第17話 命を賭した対峙


 敢然と俺たちを庇い、村人どもの前に立ち塞がる寧々。

 その姿はまさしく、聖なる乙女と呼ぶにふさわしい。

 彼女の思わぬ覇気に、村人たちは一瞬どよめき、顔を見合わせる。

 しかし――



「寧々……

 お前はそいつらに騙されてるだけさ。内地の連中はやたら口だけは回る――

 そうやっていつも、俺らを陥れてたじゃねぇか」



 内地の連中――ってのは、俺たちか。

 俺たちがこいつらを陥れた覚えなんてありはしないが、奴らだってそんな目に遭わされた経験自体、あるはずがない。

 奴らが生まれてからずっと、この島は閉ざされていたんだから。


 そんな俺の苛立ちを、即座に代弁する寧々。


「分かりません。

 この方たちがどうして、私たちを陥れるようなことを!?」


 そんな彼女の言葉に、唾を吐きながら男たちが怒鳴った。


「おめぇはおじいたちの話、なーんも聞いてねぇのか!?

 おじいもおばあも、そのまた上のおじいたちも、みーんな言ってたしなぁ!!」

「そうだそうだ! 晶龍様がいなきゃ、この島もいずれ内地の野郎どもに乗っ取られて大戦争に巻き込まれてたかもって、みな言ってたでねぇか!!」


 あぁ――その怒号はある意味、真実かも知れないな。

 だが、今は何も関係ない。

 お前らの先祖は戦争のせいで、酷い目に遭わされたのかも知れない。実際、島が閉ざされるまでは、軍部による弾圧があったのも事実だろう。

 ――だけど。


「それがこの方たちに、何の関係があるというのですか!?

 八重瀬さんたちは、命がけで私を助けてくださいました。ついさっき初めて会ったはずの私を、です。

 それだけで、十分でしょう!」


 数えで13とは思えぬほどの気迫で訴える寧々。

 だが彼女は相当ヒートアップしているものの、戦争がとっくに終わっている事実は、さすがに口にしない。

 ――血気にはやったこの村人たちに真実を伝えるのはまだ早いと、彼女なりに判断したのか。

 だとすれば、相当頭がいい……この娘は。


 しかしその時、群衆の中からのそりと進み出た男がいた。

 そいつには俺も見覚えがある。さっき村長の家にいた連中の一人

 ――則夫だ。


「寧々よ……それ以上わがまま、言うでねぇ。

 もしそいつらを助けようってんなら、おめぇの家族がどうなってもいいんか?」

「!!」


 その言葉に、さすがの寧々もぐっと口ごもってしまった。

 そりゃあ、こんな脅しかけられたら当然だ。


 ていうか、こいつ……家族がどうなってもいいか、だと?

 寧々に、家族と俺たちとを天秤にかけてみろってのか。

 純粋な怒りが、俺の中でぐつぐつ沸騰してくる。


 そんな則夫は悲しげに頭を振りながら、今度は俺たちを睨みつけた。


「あんたら……

 し、信じてたのによぉ。やっぱり内地の人間は!!」


 ついさっきまで、赤ら顔で陽気に歌い踊り、酔っぱらっていたはずの則夫。

 それが今、ガタガタ震えながら、俺たちに敵意を剥きだしている。

 その手に握られていたものは

 ――まだ銃口からかすかに煙を発している、猟銃。


 まさか、あいつが撃ったのか。則夫が、八重瀬を。

 さっきまでてめぇの身勝手な酒に付き合っていたはずの、八重瀬を。

 俺は思わず寧々たちの前に出て、二人をかばっていた。


「てめぇ……

 中学になるかならないかの子供に、なんちゅー選択肢突きつけやがる!!」


 思わず怒鳴ってしまった俺にまで、則夫の銃口が向いた。

 その手は――今にも銃を落としそうなほど震えている。

 俺にすら分かる。人を撃ってしまった、その恐怖と後悔だろう。


 ――だが。


「待って……巴君」


 いきり立った俺を止めたのは、八重瀬だった。

 よろよろと身を起こし、寧々と俺の間に入りながら、じっと眼前の村人たちを見据える。


「どうか、信じてください。

 僕たちは――決して、貴方がたに危害を加えるつもりはありません。

 この島の現状を鑑み、国から派遣されてきた者です。

 ――地域守備局心療課として」


 意を決したのか、俺たちの素性まで明かす八重瀬。

 えぇい、どうにでもなれだ。ここまで来たらもう、隠してても意味ねぇしな。

 案の定、村人たちの間に広がるざわめき。


「が……

 学生さんじゃあ、なかったんかよ」


 素直に頭を下げる八重瀬。


「皆さんを騙すような真似をして、申し訳ありません。

 ですが、調査の為には、必要なことでした」


 腹から噴きこぼれる血を精一杯押さえながら、ヤツはそれでも村人たちに問いかける。


「この島は100年もの間、外部との通信手段が閉ざされていました。

 ですが今になって、この島は僕らを迎え入れた――島とは何の関係もない僕らを。

 それが意味するものが、何か……分かりますか?」

「分かんねぇ。俺たちには何も分からん!

 ただ、よそ者が無理矢理聖地に侵入して、晶龍様はたいそうお怒りだ。

 命だけは助けてやるから、とっとと出ていけ!!」


 ぶるぶる震えながら叫ぶ則夫。

 それでも八重瀬は退かない。


「そうはいかない――

 僕らは、この島の調査を命じられた。この島を脅かすものが、何なのかを。

 だから、調べていたら――人柱とされた、寧々さんの存在を知ったんです」


 則夫の後ろから、次々に叫ぶ村人。


「だから何だ! 巫女が命を捧げなきゃ、晶龍様の怒りは鎮まらねぇ」

「晶龍様は今、力を欲しておられる」「今こそ、巫女がその命を龍神様に捧げる時なのじゃ!!」


 だがそんな奴らにも、八重瀬は冷静だった。

 則夫の銃はまっすぐヤツに向けられている。それなのに。



「貴方がたのやっていることは、未成年の少女に対する監禁・虐待であり。

 同時に――謂れなき人殺しです。

 国の機関から遣わされた人間として――そして、一人の大人として。

 この状況を無視するわけにはいきません!」



 正々堂々と対峙する八重瀬。

 そんなヤツに、俺はといえば

 ――ただの一言たりとも口を挟めなかったし、殆ど動くことすら出来なかった。

 村人たちが怖いんじゃねぇ。ひたすら

 ――八重瀬の気迫に、うちのめされて。


 あいつ、いつから、こんな強気に出られるようになったんだよ?

 それに比べて俺ときたら、何も出来ずに縮こまるだけだ。

 怪我してる八重瀬の影に隠れて。


 それでも則夫も村人たちも、決して首を縦に振らない。


「お……お上が何と言ったって、それだけは譲れないさね!

 このままじゃ晶龍様は力を失い、昔のように暴れだしちまう!!」

「そうだそうだ! 法が俺たちを助けてくれんのかい!?」

「オレらだって……誰が、好きで寧々を生贄になんてするもんかね!

 生き残る為だ。島の平和を守る為には――」


 未成年の俺に無理矢理飲酒させようとしたのを考えれば、国の法なんてこいつらには全く意味がないのだろう。むしろ、法なんて破る為にあるものとさえ考えてるかも知れない。


 だがそんな村人たちの悲鳴を、八重瀬の一言が中断する。

 一喝と表現しても差し支えない声で。



「本当にそうですか?

 本当に、彼女を贄に捧げれば、この島は平和になるんですか!」



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