第32話 結界の力
「巴クン。
巴ク~ン?
いい加減、起きようよ~!!」
どこからか聞こえてきたのは、また、七種の声。
あぁ――天国だか地獄だか知らないが、死んでからも俺、あのサイコパスと一緒かよ。
「巴。
おい、起きろ。いつまでも寝ている場合じゃない!」
あれ……宣兄の声まで聞こえる。比較的はっきりと……
七種も宣兄もみんな、あいつに殺されたんじゃないのか。
艦まで炎上して、課長に至るまで全員、ほぼ一瞬であいつ――晶龍に。
俺だって――
「いいから起きるんだ、巴!
これ以上、幻に惑わされるな!!」
ぺん。
軽い音と共に、俺は頬を張り飛ばされ――
俺は目を覚ました。
眼前にいたのは、興味深げに俺を見つめる七種。
ひどくいかついツラで俺を睨みつけている、宣兄。
七種のすぐ後ろで、俺を見下げている懐機。
――何故か三人とも、外傷は全くない。
どうやら俺は甲板の上にそのまま寝かされているらしい。少し頭を回してみると――
艦自体の炎上は何とかおさまったようだ。
というか、炎上したような形跡がまるでない。炎と煙の臭いも全然しないし、床も全く熱くない。
少し離れた甲板の端では、課長が呑気に海を眺めている。ついさっき脳みそぶっ潰されたんじゃないのかよ。
――その海も、あれだけ溢れていた龍どもの姿は今、夢のようにかき消えていた。
空を覆い尽くしていたあの白い霧も今は全くなく、綺麗な朝焼けに染まっている。
ブリッジの方を振り返ったが、どこにも傷ひとつない。オペレータたちもきびきびと業務を続けている。何事もなかったかのように。
「せ、宣兄……?
何で、俺は……ていうか俺たち、何で無事なんだ?」
奇跡的に復活した宣兄が、超パワーで全部治してくれたのか。
一瞬そう思ってしまったが、すぐにそれはありえないと気づいた。
頭を潰された七種たちを治療するのは不可能だし、そもそもあの時宣兄だって、身体中穴だらけになってぶっ倒れたはず。
そもそも俺だって、確実に死んだ――はずだ。脳の思考中枢に至るまでバリバリ引きちぎられたあの感覚は、未だに消えない。
戸惑う俺の耳に聞こえたものは、呑気に朝焼けの海を眺める課長の声だった。
「相手に対して、恐ろしい幻影を見せつける――
これもまた晶龍の生み出した、あの結界の力です」
俺がよっぽどぽかんとしていたのだろう。
七種がにこにこ笑いながら、その現象を説明してくれた。
「つまりね、巴クン。
ボクたちみんなあの霧の中で、自分やみんなが死んじゃうような幻を、八重瀬クンに見せつけられてたってワーケ。
ボクも一瞬で首ハネられちゃったし、メッチャ強くなったねー! 超カッコ良かった、八重瀬クン!!」
信じられなかった。
仲間の死も、俺自身の死も、艦の炎上も、全てが夢みたいなもんだっただと?
それに応じるように、懐機も吐き捨てる。
「全く……
あの霧に包まれてからの全てが、幻だったとはな。
七種が死ぬ幻覚のみならず、自分が死ぬ感覚までじっくり味わわせてくれるたぁ、バカにされたもんだぜ。
八重瀬の野郎、次会ったらタダじゃおかねぇ」
あいつは八重瀬じゃない。晶龍だ。
八重瀬の身体を乗っ取った、魔獣だ。
――そう言いたかったが、言えなかった。
多分ここにいる奴ら全員、それには薄々勘付いているだろう。
ということは晶龍の野郎、死ぬほどの苦痛を俺たちに与えておいて、実際には何もせずそのまま帰ったってことか?
いざとなれば、単騎で俺たちを一瞬で壊滅させられる力があるとでも主張したかったのか。
何が何だか、さっぱり理解不能だ。
そんな俺の疑問を、宣兄がまるごと代弁してくれた。課長に向けて。
「しかし……
課長。一体何故、晶龍は我々にそのような幻を?
これ以上島に手を出すなという、警告でしょうか?」
そんな宣兄の問いにも、課長は俺たちに背を向けたまま、のほほんと答える。
「勿論、警告の意味もあったと思いますよ。
ヘタに島に手を出すつもりなら、この惨劇は幻では済まなくなる――そういう意図もこめられているのでしょう。
ですが最大の目的は恐らく、我々の戦力を探るためかと」
「戦力も何も……!
あのような化け物相手に、我々だけでどうにか出来るとは思えません。
課長。今すぐ、全国の支部へ救援要請を――」
宣兄の言葉は当然と言えた。
全てが幻だったからまだ良かったが、あんな光景がもし現実になったら。
神器を使える奴らを日本中からかき集めたところで、勝てる気がしない。
――だが課長は、ちらりと海面に視線を下ろすと、呟いた。
「……恐らく、それには及びません。
もうすぐ、やってきますよ。島からの使者が」
その言葉に、全員の視線が課長にならい、海上へと向いた。
朝焼けの中に、ぼうっと浮かぶ小さな島。その中央からは依然として、あの銀の龍が姿を現し、雲のように島の上空を悠々と回っている。
そして港からは一艘の小船が、白い波の筋をひきながら、音もなく俺たちのいる護衛艦へと接近しつつあった。
備え付けの棹以外に動力らしきものが見当たらない、いかにも時代劇に出てきそうな木製の小船。
その小船に乗っているのは、着流しの男二人と、自衛隊員が二人。着流し男の方は慣れた動作で棹を操っている。多分島民だろう。
そして、男たちの間に静かに座り、船に揺られているのは――
巫女の衣装を纏った、小さな影。
一瞬白装束にも見えたが、よく見ると袴は目の覚めるような紅。袖口にも襟にも、遠目で分かるくらい鮮烈な金と紅の刺繍が施されている。
藁で編まれた笠をかぶり、陽射しをよけてはいたが、綺麗に切りそろえられた髪が海風に吹かれている。
特徴的な、朱色の髪が。
「……寧々?!」
思わず甲板から身を乗り出した俺。
あの子も――生きていたのか。何となくそんな気はしていたけど。
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