第21話 俺のどこが、ヒーローだよ



 晶龍ジェンロンの伝説。そして島民たちの様子、人柱にされた寧々。

 島で起こったこと。そして俺の知ること。

 何故か、晶龍に接近するごとに異常な反応を示した八重瀬。

 そしてアイツは――

 晶龍に呑み込まれかけながら、それでも俺を助けようとした。

 俺を晶龍の牙から救ったのは、間違いなくアイツの力だ。


 この島で起こった事件の数々。その出来る限りを、俺は宣兄たちに打ち明けた。


 宣兄たちはこの島で俺を発見してから、当然八重瀬の行方も可能な限り探っていたらしい。

 勿論、救出対象である寧々のことも。

 海辺に流れ着いた俺の近くに、アイツもいるはずと――そりゃ、状況を何も知らなければそう考えて当然だろう。

 しかし島で起こり続ける異変がそれを許さず、結局八重瀬も寧々も見つけられず、宣兄たちは護衛艦に戻るしかなかったという。



 その後――

 俺は何となく、艦の甲板に出た。

 宣兄が持ってきてくれたパーカーを無造作に羽織って、生ぬるい風にあたる。



 俺が半日以上寝ていたという七種の言葉は本当だったようで、水平線では既に陽が沈みかけていた。

 燃えるような紅色から、急速に紫紺の夕闇に落ちていく空。

 その中心で、黒く浮かび上がるものは――白龍島。


 だが今その島に、誰が見てもはっきりと分かる異常が発生している。

 それは――



 島の中心から天を裂くように現れた、巨大な銀色の龍。

 何も知らない人間が見れば、不思議な銀の水柱が浮かび上がっているように見えるかも知れない。

 だがあれは間違いなく、魔獣――『晶龍』だ。

 500年もこの島に棲みつき、底知れぬ力でこの島の時間を止めていた、怪物。



『魔獣』は元々、重すぎるストレスを抱えた人間がその限界に耐え切れず、変化してしまうもの。

 今まで俺たちが倒してきた魔獣はどいつもこいつも、内情を調べてみると恐ろしいほどの重い苦悩を抱え、変化してしまった奴らだ。

 ブラック労働と一言で言っても色々ある。単純に過重すぎる長時間労働もあれば、厳しすぎる残業規制によって対処不能な量の業務を任され、ぶっ壊れちまったケースもある。

 逆に本人の能力に対して異常なほど軽い仕事しか任されず、それ以外の業務を全く許されないまま、静かに狂っちまうなんてケースもあったし。

 あとはありとあらゆるパワハラ、モラハラ、セクハラ、イジメ、不当解雇……

 言葉で言うのは簡単だ。だが周囲の情報を調べてみると、どれもこれも、魔獣になっちまった方がマシかも知れないと思うようなケースばかりだった。


 少なくとも、魔獣と化した奴らは確実に、激しく恨んでいた――

 会社を。人間を。自分を生んだこの国を。

 魔獣になるまで自分を追いつめた、この世界を。

 何より、環境に負けてしまった、弱い自分自身を。



 恐らく『晶龍』も、最初はそんな魔獣だったのだろう。

 500年前のヤツは、俺たちが想像も出来ないほど大きなストレスに蝕まれ、超強大な魔獣と化した。恐らく島でも大暴れしたのだろう。

 しかし時を経るにつれ、魔獣だったはずのヤツは沈静化し――

 島を守る為に、自分の力を使った。

 しかも島民に自分のウロコまで与えて、島を戦火から守り続けた。

 そして、島民からは神の如く崇められている。



 それに、晶龍は執拗に八重瀬を呼び続けた。

 人柱たる寧々ではなく、神器をそこそこ操れる血を持つ俺でもなく――

 何故か、八重瀬を。



 晶龍に一体どういう意図があるのか。そもそも意思らしきものがヤツにあるのか。

 俺にはまるで意味が分からなかった。

 ただ、あの銀の龍を見つめるうちに、思い出してきたものは。



 ――ひとりの大人として、この状況を無視するわけにはいきません!

 ――本当に、彼女を贄に捧げれば、この島は平和になるんですか!

 ――島の全貌はやがて、白日のもとに晒される。

 時代の流れは、止められないんですよ。



 ただひたすらに状況に疑問を呈し、どれだけ傷つけられても折れることなく抗い続けた、八重瀬の姿。

 あんな強さがアイツにあったなんて……俺は、何も知らなかった。


 この島を調べている途中でも、ただのクソ弱い優柔不断男じゃないアイツの意外なところを、色々と見たような気がしたけど。

 とんでもない。優柔不断どころか、龍との交戦でも寧々の救出でも島民どもの説得でも、あらゆるところでアイツは恐ろしいほど即断即決だったじゃねぇか。

 ――それに比べて。



「クソ弱い優柔不断野郎は、俺じゃねぇか……

 畜生!」



 全身の疲れに耐え切れず、俺は甲板に座りこむ。

 俺は、何も出来なかった。必死で抗い続けた八重瀬にも、懸命に自己主張を試みた寧々にも。

 何も出来ず、状況に流されるがままだった。


 固い床をひたすら殴りながら、自分の弱さにうなだれるしかない。

 その手にいつの間にか握られていたのは、小さな勾玉に戻った神器。


 ――こいつがあれば、俺はヒーローになれると思っていた。

 自由自在に空を飛び、弱きを助け悪しきをくじく、ガキの頃夢見たようなヒーローに。

 何べんとなく魔獣をぶっ倒して、結構本物のヒーローになってきたかも?と、ちょっと思っていた時もある。


 ふざけた妄想もいいところだ。

 現実は、島民を守ることも説得することも出来ず、生贄の娘どころか仲間すら助けられず。

 命を賭した仲間によって何とか助けられ、のうのうと逃げ帰ってきた馬鹿にすぎない。

 ――俺のどこがヒーローだよ。とんだ思い上がりじゃねぇか!


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