第29話 惨劇



「八重瀬クンだよね!! 

 すっごい、チョーゼツカッコイイよ、その髪と目の色!!

 どうやってそんなに綺麗に染めたのー!?」



 こういう時のこいつ七種の能天気っぷりは、逆に助かる。

 俺が認めたくなかった現実を、何の躊躇もなくズバリと言い当てやがって。

 逆に宣兄なんかは、焦りを隠せていない。


「そんな……まさか。

 アレが、八重瀬……だと?」


 巨大斧を構える宣兄の両腕が、小刻みに震えている。

 単に龍の群れを前にしているから、だけではない。あの人影――

 紅の眼球の持ち主から発される奇妙な威圧に、完全に負けてしまっている。

 それは宣兄だけじゃない。俺も、懐機も全く同じだ。

 ただ一人何も感じていないのは、この状況で目をキラキラ輝かせている七種だけ。



 違う。俺の中で何かが、激しく叫ぶ。

 アイツがこんなに、冷たい瞳をしているはずがない。こんなに周囲の全てを押しつぶすような威圧なんて、アイツにあるわけがない。眼鏡もかけてないじゃねぇか。

 アイツはどこまでも落ちこぼれで、クソ弱くて、優柔不断で。

 でも、死ぬほど優しくて――!



 やがてその影はゆっくりと、背中に装着された剣の柄に右手をかけた。

 抜き身のまま装着されたその剣は、ヤツ自身の身長の2倍以上はある――

 どこまでも青く青く輝く、大剣。

 勿論それは、八重瀬が持っていた神器と同じもの。

 ――その剣の煌めきが、残酷なまでにはっきりと告げていた。



 どんなに否定したくとも、この影は間違いなく、八重瀬真言であると。



「……何でだ」



 俺の喉からは、そんな乾いた声しか出てこない。

 八重瀬が生きていた――本来なら喜ぶべきなのかも知れない。だけど。

 今眼前にいる『八重瀬の姿をした何か』への恐怖が、喜びを遥かに上回ってしまっていた。



 そんな俺の動揺にも全く構わず、ゆっくりと大剣を抜き放ち、右手だけで構える『八重瀬の姿をした』影。

 八重瀬が持っていた時はただの鉄塊でしかなかったあの剣が、今や神々しささえ感じられる青い光を帯びている。ありあまるエネルギーが溢れ出しているのか、無数の光が羽毛のような形となって剣から舞い上がってさえいた。

 アイツの身長より遥かにデカいはずなのに、その剣は全く重さを感じさせない。


「ねぇ、八重瀬クン!」


 そんな、八重瀬の姿をした『何か』に向かって――

 空気も読まず真っ先に飛び出したのは、七種だった。

 つい数分前の愚痴はどこへやら。自慢の鎌を手に、海面を飛び跳ねるように駆け抜けていく。

 さっきまでボロボロだったはずなのに、八重瀬を見た瞬間から元気を取り戻したらしい。

 コイツにもそんな感情があったのか。それとも――



「生きてて良かったぁー!

 試しに戦ってみよーよ? 今の八重瀬クン、滅茶苦茶強そーだし!!」



 そう。七種は、強い相手を見れば燃えるタイプだ。

 弱いヤツが数で押してくる、つまり今のような状況は不得手だが、単騎でアホみたいに強い奴にはめっぽう燃える。

 恰好は女子高生だが、脳みそは少年漫画で出来ている。それが七種だ。


 だが、向かってくる七種を前にしても。

 八重瀬(の姿をした何か)は、殆ど何の反応も示さなかった。

 海上をウサギの如く駆け回ったかと思うと、龍たちの頭上に一気に跳ね上がり、鎌を振り上げる七種。


 だが、その刹那――


「――バカッ!!

 戻れ、七種!!」


 響いたものは、懐機の、悲鳴にも似た絶叫。

 次の瞬間、青く輝くあの大剣がほんの少しだけ、動いたように見えた。

 そして何もない中空に向かって、横薙ぎに払われる光――



 七種の頭が、飛ばされていた。

 輝く月の真下へ、綺麗な孤を描いて。



「――!?」


 何が起こったのか、その瞬間全く分からず、立ち尽くすしかない俺たち。

 何も出来なかった俺たちの眼前で、七種のポニテが上半身から離れ、海へと落ちていく。

 切断面から噴きだした血は虚空で紅の曲線を描き、白銀の世界に彩りを添えた。

 数瞬前まで敏捷に動いていたセーラー服はまるっきり力を失い、海へと呆気なく叩きつけられていく。



 そんな。

 七種はあれでも、俺よりかなり強かったはずだ。

 それが、こんなにも呆気なく――?



 力なく海面にふわふわと浮き上がってくる、七種のセーラー服と胴体。

 上半身の部分が血を浴びて、真っ赤に染まっていた。

 頭は――どこへ行ったのか、俺の眼では分からない。



 俺だけじゃない。宣兄までもがこの事態に、目を剥いていた。

 無理もない――頭を粉砕されたり首がもげたりしたら、いかに宣兄の治癒術をもってしても、回復は不可能。それは耳にタコが出来るほど聞かされている。

 ――それなのに、七種は。



「な……

 七種ェエエエッ!!!」



 現実を受け入れられず茫然とするばかりの俺の横から、懐機が飛び出していく。

 ヤツも既に全身ズタボロだが、それでも弟たる七種をこんなことにされて、どうかならないわけがない。

 黒い弾丸の如く空を裂き、突撃していく懐機。怪力と筋肉とスピードに任せた突貫攻撃だが、懐機の神器の力を合わせれば、そのへんの魔獣ならば複数体一瞬でぶちのめすことも可能だ。

 ――そう、そのへんの、ただの、雑魚魔獣なら。


 だがその刹那、再びあの大剣が、今度は懐機に向けられ――

 上から下へ、綺麗な直線を描きながら静かに振り降ろされた。




 ぐちゃっ。

 肉を無理矢理万力で押し潰すかのような、嫌な音。

 と共に、懐機の上半身が、空中で丸ごと潰れていた。

 上から凄まじい重みの鉄塊を落とされ、それが頭から直撃したらこうなるかもという形に、変形する懐機の身体。

 上半身が真っ赤な粘土のように押し潰され、残された下半身だけが海へと落ちていき、見事に弟のすぐ隣へと仲良く並んだ。


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