第15話 晶龍の閨



 何とか逃げ道を探し、俺は素早く頭を回す。

 しかし村人たちの行動は、俺たちの予想以上に早かった。しかも続々と応援が来ているようで、どんどん道は塞がれていく。

 あれだけのんびりしたツラしやがって、いざとなったら団結力がヤバイ。


「く……

 もう、囲まれたか!?」


 こうなったらいっそ、神器のフルパワーを引き出して強引に岩盤を削って突破するか。

 俺がそこまで思いつめた、その瞬間。



 突如、洞窟全体が揺れ出した。ゴウッという、微かな地響きと共に。

 その揺れはどんどん大きくなり、空中を飛んでいるはずの俺たちにさえ感じられる、激しい揺れに変化していく。

 当然、集まってきた村人たちもさらに騒ぎだした。


「お、お怒りじゃ! 龍神様の怒りじゃあ!」

「巫女に手を触れたせいで……晶龍様が!?」

「ど、どうかお鎮まりくだされ……晶龍様ァア!!」


 どよめく村人たち。

 その隙を利用して逃げられないかと、俺は周囲を見渡したが――


 その瞬間、祭殿周囲を満たした池が、奇妙にざわめき始めた。

 あれだけ静かだった水面に波飛沫がたち、次第に渦を巻き始める。

 そこは――八重瀬の血が、流れ落ちた場所でもあった。


 途端、顔をしかめ、呻きだす八重瀬。

 寧々を抱えていなければ、多分頭を押さえていただろう。顔色は真っ青で、額からは玉のような汗が次々に噴き出している。


「う……あぁっ!?

 あ、頭が……割れ……っ!」

「八重瀬さん?!」


 慌てて八重瀬を支えようとする寧々。

 その時だった――

 俺の脳裏にまで、奇妙な声がかすかに鳴り響いたのは。



 ――ま……こ、と。

 ――まこ……と。おまえの……ち、を……



 何が何だかさっぱり分からんが、それだけははっきり聞き取れた。

 まこと――って、もしかして八重瀬の名前か。

 この奇妙に野太いザラついた声が、ずっと八重瀬を呼んでいたってのか。


 そう俺が気づいた瞬間、渦は唐突にその形を変化させた。

 洞窟全体を破壊せんばかりの巨大な水柱がゴウッとそそりたち、池から天井までを貫いていく。

 村人たちの悲鳴と絶叫が高鳴る。まるで洪水の如く唸り、俺たちを呑みこもうとする水柱。

 その向こうで、一瞬でバラバラにされた祭殿の残骸が吹き飛んでいく。

 だが――


 まるで大蛇の如く、水柱の立ち上った池。

 そこにもう殆ど水はなく、大きくひび割れた池の底が剥きだしになっていた。

 亀裂の中にわずかに見えたものは、光。


 ――もしやあの向こうに、まだ空洞がある?


「八重瀬! 寧々!

 絶対に俺から離れるなよ!!」


 俺は神器のフルパワーを使い、無理矢理にでもその亀裂に向かって突っ込んでいく。

 背中の翼から発射される、無数の光弾。それは剥きだしになった池の底に次々と着弾していき、一気に亀裂は土砂を巻き上げながら粉砕され。

 ほんの少し形成されたのは、空間の向こうへ続く隙間。


 そこへ俺たち3人は、土と水流でもみくちゃにされながら、わずかな希望を求めて突っ込んでいった。







「はぁ、はぁ、はぁ……

 む、無茶するよね……巴君も……」

「お前ほどじゃねぇ」


 ボロボロになりながらも、何とか俺たちは池の底の亀裂を食い破るようにして、その向こう――謎の空間へと降りていた。というか、落ちていた。

 俺の翼はそれだけでエネルギーを使い切り、元のロケランに戻ってしまう。

 八重瀬と寧々はと言えば


 ――寧々の方は、どうにか八重瀬に守られてほぼ無傷。

 しかし八重瀬はというと、最早虫の息。腹からの出血は今や、身体の半分を染めている。

 剣の光による治癒がなければ、とっくに死んでいるだろうレベル。

 しかも落下時に寧々をかばったせいか、全身ずぶ濡れの泥まみれだ。おかげで寧々の装束は殆ど泥を浴びずに済んでいたが。


「や……八重瀬さん!」


 自分をかばって倒れてしまった八重瀬に、無我夢中で覆いかぶさる寧々。

 だがヤツはそれでも弱弱しく笑いながら、剣を腹の傷にかざした。


「僕なら、だ……大丈夫。

 この光があれば、多分、何とかなるよ」

「でも!」

「それより、寧々さん……ここから、逃げる方法を、探そう。

 君の家族を助けて、島の外へ……行く、方法を」


 じわじわと広がる出血に耐えながら、それでも身を起こそうとする八重瀬。一体何がヤツをそこまでさせるんだ。

 そんな二人をかばうように、俺は注意深く周囲を見回した。

 俺自身だって正直、無事とは言い難い。翼のパワーは使い切ってしまったし、無理に池の底に激突かまして泥まみれなのは八重瀬と同じ。

 神器パワーで3人とも何とかなったが、それがなければ間違いなく全員死んでる。それぐらいの勢いで俺は突っ込んだんだから。



 その場所は――

 祭殿があった場所と似たような造りの、ちょっとしたドーム状の空間だった。

 地面は水晶を細かく砕いたかのような白い砂で満たされ、その上を清浄な水がさらさらと流れている。冷たすぎず温すぎず、俺たちを癒すように心地よく足元を流れる水。

 天井はほぼ全て、ほのかな銀の輝きを放つあの不思議な岩で覆われていた。


 人間が入り込めないほど、澄み切った静謐な世界に落とされた。そんな雰囲気さえする。

 血まみれ泥まみれで侵入しちまったのが、申し訳なくなるくらいに。

 この空間で汚れているのは、俺たち3人。それと、俺たちと一緒に降り注いだ大量の土砂だけだ。



「ここは……

 もしかして、洞窟の最深部?」



 慎重に剣を傷口に当てながら、八重瀬はあたりをうかがった。

 剣は相変わらず、奇妙な光を発し続けている。いやむしろ、さっきよりも明滅が激しくなったようにさえ思う。

 さらにヤツは、恐ろしい言葉を口にした。


「もしかしたら……

 ここ、晶龍のねやかも」


 俺は思わずぶるっと震えあがった。

 冗談じゃねぇ、俺も八重瀬も満身創痍。

 今襲われたら、対抗手段なんかねぇぞ。


「お、おい……脅かすんじゃねぇ。

 何でお前がそんなこと、分かるんだよ?」


 いつもの調子で尋ねてみた俺だが、どうしても声が震える。

 この地には俺たちの想像を遥かに超える、とんでもないモンが潜んでいる――今まで戦った魔獣なんぞ、比較にならないレベルの。

 そんな恐怖は、今や俺の中でもどんどん膨れ上がっていた。


 俺の感情を見透かしたかのように、八重瀬は淡々と呟く。


「感じるんだ――やっぱり、うまく言えないけど。

 もしかしたら……」


 八重瀬の腹から、相変わらずぽたぽたと落ちていく血液。

 その足元に流れる水に跳ねた血は何故か、白い輝きを放ちながら水面に溶けていく。

 これは――



 ぞっとした。

 血が光に変化する瞬間。それがまるで、この洞窟全体が八重瀬の血を欲しているように思えて。

 それも、強烈にと言ってもいいレベルで。


「晶龍は、多分――

 、求めてる」



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