第22話 まだ、生きている



「……巴」


 そんな俺の背後からかけられたのは、宣兄の静かな声。


「課長が呼んでる。

 これから対策本部を立ち上げるから、来てくれと」

「対策本部?」

「お前の言う晶龍――白龍島に出現したあの魔獣はつい先ほど、第一種厄災級魔獣に認定された。

 円城寺課長を中心に、いわゆる討伐隊が結成される。お前もその一員だ」


 第一種厄災級魔獣――

 つまり、ヘタをすれば国が滅びる規模でヤバイ魔獣。

 これまでそんな魔獣と戦ったことなんて勿論ないし、ここ数十年を振り返っても出現例がない。

 ――そんな魔獣に、認定されちまったのか。

 500年も島を守ってきた、あの『龍神』は。


「……宣兄。

 俺、聞きたいことがある」


 俺は龍を睨んだまま、何となく、呟いていた。

 宣兄なら、何か知っているかも知れない。そう思って。


「そもそも……

 俺と八重瀬がこの島に派遣されたのは、何でだ?

 晶龍に接近した時、アイツの大剣はものすごく反応していた。

 それに、晶龍はずっとアイツを呼んでいた――

 一体、どうして?」


 夕闇に響く俺の声は、ともすれば波の音にかき消されそうだ。自分でも驚くほど弱弱しいのが情けない。

 だがそれでも、宣兄は答えてくれた。


「……俺にも、詳しいことは分からん。

 ただ、課長によれば――

 八重瀬は元々、晶龍と惹かれ合う血の持ち主だったらしい」

「えっ?」


 状況から何となく予想はしていたが、いざこうしてはっきり言われるとズシンと心に来る。

 つまり――


「ってことは最初から、課長は知ってたのかよ?

 八重瀬と晶龍の関係」

「殆ど手の内を明かさぬ人だが――恐らくな。

 さらに言えば、八重瀬を心療課にスカウトし、神器を与えたのも課長だ。

 最初は俺も驚いた。神器をろくに扱えない人間が何故、こんな場所にいるのかと。

 だが、元々晶龍と接触させるつもりで、課長が八重瀬に神器を使わせていたのなら

 ――納得はいく」


 その言葉で、俺は何となく分かった。

 何故調査隊が既にいるのに、俺と八重瀬の二人だけが島の調査を命じられたのか。

 新宿で起こった事件があったから――というのは、多分たまたま。適当な口実にすぎない。

 調査隊の報告により、機は熟したと課長は判断したのだろう。八重瀬と晶龍を接触させる絶好の機会が来たと。

 余計な人員を使って、その接触を邪魔させたくない。かといって一人で行かせて、予想外の事故が起こっても困る。

 だから、新人でペーペーの俺だけを護衛に回した――

 そんなところか。大人ってヤツは……!



「八重瀬を晶龍にぶつけて、何がしたかったんだよ……あの課長クソダヌキは。

 結局アイツは、あのバケモンに、いいようにボロボロ食われて!」



 今でもはっきり瞼の裏に焼き付いているのは、アイツが晶龍に食われた瞬間の光景。

 あんなの、ひたすら一方的に嬲られていったも同然だ。

 課長が何を考えてたか知らないが、晶龍に出くわしたおかげで、八重瀬は――!



「……認めたか、ねぇけど。

 今回、ずっと一緒に行動してて

 ……すげーイイ奴だなって、思ったんだ。アイツのこと」



 宣兄は答えてくれない。

 ただ、俺の言葉をじっと聞いてくれているのは分かった。


「実は二十歳過ぎてたってのもビックリしたけどさ。

 ろくに戦えもしない癖に、変なところですごく真っすぐで、強くて。

 寧々を助ける時も、島の奴らに囲まれた時も、絶対に折れなくて。

 本当は、俺――」


 ああいうヤツと友達に――

 そう言いかけてしまい、慌ててその言葉を喉元で呑みこんだ。

 そのかわりとばかりに、怒りが身体の中で沸騰してくる。


「なのに!

 何でアイツが、あのバケモンに!

 あんな風に、食われなきゃならなかったんだよ!?」


 宣兄も課長も他の奴らも、何も見てないからそんな冷静に対処できるんだ。

 晶龍と接触したことで、アイツがどんな目に遭ったか、知らないから――!!


 だがそんな俺を制するように響いたものは、宣兄の言葉。


「巴。

 課長と俺の推測が正しければ――

 恐らく、八重瀬はまだ、生きている」


 思わず俺は振り返り、宣兄の顔をまじまじと見つめてしまった。

 宣兄の、結構なイケメンではあるがイカつい長身。そして背中に負った巨大斧は、それだけで軽く俺を威圧してくる。


「な……何で?」

「どういう形でかは分からんが、巴。

 お前の見たその状況が本当であれば、少なくとも奴は死んではいない。それが課長の予測だ。

 晶龍と八重瀬の接触。それが本来晶龍の持つ力を呼び醒まし、今、白龍島に大きな異変をもたらしつつある――」


 生きてるってのか――あの状況で、アイツが。


「八重瀬が晶龍討伐に繋がる鍵となるのか、それとも――

 課長はもしかしたら、さらに長期的観点で考えている可能性もある。

 それ以上は、さすがに俺にも分からんが……

 とにかく今は、晶龍の討伐。被害に見舞われた島民の保護。

 そして八重瀬の救出を、最優先に考えろ。それが課長命令だ」


 そう言ってポケットに両手を突っ込みつつ、場を離れていく宣兄。

 俺はただ、その背中を見据えて座りこむことしか、出来なかった。


「忘れるなよ、巴。

 お前は今や心療課の、若手エースだ。それは今回の件でも、何も変わらんからな」


 せいぜい5人しかいないのに、若手のエースとかいうよく分からん単語を使うなよ……

 そう心でツッコミつつも、俺は何も言えなかった。



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