってほしいんだ。とても迷惑かけちゃったと思うから」


 俺を見ながら、ほんの少しだけ微笑む八重瀬。

 ――もう、絶対に見ることが出来ない。そう思っていた笑顔。

 それを思うと、胸にぐっと熱いものがこみあげてきた。


 ……そうだよ。すげー迷惑だったよ。

 何で俺が、お前なんかのこと、こんなに――


 だが、そう言いかける前に。

 八重瀬の表情が、再び引き締まった。


「今から、全部お話します。

 あの時、晶龍に喰われてから、僕が何を見たかを。

 晶龍が本当は何を願っているか、その真実を。

 そして――僕と晶龍が、何を決めたのかを」


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