第35話 儂を、殺してほしい
完全にこちらを馬鹿にしたかのような笑み。
まぁ、仕方ねぇか。向こうとこっちの力の差は、思い切り見せつけられたばかりだ。
ただ、七種だけは不満げに頬を膨らませた。
「ちょっとぉ~。晶龍クン、だっけ?
ほぼ初対面のボクたちに向かって、それは結構失礼なんじゃないかな?
ボクたち、キミに呼ばれたからわざわざここまで来たんだよ?
何だったら、もう一度戦ってもいいけど。っていうか、戦おうよ!」
こういう時ですら七種のこの空気読めなさとサイコパスぶりには、心底恐れ入る。眼キラキラさせながら鎌持ちだすんじゃねぇよ……
だがそんな七種の態度が、逆に面白かったのかどうなのか。
晶龍の表情が、少しだけ緩んだ――気がした。
「ここで喧嘩をする気は毛頭ない。
もし無理に戦おうとすれば、島の生命線とも言えるこの場所を破壊することになるでなぁ?
儂がわざわざここを選んだ意味を、分かってほしい。マナベダルの名を持つ者よ」
「マナベ……ダル?」
七種には全く意味が分からず、思わず隣の懐機と顔を見合わせる。
兄貴の方は意味が分かってるのかどうなのか、どこか面倒くさそうなツラで視線を逸らしただけだ。
俺は勿論、何も分からん。
晶龍は部屋のど真ん中、玉座のように一段高い場所へ飛び乗ると、堂々とあぐらをかきながら俺たちを見据えた。
「マナベダルというのは――遥か昔に存在した王国の娘にまつわる名じゃ。
いまや、儂の記憶の片隅にわずかに残るだけとなってしまったがな」
「王国――」
その時になって初めて口を開いた、円城寺課長。
「晶龍殿。
貴方はかの王国の末裔だという不確定情報も、こちらには入ってきております。
この際だ。貴方の出自に関しても、お話していただけませんか?
魔獣とは元々、人間が変化したもの。そう考えれば、貴方も元は人間だったと考えるのが自然でしょう?」
昨日頭をぶっ潰された相手に、しゃあしゃあとよく言える。
課長の肝っ玉ぶりにも正直驚かされたが――
晶龍は再び紅の瞳をギロリと光らせると、冷たく課長を凝視した。
「真言を利用して儂に取り入り、その力を行使しようという魂胆も。
さらに儂の領域下において、ぬけぬけと出自を話せという無遠慮も――見上げたものよ。
だが、今はその時ではない。
そもそも儂には王国の記憶など、ろくに残っておらんでな」
「記憶がない……とは?」
「人は昨日のことさえ、夢のように忘れてしまうもの。
500年も前の思い出など、さすがに疎かになっても仕方なかろう。
儂が覚えているのは――
正当な王位継承者でありながら、理不尽な罠に嵌められ謂れなき罪を着せられ、島流し同然の憂き目に遭った。それだけの事よ」
課長への怒りを露わにしながらも、意外にもスラスラと喋ってくれる晶龍。
一段高いところから明らかにこっちを見下げてくる態度は心底気にいらねぇが、もしかしたら、結構人間的な部分が残っているのかも知れない。
というか……こいつが、500年前の王位継承者? 500年前の日本のどこかに、そんな王国があったってことか?
途方もないファンタジーすぎて、実感がわかない。
そもそも魔獣と会話すること自体、俺たちには初めての経験だ。魔獣に変わってしまった人間なんて、会話どころかまともなコミュニケーションも成立しなかったのに。
そんな俺たちを見降ろしながら、晶龍はそばに寧々を侍らせ。
自分はあぐらをかいたまま、その表情を引き締める。
「お前たちをここに呼んだのは、他でもない。
タヌキのような腹の探り合いは嫌いなのでな、単刀直入にいくとしよう――」
そしてその紅の眼球が、真摯に俺たちを見据えた。
決して逃げられない、血の轍のように。
「この島を救う為に――
儂を、島民たちの前で、殺してほしい」
一瞬、俺たちの間に恐ろしい沈黙が降りる。
晶龍の言葉の意味を、俺たちの殆どは全く理解が出来なかった。
俺なんかは慌てて寧々を見つめてしまったが、彼女は晶龍と同じように、真っすぐに俺たちを見据えているだけ。
そんな沈黙を破るように、七種が声を上げた。
てか、当然の如く鎌振り上げようとするのやめろ。
「えぇと……
つまり、今すぐここで晶龍クンをぶっ殺しても構わないってことカナ?」
「それでは駄目じゃ。全く意味がない」
異常なまでに落ち着き払って即答する晶龍。
「儂がわざわざ『島民たちの前で』と言った意味。
お前なら、分かるか? 巴由自よ」
紅の瞳が、じいっと射るように俺を見据える。
島民たちの前で、晶龍を殺せって? 俺たちが?
一体そこに、何の意味が――
「ごめん。
悪いけど……俺には、何も分からない。
俺、頭悪いからさ。お前が期待するような答えは、何も出てこないぜ?」
「そんなことはなかろう。
巴よ。真言は言っていたぞ――
お前は間違いなく、強い人間だと」
「だから何で……っ!!」
何でそこで、八重瀬が出てくるんだよ。
俺はアイツに、何も出来ちゃいない。
アイツが必死で島の奴らを説得しようとした時だって、俺は何も出来なかった。
アイツが撃たれたって食われかけたって、俺は、何も――!!
「そもそも――
八重瀬はどうなったんだよ。アイツ、一体どこ行ったんだよ!?
真言が言ってた? アイツもてめぇも俺のこと何も知らないくせに、勝手に決めつけてんじゃねぇ!」
自分でも驚くくらい、俺は激していた。
溢れ出す感情が止まらない。畜生――
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