第18話 貫く銃弾


 八重瀬の唇の端から、滴り落ちる血。

 顔色は蒼白を通り越して、どす黒い影を帯びつつある。

 撃たれた横腹を押さえている手は、最早赤ではなく真っ黒。

 ヤツが手にした剣の明滅、つまり神器による治癒はまだ続いているが、それでも追いつかないぐらいに傷口が拡がっている。


 それでも――ヤツは、懸命な説得を続けていた。



「仮に寧々さんが命を捧げて、一旦は異変が鎮まったとしましょう。

 しかし時代の流れは、止まらない。

 僕たちがここにいること自体が、その証明です」

「な……何言ってんだか、分からんよ!」

「既に島の外部に、この島の情報は流れている。

 100年の間閉ざされていた外部とのつながりが、復活したからです。だから僕らもこうやって、この島に来られた。

 恐らくこれから、国は大がかりな島の調査に乗り出すはず……

 その流れを止めることは、誰にも出来ません」

「なら……!」


 再び銃を無理矢理上げて、八重瀬を狙おうとする則夫。

 だがその銃口はガタガタと震えている。怯え切っている証拠だ。


「僕たちを今、殺したところで……国の調査は、決して終わらない。

 逆に島が一層警戒され、調査の強制力を高めるだけです。

 つまり、僕たちをどうしようと。

 たとえ寧々さんを犠牲にして、一時的な生活資源を確保しようと――

 本土から人はやってくるし、本土の文化も流れ込む。

 島の全貌はやがて、白日のもとに晒される。

 時代の流れは、止められないんですよ」


 ぜいぜいと息を切らしながら、それでも言い切る八重瀬。

 一瞬、しん、と静まり返る場。

 だが、それを強制的に引き裂いたのは、誰とも分からぬ村人の絶叫。


「させねぇ! 絶対にそんなこと、させねぇ!!

 誰にも晶龍様を、穢させたりするもんかね!!」

「ワケの分からんことばかり言いやがって!

 晶龍様の力さえ戻れば、内地の人間に島が荒らされることもねぇんだ!!」

「いいから撃っちまえ! 殺せ!!」



 ――八重瀬、もう駄目だ。

 いくらお前が頑張ったって、こいつら、救えねぇぞ。



 竹槍やら石斧やら、何とも原始的な武器を手に、口々にわめきたてる連中。

 こうなったらもう、八重瀬の忠告なんぞ無視して、強引にでも神器使うしかねぇ。

 則夫の銃口が、もう一度火を噴く前に――



 だが、その瞬間。

 ずっと洞窟を震わせていた震動が、不意に強くなった。

 村人たちの間から漏れる、甲高い悲鳴。

 地面の底の底から響きわたったものは、血も凍るような巨獣の咆哮。

 八重瀬の傷を治癒していたはずの大剣が、目も眩むような輝きを放ち始める。まるで、銀色の炎のように。

 これは――


 揺れは加速度的に強烈になり、最早立っていられない。

 天井や壁も徐々に崩れはじめ、バラバラと土砂が降ってくる。結構な落石まで起こり始めた。

 足元の水という水が光を帯びて、その流れを急速に強めていく。

 大混乱に陥る村人たち。ぎゃあぎゃあ喚きながら先を争って逃げようとしているが、俺たちもそれに構っている余裕はない。


 ――何が起こっている。一体、何が。


 大剣の放つ光に圧倒されながら、それでも八重瀬は必死で立ち上がろうとする。

 あまりの揺れで膝をついてしまった寧々を、落石からかばおうとして。



「まずい……

 巴君! 寧々さんを……!!」



 とはいうものの、俺も水流に足を取られて情けなくもぶっ倒れてしまい、そう簡単には立ち上がれない。八重瀬ほどじゃねぇが、俺も結構限界のボロボロなのに……!

 俺がそんな風にほんの数秒もがいている間に、ヤツは寧々を守ろうと手を伸ばした


 ――その瞬間。



「巫女に、触るなぁっ!!」



 絶叫と共に洞窟を貫いたものは、二発の銃声。

 同時に――



 八重瀬の背中、それも心臓に近いあたりに

 真っ赤な穴が二つ、開いた。



 何が起こったのか、自分でさえ分からなかったのか。

 何もない宙をぽかんと見上げ、口を半開きにしたまま、力を失って傾いていく八重瀬の上半身。

 そのさまは俺の眼に、まるでスローモーションのようにゆっくりと映った。



 ――あぁ。

 だから、言わんこっちゃねぇ。

 力もないのに、ヘタに誰かに手を差し伸べようとした結果が――!!



 何かを言葉にする前に、ヤツの喉と胸元から噴出する、大量の血液。

 それは周囲の白い砂を、一気に真紅に染め上げた。


「や……

 八重瀬さんっ!!」


 悲鳴を上げながら駆け寄る寧々。

 だが彼女が支える前に、八重瀬の身体はそのまま砂へと倒れ伏してしまった。



 その瞬間、俺の脳天を割らんばかりに響いたものは、あの声。

 あの、奇妙に野太い、ザラついた声。

 そいつは一層はっきりと、俺に呼びかける。

 いや、俺だけじゃない。異常にざわめく村人の様子からして、今や全員に聞こえていた。


「な、何だぁ、この声?」

「こりゃ……まさか、晶龍様!?」

「お怒りじゃ……祭殿と聖地が血に穢れ、龍神様が大層お怒りじゃあ!!」



 ――ま……こと。

 ――真言まこと……!!



 ぼんやりしていたはずのその声は次第に明瞭になり、今やはっきりと八重瀬の名を呼んでいた。

 しかもまるで、ずっと会えなかった恋人でも呼ぶかのように、大切そうに。


 周囲の水は八重瀬の血を吸い込み、猛然と光り輝き渦を巻く。

 キラキラと輝く水流と化したその渦は、やがて俺たちどころか洞窟全体を巻き込む勢いで盛大な飛沫をあげた。

 それはまるで――龍の形、そのもの。


 そんな中、寧々だけは髪を振り乱し、倒れた八重瀬に取りすがっていた。


「八重瀬さん! 八重瀬さんっ……!!

 お願い、目を開けて!! こんなの、嫌です……!!」


 まずい。このままじゃ、三人とも流れに巻き込まれる――

 だがそう判断出来ても、今の俺はほぼ完全にエネルギー切れ。

 神器を覚醒させようと無理に声を振り絞ったものの、ロケランは何も反応しやしねぇ。今更分かったが、神器に尋常じゃない負担をかけすぎた。

 しかも今になってやたら脳をつんざいてくるのは、さっきの声。



 ――近寄るな。

 真言は、ワシの獲物。

 この血は――誰にも、渡しは、せぬ――!!



 完全にこちらを叩きのめし、脳から全神経を痺れさせるかのような、声。

 同時に水流が、倒れたままの八重瀬と、ヤツにすがりつく寧々を包んでいく。


「え……ええっ?

 これは――まさか、晶龍さま……うっ!?」

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