第33話 島からの使者


 離れ離れになったのは数日前のはずなのに、寧々とは随分久しぶりに会うような気がする。

 俺は思わず、護衛艦へ到着した彼女を見つめていた。

 寧々と一緒に乗り込んできた男は二人とも、随分寡黙な筋肉質の男。則夫ではなかったし、あの洞窟での争いでもその二人の姿は見なかった気がする。

 ちょっとほっとした――則夫やあの連中に出くわしたら、俺は奴らをぶん殴っていたかも知れないから。


「寧々……!」

「――巴さん!?」


 艦へと上がってきた寧々を見るや否や、思わず彼女を呼んでしまった俺。

 彼女も俺の声に反応し、思わず顔をほころばせてしまったが――

 すぐに顔を背け、唇をきつく噛みしめる。


 寧々が無事なのは、何よりだったけど。

 八重瀬は、一体どうなった。晶龍ジェンロンの狙いは何だ。

 そもそも何故、寧々が使者に?


 ――疑問は山ほどあったが、俺と寧々の間は、物言わぬ島の男二人によって思い切り遮られてしまった。





 そして間もなくブリーフィングルームに通され、課長と相対した寧々。

 その顔に、一切笑みはなかった。


「単刀直入に申し上げます。

 ――心療課の皆さまに、一旦島への攻撃を中断し、平和的な上陸をお願いしたいのです」


 その場に集まったのは、課長含めた心療課全員。そして自衛隊員が数名。

 ただ、寧々についてきた島民二人は、席を外している。

 彼女にしてみれば、八重瀬と俺以外で初めて目にする本土の人間――

 そんな大人たちを前にしても、寧々は一切動じず、用件だけを淡々と伝えてきた。


「今、白龍島はご覧のとおり、未曾有の危機に瀕しております。

 これ以上島を崩壊させない為に――晶龍様に、会っていただきたいのです」


 部屋の空気が、ざわりと動いた。

 晶龍に会え? 幻の中とはいえ、俺たちを叩き殺したあいつに?

 そもそも、厄災級の魔獣に会えとか、どういう魂胆だ――

 真っ先に口を出したのは、七種。


「寧々ちゃんだっけ? キミ、面白いこと言うねー!

 ボクたちあいつに、結構酷い目に遭わされたばっかなんだよ?

 八重瀬クンきっと、あいつに食べられてああなったんだよね?

 ボク、あーいうワイルドな八重瀬クンもいいけど、やっぱ普段の八重瀬クンも好きなんだよなー。戻してくんない?」

「七種。静かにしろ」


 笑顔のまま結構辛辣に言い放つ七種を、懐機が抑える。

 そのかわり、じっと寧々を注視したままの課長が口を開いた。


「寧々さん。

 それは――晶龍からの要請ですか?」

「はい。

 晶龍様はあくまで、対等な話し合いを望んでおられます。

 島を救う為に、どうか協力してほしい――それが、晶龍様の願いです」


 課長の質問にも、毅然としてよどみなく答える寧々。

 それはいいんだが――


「寧々……ちょっと、いいか」


 思わず話に割り込む俺。


「話が見えねぇよ。

 お前には分からないかも知れないけど、晶龍は俺たちにとっては魔獣だ。それも、厄災級の。

 俺たちはずっと魔獣と戦ってきて、その恐ろしさも凶暴性も知ってる。話し合いなんて成立する相手じゃないんだ。

 なのに――晶龍は、俺たちと話がしたいって? 島を救う為に?」

「その通りです、巴さん」


 まっすぐに視線を俺へと向け、答える寧々。

 そして周囲を探るように見回しながら、彼女は言った。


「ともかく――

 ここでは、お話できないことが多すぎるのです。

 どうか皆さまには、晶龍様と直接お会いして、もっとこの島と晶龍様を知っていただきたい。

 その為に、私はここに参りました。

 八重瀬さんと晶龍様に何があったのか。そして、お二人の間で何が決められたのかを――

 どうか、心療課の皆さまには、知ってほしいのです」

「!?」


 心に、動揺が走る。

 そうじゃないかと思っていたけど――やっぱり!


「じゃあ……

 八重瀬はやっぱり、生きてるのか。

 晶龍に魂を喰われたわけじゃなくて……!?」


 身を乗り出した俺を、曇りなき眼でじっと見据える寧々。


「はい――巴さん。

 八重瀬さんは、確かに生きていらっしゃいます。

 晶龍様と、共に」


 それはあまりにもはっきりとした、寧々の断言。

 そんな彼女を見ながら、やんわりと課長が口を開く。


「もし、我々が拒否するとしたら、どうします?

 我々が貴女の申し出に乗ったとして、厄災と指定されている魔獣と対話を行なうメリットは、どこにありますか?

 晶龍の力を、我々は見せつけられたばかりだ。対話をするつもりで行ったら全員が一瞬で喰い殺される――その危険は否定できませんね」


 課長の言葉はもっともだ。

 だが寧々はそれでも食い下がる。


「八重瀬さんは仰っていました。

 自分が抑えている限り、決して、晶龍様にそのようなことはさせないと――

 それだけは、どうか信じてほしいと」


『晶龍』ではなく『八重瀬』が言ったのか。それを。


「皆さまには、今の晶龍様と八重瀬さんのありようを、実際にご覧になっていただきたいのです。

 先ほどの結界内における戦闘も、お二人の考えあってのこと――

 お二人は仰っていました。晶龍様の願いが叶わず、貴方がたが国力に任せ、強引に白龍島に乗り込もうとするなら。

 また同じような虚しい攻防が繰り返されるだけだとも。

 双方に多くの血が流れる危険性は否定できないとも!」



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