第12話 人柱の少女
外の島民たちの喧噪も、ここまでくるとすっかり聞こえなくなった。勿論、龍のあの、耳鳴りを伴うおかしな悲鳴も。
奥に通じる細道を少しばかり歩いていくと、すぐに道は途切れ、意外と大きなドーム状の空間に出た。
丸く削られた地面に天井からごうごうと滝が降り注ぎ、ちょっとした池を形成している。
その池の中央に――小さいが、明らかに人の手が入った建造物があった。
洞窟内に造られた、いわゆる祭殿。簡素な木造の三角屋根と柱、そして入口と似たようなしめ縄だけで構成され壁はほぼなく、内側が外部から丸見えになっている。
そんな祭殿の中心で
――まだ幼さを残した少女が一人、きちんと正座をしながら滝に向かって祈り続けていた。
丸太を渡しただけの橋をそろそろと歩きながら俺たちは慎重に池を渡り、祭殿の少女に近づく。
清楚な
綺麗なストレートの髪は肩のあたりできちんと切りそろえられていたが、少々朱色がかっているのが印象に残る。祭祀用だろうか、白い菊を模した形の大きな髪飾りが、右耳の上に留まっていた。
少しばかり近づきながら顔を覗くと、きちんと真ん中分けになった前髪から、玉のように白い額が見えた。歳はせいぜい、12かそこらといったあたりか。
そんな俺たちの気配に気づいたのか――
「!?」
少女は祈りをやめ、顔を上げてこちらを振り向いた。うわ、青みがかった大きな瞳がメッチャ可愛い。
俺にロリの趣味は全くないが、それでも一瞬見とれてしまうほど可愛かった。
『可憐』という言葉を現実にしたらこんな感じというか。
っていうか、マジか。こんな超絶美少女が人柱にされてるってのかよ。
少女は俺たちの出現に驚きつつも、すぐに気を取り直して向き直る。
意思の強そうな眉。なかなか気丈だ。
「あの……どちら様でしょうか?
ここは晶龍様の
どなたであろうと、不用意に入ってはなりません」
少女は鈴のように可愛い声で、しかしはっきりと俺たちに警告した。
よくよく考えたら、俺ら二人とも全身煤だらけでボロボロ、その上結構血みどろ。
警戒しない方がおかしい。
そんな彼女に、八重瀬がゆっくり話しかける。
こんな時に、コイツの物腰の柔らかさはありがたい。
「いきなり踏み込んで、ごめん。
ただ僕たちは、君を助けにきただけなんだ」
「私を……助けに?」
「僕は、八重瀬真言。事情があって、本土から晶龍の調査に来た人間だ。
君は?」
少女は一瞬不思議そうに、八重瀬と俺を交互に見つめていたものの――
やがて状況を察したのか、静かに頭を下げながら明瞭に答えた。
「大変失礼しました。
私は
歳の割に、随分と出来た子供だ。
それが、人柱たるこの少女――寧々に対する、俺の第一印象だった。
**
「晶龍様から巫女として、私が選ばれた――
そう村長から言われたのは、確か3日ほど前でした」
「え……3日も、ここに?」
「はい。
この祭殿は時の流れが不明瞭ゆえ、正確な時間は分かりませんが。
水垢離のたびに村の人たちが食糧と着替えを届けにきてくださるので、そのたびに時間を伺っていました」
思いのほか素直に寧々は祭殿から降りて、八重瀬と俺のもとで事情を話し始めた。
あれだけ晶龍サマを崇拝している島の連中である。生贄として選ばれた娘ってことは、滅茶苦茶に洗脳された挙句、晶龍様に命を捧げるのが当然と考えている可能性もある――
そんな風に俺は密かに予想していた。最悪の場合、生贄となった当人が救出の手を拒むかも知れないと。
しかし寧々はそうではなく、口ぶりだけを聞いていてもなかなか聡い娘だった。
がらんとした質素な祭殿を見ると、菓子折りのような小さな箱に入れられた、わずかな握り飯だけがぽつんと残されている。
――こんな美少女にこれしか飯を与えず、魔獣のエサになるまでここに閉じ込めてたってか。
普通に怒りがわいてくる。
それでも寧々は俺たちの様子をしげしげと見ながら、こう言ってくれた。
「私のことより……お二人とも、そのお怪我は?
