第28話 地獄の無限リスポーン
そして、約5時間後――
龍どもとの戦闘は、一向に終わらなかった。
護衛艦を取り巻く霧は、全く晴れることはなく。
押し寄せる龍どもの群れは、減るどころか増えるばかり。
どれほど叩きのめしても沈めても、次から次へと龍の首は波を蹴立てて襲い来る。
護衛艦を起点にそいつらと延々と戦い続け、もう5時間。
終わらない。どれほど戦っても、終わらない。
いつもだったら複数魔獣が出現することはあっても、多くて4~5体がせいぜいだったのに。
もう俺たちは――軽く100体以上の龍を切り刻み、焼き尽くし、ぶっ潰し、海に沈めたはずだ。
それなのに、終わらない。
霧の向こうから生まれ出る龍は全くその勢いを落とさず、どれほど斬っても叩いても潰しても、次々と霧の中から飛び出してくる。
かといって護衛艦自体を動かして霧へと突っ込もうにも、まるで艦の動きとシンクロするように、霧自体が逃げ水の如く艦から遠ざかっていく。レーダーさえも何故かほぼ役立たずになり、オペレータも自衛隊員たちも混乱に陥っていた。
結果、俺たちは前進も後退も出来ず。
5時間延々と、終わらない戦いを続けていた。
ゲームだとどれだけ倒しても倒しても、延々と同じ敵が現れ続けるヤバイ場所がよくあるが、そんな忌まわしい場所に閉じ込められちまった――そんな感覚だ。
そして時間を経るにつれ当然、俺たちの体力もじりじり削られていく。
最初は神器の力で一方的に推しまくっていた俺も七種も懐機も、次第に相手の物量に息切れを始めていた。
俺たちはたとえ傷ついても体力の限界を迎えても、後方で控える宣兄がいつも大体何とかしてくれる。
宣兄の持つ治癒能力――あの巨大斧はまさしく、俺たちを影で支える神器だ。
俺たちは魔獣にどんなに腹を裂かれようが四肢をもがれようが、近くに宣兄さえいれば、だいたいすぐに治癒されて戦線に復帰が可能だ。頭を潰されるとさすがに無理らしいが。
5時間もの間、途切れることなく俺たちが技を撃ち続けられたのは、宣兄の力に他ならない。
だが――
宣兄のその万能治癒能力をもってしても、俺たちの体力が回復出来ない段階まで来ていた。
そもそも、宣兄本人が神器の力を使い過ぎて、甲板で膝を折りかけているのだから。
「はぁ、はぁ、はぁ……
お、お腹すいたぁ~……もうヘトヘトのクラクラだよぉ……
まだ終わんないのぉ、コレ?」
さすがの七種も甲板に戻るやいなや、両膝をついてぐったりと肩を落とす。
そのセーラー服はたっぷり海水と血飛沫を浴びた上、あちこちかぎ裂きだらけ。破れた服の間から胸やら太ももやらが剥き出しで、身体の線もくっきり見えている。平べったい胸の形までも。
見る奴が見れば超刺激的な光景だろうが、残念ながら俺にその趣味はないし、今それどこじゃねぇ。
というか俺も懐機もそして宣兄までも、似たような状況だ。七種によれば
「巴クンのズタボロ血みどろパーカー見ても、いつもみたいに萌えないなんてぇ……
巴クンがおヘソも太ももも丸出し大サービスしてくれてるのに、それどこじゃないなんてぇ……
さすがにボクもヤバイかなぁ?」
だそうだ。
魔獣との戦闘ではいつも、俺たちは普段のスーツや制服で挑む。自衛隊員のような重装備をすることは殆どないし、軽装の方が逆に神器の力を扱いやすくなるという事情もある。
だが、さすがにここまで来ると、薄手のパーカー一枚で挑んだのが悔やまれた。
龍の噛みつきやら、爪による引っかきやらの近接攻撃を喰らいまくった上、奴らは容赦なく口から雷やら炎やらまで吐き出しやがっている。
そいつを全部かわすなんて、俺でも不可能。
結果俺は、いつの間にか全身傷だらけ。宣兄の力で傷自体は治るものの、服までは修復できず、文字にするのが憚られるレベルの恰好を曝していた。パーカーは半袖じゃなかったはずだし、ズボンは半ズボンじゃなかったはずなのに、全く――!
