第16話 君自身が、今、どうしたいのかを


「晶龍は、多分――

 僕を、求めてる」


 光となって水に吸い込まれていく血。

 つい昨日までウンともスンとも言わなかったのに、今は爛々と輝き、信じられない力を発揮し始めた大剣。

 それを交互に眺めながら、独り言のように呟く八重瀬。顔色は死人のように真っ青なのに、呼吸は獣のように荒い。

 俺がたった今感じた悪寒を、多分こいつはずっと感じていたんだろう。


 だが、その理由がさっぱり分からん。

 晶龍が、八重瀬を求めてる? 人柱たる寧々じゃなく?


 ――とにかく。

 状況はよく分からんが、寧々を連れてここから脱出する。それが最優先事項だ。

 島民どもはきっと、血眼で俺たちを探しているだろう。それに一番ヤバイのは、晶龍がいつ現れるかも分からないってことだ。

 今も洞窟全体を、微かな地響きが揺らしている。俺たちがここに落ちて一時的にはおさまったものの、また少しずつ不気味な震動は大きくなってきている。

 多分、時間は――そこまで残ってない。



 そんな中、ふと寧々が立ち上がった。

 この歳の少女にしては、あまりに痛ましい決意を秘めた横顔で。


「お二人とも――

 万が一晶龍様がいらっしゃったら、逃げてください。

 私、――祭殿に戻ります」

「なっ……!?

 ね、寧々さ……うっ……」


 思わず腰を浮かせる八重瀬。だが傷が痛んだのか、すぐに膝から崩れおちてしまう。

 寧々はそれを支えながら、静かに囁いた。


「私さえ戻れば、島の人たちもお二人にこれ以上手出しはしないはず。恐らく晶龍様も……

 だから貴方がたはこのまま、逃げてください」

「寧々さんっ!」


 八重瀬はそれでも痛みをこらえ、彼女を説得にかかる。


「駄目だ。君みたいな人が、ここで命を落としちゃ……!」

「巫女としてのさだめを祖母から教えられた時から、とうに覚悟は決めております。

 お二人を巻き込むわけには参りません。どうか――」

「……待って」


 血みどろの手で寧々の肩を掴む八重瀬。

 言葉を発するのさえ辛そうだが、それでもヤツは彼女と目線を合わせ、一言一言を区切るように尋ねた。


「寧々さん……もう一度、聞くよ。

 君は、本当に、そう思っているかい?」


 一体どうして八重瀬が、ここまでするのか。

 俺にも分からなかったが、寧々にも理解がかなり難しいらしい。

 一旦は覚悟を決めたはずの瞳が、揺れていた。


「でも……私がそうしなければ、貴方がたは島の人たちに殺されてしまいます!

 そもそも私が逃げ出せば、いずれ島は滅んでしまう!!」


 必死で訴える寧々。

 それでも八重瀬は、彼女を逃がさない。


「僕たちのことも、島の人たちのことも、一旦横に置いて考えてくれ。

 ――僕は、知りたいんだ。

 君自身が、今、どうしたいのかを」

「私が……どうしたいか……?」


 震え続ける寧々の瞳。

 いくら何でも無理だろう、八重瀬。だってこの娘は多分、ずっと――


 だが、俺の言いたいことをヤツはそのまま言い放った。


「時が来れば、晶龍にその命を捧げる。

 多分君は、そのさだめを当然と思い込んで、生きてきたんだと思う。

 だけど――それは本来、絶対に、許されない、こと……なんだよ。

 少なくとも……僕たちが今生きる、この国では」

「…………」


 傷が酷く痛むのか、切れ切れの息の間から懸命に言葉を紡ぐ八重瀬。

 そんな真剣な言葉に、寧々はじっと唇を噛みしめていたが。

 やがてふるふると、悲しそうに頭を振った。


「ごめんなさい、八重瀬さん。

 それでも、私は――皆さんを、助けたいです。

 私一人が生き残ったところで、それが原因で家族や島の皆さん、それにお二人がいなくなったら、何の意味もありません!」


 まずい。

 八重瀬もヤバイレベルの他己主義者だが、寧々も負けちゃいない。

 お互いに死にたがり傷つきたがりの堂々巡りじゃねぇか。こうなったら、強引にでも


 ――そう思って、一歩踏み出しかけた俺。

 だがその前に、八重瀬が言葉を継いだ。



「寧々さん。

 僕は、君も、島の人たちも――勿論、巴君まで含めて。

 全員が助かる道を考えたい。

 一人が死ねば他全員が助かるなんて……僕はそんなの、イヤだ」



 ヤツの言葉を聞いていて、俺は何も出来ないまま、ぼんやり思った。



 ――何故、そこまでする?

 ――ついさっき出会ったばかりの人間に、何故そこまで心を砕く?

 寧々相手だけじゃない。島の人間たちにまで――

 容赦なく侵入者扱いされ一方的に銃で撃たれてるってのに、何故、そこまで?


 俺にしたって、そこまでお前と仲がいいわけじゃ絶対、ない。

 むしろ俺、お前みたいなヤツ、どっちかって言えば嫌いだ。

 ずっと軽蔑の眼で見てたし、今もそう。

 仕事もろくに出来ない癖に、口だけは一人前。誰かを助けられる力もろくにない癖に、他人に無駄に情けをかけるようなバカは――



 だが、そんな会話を続けていられる余裕は、最早俺たちには残されていなかった。

 空洞のどこかで響きわたる、小さな爆発音。

 はっとして俺たちが振り返るより先に、声が響いた。



「いたぞ! こっちだー!!」

「巫女を連れ戻せ!」

「晶龍様の祭殿を汚した、ロクデナシの侵略者共が!!」

「ひっとらえろ! 吊り上げちまえ!!」



 それは勿論、どやどやと押しかけてきた島民ども。それも、血気盛んな若い野郎の多いこと。

 火薬でも仕掛けて無理矢理突入してきたのか、全員の顔が煤けている。

 手に手にこん棒やら斧やらを構え、ギラギラ光る眼球で俺たちを睨みつけていた。


 そりゃそうだ。自分たちの島を命がけで守ってくださるはずの巫女を奪われたとあっちゃ、そうもなるだろうよ。

 俺は内心で毒づきながら、二人を庇いつつ一歩踏み出しかかる。

 幸い、さっき八重瀬を撃った銃を持った奴はいないようだ。飛び道具さえなきゃ、こっちにもまだチャンスはある。


 だが、俺が前に出るより先に飛び出したのは、寧々だった。



「やめてください! 

 この方たちは決して、侵略者などではありません。私を助けようとして下さっただけです!

 お二人を撃つというなら、私を先に撃ちなさい!!」

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