第31話 壊滅


 何故か俺の目には、比較的はっきりと見えていた。

 こんな状況下、炎の中心でさえ、冷静に相手を見据えている円城寺課長が。

 そしてその真正面から相対するは――



 八重瀬の身体を乗っ取った、『魔獣』。



 そいつを前にしても、何故かいつもと大して変わらぬ口調で、課長は腕時計を確認していた。


「――戦闘開始から巴君の撃沈まで、僅か48秒とは。

 流石ですね、『晶龍』」



 ――何だって?

 あいつが……人間の形をしたあの魔獣が、『晶龍』?

 俺たちが追っていた、島の核となる魔獣――そのもの?

 そいつがどうして、八重瀬を……?



『晶龍』呼ばわりされた『八重瀬』は、そんな課長の言葉に直接は答えず。

 恐ろしいスピードで右腕を伸ばし、課長の脳天を直接掴んだ。

 凄い勢いで吹っ飛んでいく、課長の眼鏡。

 一瞬だけざまぁと思ったが、そのまま頭をわしづかみにされた課長の両脚が、ふわりと床から浮いていく。

 恐ろしい力で掴まれた課長の頭から血が噴きだし、ゴキゴキと嫌な音まで響いていた。



「……貴様か。

 真言を騙し、この島へ誘導し、その血を流させたのは?」



 真言……って、八重瀬のことか。

 それでも課長は酷く冷静に、その問いに答える。

 というか頭を破砕されかかっているのに、この期に及んで何で気味悪い笑みまで浮かべてんだ、この課長。


「しかし、おかげで貴方は復活した――晶龍。

 貴方の力を覚醒させる血を持つ者、八重瀬真言がその身を捧げることによって。

 貴方が八重瀬の魂を、喰らったことによって」



 ――なん……だって?

 アイツが……晶龍が、八重瀬を?

 晶龍を覚醒させる血? 八重瀬が、身を捧げた?



「貴様の言う通り。

 真言は真摯な、優しい子じゃった。

 儂の目的を知ってもなお、どこまでも真剣に儂に向き合い、儂を受け入れた。

 あのような人間は、他になかなかおるまい」

「ならば、何よりです。

 貴方に、心療課で育てたとっておきの人材を提供でき――」



 ぐちゃっ。

 課長が最後まで言い切らないうちに、八重瀬――晶龍は全く情け容赦なく、その頭を片手で潰した。

 まるで、それ以上聞きたくないとばかりに。

 血と脳漿があたりに飛び散り、頭部を粉砕された課長の身体が、どうっと倒れていく。



 そんな光景を前にしながら、晶龍は冷ややかに呟いた。

 とっくに脳をちぎられたはずの俺にさえ、何故かはっきり聞こえる声で。



「それほどまでに儂のこの力、欲しいというなら――

 今少し、味わっておくがいい!」



 そんな言葉と共に、ヤツは一気に上空へと飛翔した。

 同時に轟いたものは、幾重にも重なって響きわたる、龍の咆哮。

 次第に晶龍の姿は、青白い光に包まれる。

 それはやがて、炎上する護衛艦――つまり、何も出来ないままの俺たちの上までを覆い尽くし。



 全てを焼き尽くし吹き飛ばしていく閃光の中、最後に聞こえたものは、何故か――

 八重瀬の声だった。



 ――ごめん、巴君。

 でも君には、知ってほしいんだ。僕『たち』が何を思って、どういう選択をしたのかを。

 君は――やっぱり、強いから。



 全くもって意味が分かんねぇ、八重瀬の言葉。

 だがそれは間違いなく、晶龍ではなく、八重瀬本人の声だった。

 それを最後に――俺の意識は、ふっつりと切れてしまった。




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