第26話 開かれる戦端


 護衛艦の殆どがオーロラに取り込まれてしまっても、円城寺課長は相変わらず動揺を見せなかった。

 それどころか何もかもを見抜いているかのように、この課長タヌキは悠々と口にする。


「慌てることはありません――これも、晶龍の力の一種。

 恐らく、周辺を防護する結界のようなものでしょう」


 白い霧で視界の殆どが閉ざされていく。目の前にあったはずの島どころか、隣の護衛艦すらもう、肉眼じゃろくに見えない。

 それでも課長は落ち着いたもんだ。たまりかねて、宣兄が口を出す。


「課長。結界とは一体?

 晶龍の内部に、我らは取り込まれてしまったのでは?」

「心配ないですよ。

 我々上層部も、手をこまねいていたわけではない。

 君たちが心療課に来るずっと前から、守備局は晶龍あの厄災の研究を進めてきた。当然、晶龍の性質も、戦法もね。

 このオーロラも、500年前晶龍が暴れた時に生み出されたものの一つ。一定範囲を霧状の結界で防護するものです。

 ただし守るのは、結界の内側でなく、外。結界内で晶龍がどれだけ暴れようと、その外に影響は及ばない。

 つまり、晶龍自身が暴れることによって生み出される被害を、出来るだけ広範囲にしない為の術ですよ」


 やたらと詳しく語る課長。

 晶龍のことなら全てお見通しとでも言わんばかりだ。


「さらに言えば――

 結界内部とその外は、完全に遮断されます。

 結界内部は現実とは全く違う異空間となり、そこでは晶龍の力がさらに強まると言われています。

 特に――内部に入り込んだ者に、幻を見せる力が」

「つまり、今我々が見ている景色も、殆どが幻と?」


 宣兄もさすがに少しうろたえて、周囲の霧を見回した。

 ていうか、そんな術を使える魔獣がいたのか。

 その術がこっちも使えれば、魔獣との戦いだってかなり楽になるんだがな。


 今までの戦いは、暴れ狂う魔獣を一方的にこっちが力で抑え、核となる水晶を砕く――そんなケースが殆どだった。

 だが巨大な魔獣が暴れてそれを無理に抑え込もうとすれば、当然周辺にも被害は及ぶ。魔獣がデカくなればなるほど、火力が上がれば上がるほど、その被害は甚大になる。

 周辺住民を守る方を優先しなければならず、思うように魔獣へ攻撃出来ないなんてケースもしばしばあった。

 そんな状況で、この幻術が使えれば、どんなに――



 そこに思い当たった時、俺は思わず課長を振り返ってしまった。

 まさか……この課長クソダヌキ、その力を?

 その為に、八重瀬を――



 だがそんな俺の視線も何のその。

 円城寺課長はいつもの糸目を微動だにさせないまま、冷静に俺たちに告げた。


「とはいえ今は、眼前の敵に集中する方が先です。

 どうやら、見えてきたようですよ……脅威が」


 課長の言葉に、慌てて振り返ると。

 霧に包まれた海面から、ザザザと波を切る音をたてながら、何かが真っすぐに向かってくるのが微かに見えた。

 モニターに眼をこらしていた貞波が思わず声を上げる。


「南西より、正体不明のエネルギー源を感知! 数、10!」


 その報告が終わるや否や、霧の中から突き出されたものは――


 ぎょろりと丸く蠢く眼球、無数の牙。

 霧の中でもなお自ら光を放つ、双対の角。

 ――銀の龍の、頭部。


 俺と八重瀬を襲ったヤツとほぼ同じだ。

 しかも、あれだけ俺らを苦しめた奴らが、10匹以上?


 当然奴らは俺たちの護衛艦に牙を剥きだし、突進してくる。

 波を蹴立ててグワッと口腔を開いたその姿は、俺たちを攻撃する以外に何も考えていない猪のようにも思えた。


「か、回避! 回避だ!!」


 護衛艦の自衛隊員たちは状況を注視しながらも、群れをなす魔獣を前にどうしても恐れを隠せない。そりゃそうだ、通常火器じゃこいつら魔獣に太刀打ちできないのはとっくに分かっている。

 だが――こんな時こそ、俺たち心療課の出番だ。


 まず威勢よく飛び出したのは、七種だった。

 早速『神器』たる大鎌を軽々と振り回し、ブリッジから威勢よく直接甲板へと飛び出していく。


「久しぶりに腕がなるじゃん。この時を待ってたよー!

 真鍋七種、行ってきまーす!!」



 宣兄や俺が止める暇もなく――

 甲板を蹴り上げ、空中へ飛翔する七種。

 奴が振りかぶった『神器』たる大鎌は瞬間、3メートル以上にも伸びきった。


 護衛艦に迫った龍は、3匹。

 そのド真ん中へ、七種は全く恐れず飛び込んでいく。

 軽く10メートルを超えるであろう龍の頭。そいつらに囲まれながら意気揚々と鎌をふるう、ポニテ&セーラー服の少女。勿論パ〇チラも厭わない――

 見る奴が見れば滅茶苦茶コーフンする光景だろう。ただしそいつ、少女じゃなく少年なんだが。

 七種を喰らい殺そうと迫る龍の牙。だが奴は全く怯まず、一気に身体をねじり。

 同時に鎌の切っ先が、その気合を受けて紅に煌めいた。



「神器解放――

 カメリア・カルナバルっ!!」



 意外な低音で轟く、七種の声。

 その身をひらりと一回転させながら振るわれた光は、鋭い鎌の切っ先。

 真っ赤な椿の花弁にも似た龍の血が、無数に舞い踊った。


「す……スゲェ」


 思わず俺の口からさえ、そんな一言が漏れてしまう。

 何のかんの言っても、やっぱり七種は強い。伊達に俺の先輩やってない。

 七種を取り囲んでいた3匹の龍の首から一斉に深紅の鮮血が噴きだし、海面へズズンと倒れていく。

 俺と八重瀬が交戦した時とは、まるで強さが違うようにさえ思える。俺はあれだけ苦戦したのに、七種が相手だと、こうも簡単に――?


 いや、違う。

 負け惜しみでも何でもなく、俺は直感した。

 奴らは――多分、本気じゃない。

 数で俺たちに迫っているように見えても、まだ本気じゃない。


 そう思った時にはもう、俺も艦橋から甲板へと飛び出していた。

 勿論、俺の神器たるロケランを背負いながら。


「宣兄! 俺も行ってくる!!」

「あ、おい……無茶をするな、巴!」


 そんな宣兄の声を背中に聞きながら、俺は思い切り甲板を蹴とばし、叫んだ。



「神器変化・第参式・フライトモード――

 バルキリーアサルト!」



 俺の一声と共に、一瞬でロケランと全身が光に包まれ、背中に装着される漆黒の翼。

 その形状は、最初に八重瀬と一緒に交戦した時とそこまで変化はない。両翼に2連装のミサイルポッドが装備されているフライトユニット、という点も同じ。

 だが、違うのはそのパワーだ。

 見てろ。俺らを散々弄んだツケは、きっちり払ってもらうぜ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る