ここには手当ての薬もありませんし、そのままでは……」
「僕らなら大丈夫。
この剣の光は、晶龍のウロコと同じぐらいの効果があってね。
少しの傷なら、すぐに治るんだ」
「晶龍様と同じ……この剣が?」
静かに大剣を自分のわきに降ろし、八重瀬は寧々を安心させるように微笑みながら、その隣に腰かける。
不思議そうに剣を見つめる彼女に、ゆっくりと問いかける八重瀬。
「そもそも一体何故、君は生贄として選ばれたんだい?」
その質問に、寧々は少しだけ口ごもったが――
すぐに顔を上げた。
「詳しい事情は、私にも分かりません。
ただ、内原家――特に私は昔から、島の他の人たちとは少々変わったところがありまして」
「変わったところ?」
「えぇ。この髪の色です」
寧々は自分の髪に触れた。やや明るめの朱がさした、まっすぐな髪を。
「母も祖母も同じような髪色でしたが、それは晶龍様に愛されし者の証だと、島には代々伝わっておりました。
いずれ災厄が起これば、晶龍様にその全てを捧げるのがさだめと――
私は昔、祖母からそう教えられた記憶があります。その祖母はもう亡くなりましたが。
しかし我が家では父も母も、そのような島の風潮には若干疑問を持っていたのです――」
なるほど。元々、人柱としての運命をさだめられた家系ってか。
八重瀬が続けて尋ねる。
「その話は、さっき村の人たちからも少しだけ聞いたよ。
内地との交流を復活させて、晶龍によるものではなく普通に石油やガスによるエネルギーを導入すべきだって、そう主張していた人がいるって
――それはもしかして、君のお父さんかい?」
こくりと頷く寧々。
そりゃそうだ。可愛い娘が人柱として喰われる可能性があるなら、そうするのは親として当然だろう。どんなに晶龍を神として崇拝していたとしてもだ。
「ですが、現実的に内地との交流は依然として難しく。
島の人々も、父の意見に賛同するかたは殆どいませんでした。
晶龍様のお力で島民は十分恵まれ、ささやかながらも幸せに暮らしていた。
激しい戦乱があるときく内地へ赴くなど、誰も考えるはずがなかった。
それどころか逆に、災いを招く結果になりかねない。そう主張するかたが多かったのです」
戦乱――か。
今でもある意味、ストレスまみれの魔獣だらけで酷いことになっちゃいるけどな。
「それでも――晶龍様のお恵みが次第に枯渇してきているのは、子供の私にも分かりました。
島の人々は今も明るくふるまってはいますが、それでも島全体に広がる不安はぬぐえない。
だからこそ父も母も焦り、内地への渡航を検討しては周りと喧嘩を繰り返す日々でした。
そんな時――遂に晶龍様の声が、島中に響き渡ったのです」
俺たちがついさっき聞いた、耳鳴りみたいなヤツのことか。
実際の音声としてではなく、特殊な波長となって脳を揺るがす。そんなタイプの悲鳴。
あれは島民たちも感じていたのか。そりゃあ騒ぎになるわけだ……
「それで……君が、ここに連れてこられたんだね」
「はい――晶龍様の声が聞こえた翌日、村長様たちが家に踏み込んできて。
それからはあっという間でした。
父も母も妹も必死で止めようとしてくれましたが、これが晶龍様の巫女のさだめと言われては、どうすることもできず……
恐らく今も家族は、家に閉じ込められています。私を連れ出さぬように」
淡々と語る寧々だが、その時の様子がどれだけ混乱していたかは容易に想像がつく。
全く――今は2040年だぞ。
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