第34話 『晶龍』との邂逅
その日の夜――きっかり午後7時に。
俺たち心療課は案内役の寧々を伴い、白龍島に上陸していた。
メンバーは俺に宣兄、真鍋兄弟、それに円城寺課長だけ。他の自衛隊員やオペレーターは全員、護衛艦に待機。
つまり結局俺たち心療課は、
脅しと形容しても過言ではなかった寧々の言葉だったが、いずれにせよ課長は要求に乗っていただろう。
それは勿論、晶龍の力を心療課が手にする為。
あれだけ強大な力を、人間如きが易々と弄れるものかとは思うが――
何より俺だって、気になる。
というか正直俺が一番、行きたくて仕方がない。たとえ課長が駄目だと言っても、俺は一人で行ってたかも知れない。
首を跳ね飛ばされ脳をちぎられるかも知れない恐怖よりも、八重瀬と晶龍への興味が俺の中では、俄然上回っていたから。
目の前で喰い殺されたも同然の八重瀬。それがどうやって、助かったのか。
八重瀬の姿で現れた晶龍は、一体どういう存在なのか。
港へ降りてから何も言わず、先頭を歩く寧々。
それにぞろぞろとついていく俺たち。
艦に来る時寧々に付き添っていた島の男たちは、彼女の指示によって既に先に帰っていた。
――人柱の寧々を、あれだけ乱暴に扱っていた島の奴ら。
それがいつの間にか、彼女に対して若干へりくだった態度になっているのも気になった。
恐らく寧々が晶龍から大きな信頼を寄せられ、大事にされている為だろう。
元々、年の割に気丈で健気で、純真を絵にかいたような少女である。晶龍もさぞかしお気に入りだろうってのは、肌で感じられたが
――それ以上に、何かが気になった。
寧々が、その小さな背には似つかわしくないほどの何かを負っている。そんな気がして。
人柱というだけでもあまりにも重い宿命だが、それとは別の――
「ほぇ~
こんな古い町並み、初めてみたぁ!」
静まり返った村に入り、呑気に声をあげる七種。
少し前はあれだけにぎやかだった村は、今や人っ子一人おらず、静かなものだった。
十数メートルおきにわずかに点灯しているのは、例の龍の像――晶龍のウロコを使った、青白い街燈だけ。それも3つに1つぐらいの割合でしか点いていない。晶龍のエネルギーを可能な限り節約しようというのか。
島全体を揺るがしていたはずの地震も、何故かすっかりおさまっている。村への被害も、思ったほど酷くはない。
まるで心療課の上陸を見越しているかのようで、正直気味が悪い。
俺は思わず寧々に尋ねていた。
「寧々。
他の島民は……?」
「晶龍様の誘導で、皆さん安全な洞に避難しています。
この付近には昔から、大きな地下空洞もかなり存在しているので」
そんな彼女の後に続きながら、俺たちは村を歩く。
空の月は間違いなく、明日には満月になるであろうほどに大きい。銀の光が俺たちを照らし、その下には――
山から天に向かい、悠々と伸びていく巨大龍の姿が見えた。
海で戦ったヤツとは比較にならないほど大きいそいつは、まるで島と天の間を支える柱の如く。銀の鱗が月光でキラキラと輝き、雪のように山へと舞い散っている。
七種でさえもほうっとため息をつきながら、その光景を見つめていた。
「皆さま。あちらです」
寧々が指し示した先は、山の麓――
そこにはサイロにも似た石造りの建築物が、幾つも整然と並んでいる。
どれも似たような造りだったが、その中で少しだけ目立って大きいサイロがあった。
「あれは、この島の要――
晶龍様のウロコを電気などのエネルギーに変換する、いわば工場と言える場所です」
それだけ言うと、寧々は足早に、どこまでも真っすぐにそちらへ向かっていく。
慌てて俺たちもそれを追った。
あそこに待ってるのか。晶龍も……八重瀬も?
サイロの中は、思ったより大きな空間だった。
薄暗い空間の中ひときわ目をひいたのは、空中に浮かんだ星のように輝く、青白い岩石。
それは間違いなく、晶龍のウロコだった。幾つも幾つも宙に浮かび、プラネタリウムのように天井を満たしている。
よく見るとそれらは青く透明な水で満たされたガラス管の中に一つずつ入れられ、コポコポと小さな泡を吹いていた。
ガラス管の上端から天井へと黒いケーブルらしきものがいくつも繋がり、まるで巨大な樹の根のように見える。
恐らくこのケーブルを通じて、村へとエネルギーが供給されているのだろう。
清浄な青い水で満たされたかのような、そんな空間の中心に。
八重瀬は――というか、『晶龍』は、いた。
元の栗色から銀色へと変化し、顎あたりまでほんの少し伸びた髪。
白いマントに全身を包み、頭の包帯も巻き直されている。
最も目立つのはやはり、背中に負った抜き身の大剣――未だに青く輝き、その溢れる力を示している。
俺たちの来訪などとっくに予期していたかのように、ヤツはそっと振り返った。
紅に染まった二つの眼球が、凍てつくような冷たさで俺たちを捉える。
「――晶龍様。
心療課の皆さまを、お連れいたしました」
ヤツの眼前へ、そっと膝をついて礼をする寧々。
そんな彼女に、『晶龍』は意外なほど優しい声色で言葉をかけた。
「ご苦労だった。
寧々。お主はもう、両親のもとへ――」
「いいえ、晶龍様。
私もここにおります」
しっかりと目線をあげ、晶龍を見据える寧々。
何故だろうか。この二人の間には、既に二人だけの世界が作られている気がする――
それはやはり、寧々が元々晶龍の生贄、つまり花嫁だった故か。
「私は決めたのです。
晶龍様のおそばにつき、全てを見届けると」
寧々の言葉に、諦めたように少しだけため息をつく『晶龍』。
だがヤツはすぐに俺たちに向き直り、ギロリと眼球を光らせた。
包帯の下の『核』も、背中に負った大剣もまた、妖しげな青い光を漂わせる――
一瞬、身構える俺たち。身体を粉みじんにされ、思考中枢まで破壊されたあの時の痛みが、じわじわとぶり返してくる。
懐機は勿論、宣兄の額にさえじっとり冷や汗が浮かんでいた。
いつもと変わらず飄々としているのは、課長ぐらいのもん。
そんな俺たちの心を見透かしたかのように、晶龍は不敵に笑う。
「よくもまぁ……
逃げずにノコノコやってきたものよ。
腐っても神器を持つ者たち、ということか」
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