時間が経過するにつれ、昼間だったはずの空はいつの間にか夕闇に染まっている。
幻の霧に包まれてはいるが、景色全体が少しずつ夜の闇に覆われ始めていた。
それでも依然として、俺たちを取り囲み続ける龍の群れ。
宣兄を中心として、辛うじて甲板にしがみついているのがやっとの俺たち。
「巴、七種、懐機――
それでも俺たちは、やらなきゃいけない。立て!」
そう言いながら再び斧を構える宣兄自身も、もうボロボロ。
俺たちが宣兄を守りきれず直接龍の攻撃を喰らってしまったこともあるし、そもそも宣兄の力自体が限界に近い。斧を握った両手は既に血まみれで、斧自体も弱弱しい明滅を繰り返し、今にもぶっ壊れそうだ。
そんな俺たちの頭上に響くのは、相変わらず呑気かつ冷酷な課長の声。
《皆さん。
まだまだ龍の攻勢は終わらない――晶龍の力は、このようなものではありません。
諦めずに戦ってみてください》
この場でこんだけ謎の冷静さを保っているのは、この課長ぐらいのもんじゃないだろうか。
戦ってみてください、じゃねぇんだよこのクソダヌキ――
思わず俺がそう叫びかけた、その時だった。
「巴クン!
み、見てアレ! 超強そー!!」
七種の叫びに、俺は思わず顔を上げた。
目の前を覆い隠すかのような龍の群れ。その直上の天には、いつの間にか満月に近い月が、白く輝き始めている。
これも幻なのか。思わず俺が月を見上げると――
ゴウッ……と、どこからか重い波の響きが聞こえた。
激しくはなく、どちらかと言えば静かな響き。だがそれは海全体を揺るがしかねない振動を伴っている。
同時に、何故か動きを停止し、奇妙に静かになる龍たち。
無数の白銀の龍が海上で静止するさまは、まるで樹氷に覆われた森にも思える。
だが七種が指していたのは、それではない。
龍たちの向こう。月光の下。
それまでとは比較にならないレベルの力をもつ『何か』が――
接近しつつあった。
真っすぐ、俺たちに向かって。
まるで海を割るように。
家臣が王に道を開くかのように。
綺麗に二つに分かれる龍の群れ。
その奥から、静かな波飛沫と共に現れたものは――
まさに、龍たちを統べる王とも言うべき存在。
ここまで俺たちが戦ったどの龍よりも、ひときわデカい図体。
白銀に煌めく鱗。月光を受けて、ほんのり蒼く輝く双対の角。
海も島も俺たちさえも、全てを喰らいつくすかのような無数の牙。
そして――真っ赤に輝く、血に染まった二つの眼球。
俺が島で見た龍。つまり、八重瀬を喰らおうとした龍と――
そいつは、ほぼ同じ姿だった。
だが、他の龍と明確に違う点が、その巨体以外にももう一つ。
――龍の頭の上。雄々しく突き立った双対の角の間に、人影が見えた。
小さくぽつんと見えた、たった一つの人影。月光の陰になり、顔がよく見えない。
白いマントを羽織り、じっとこちらを見据えている――
瞬間、ぞわりと背中に戦慄が走った。
その影の顔に浮かび上がったのは、龍と同じ、紅の眼球二つ。
海風に靡く、銀色の髪。何故か額の部分は包帯で覆われている。
――だが。
眼の色も、髪の色も違う。だけど、あの背格好は――
まさか。
そんな俺の嫌な予感を見透かしたかの如く、七種の声があたりに響いた。
「八重瀬クン!?
八重瀬クンだよね!! すっごい、チョーゼツカッコイイよ、その髪と目の色!!」
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