第13話 君は、生きのびたい?


「ところでさ」


 俺は思わずそこで口を挟んだ。

 寧々のぱっちりした目が、俺をまっすぐ見つめる。純粋そのものの眼差しが、ちょっとくすぐったい……


「随分と大人びた話し方するけど、お前、いくつだ?」

「巴君。女の子にいきなり年齢聞くの?」


 八重瀬がすかさず突っ込んできたが、別にいいだろ。


「俺、元々そーいうデリカシーなさ男だから。

 ただ、どんだけ幼い子供を魔獣のエサにしようとしてんのか。その外道っぷりが気になっただけだ」


 これは事実だ。俺の中で、普通に結構な怒りが渦巻いているのは間違いない。

 美少女は日本の、いや世界の宝だぞ。

 きょとんと首を傾げながらも、寧々は答えた。


「私、ですか?

 数えで13になります」


 それを聞いて、八重瀬までも思わず目を見張る。

 ということは普通に考えて、中学生になるかならないかの年齢じゃねぇか。

 そんな子供が、慣れない白装束を着せられて洞窟の奥深くに閉じ込められ、魔獣の生贄に――

 島の連中は一体、何を考えていやがる。


 そんな寧々の前に、八重瀬は静かに座りなおした。

 そしてゆっくりと寧々の白い手を取り、尋ねる。



「寧々さん。

 この島から――出るつもりはないかい?」



 唐突に言ってのける八重瀬。

 寧々が大きな眼をさらに丸くした。


「え……

 私が、島の……外へ?」


 おいおい、あまりにも話が急すぎるぞ。こーいうのは段階を追って……

 そんな俺の心のツッコミも無視して、八重瀬はやや一方的に話しだす。


「最初に言ったとおり、僕たちは君を助けにきたんだ。

 君はまだ分からないかも知れないけれど、本土では――

 君のような子を生贄に捧げるなんて、絶対に許されない行為なんだよ」


 寧々の眼を真っすぐ見据えながら、静かに説得を試みる八重瀬。

 その強気っぷりを、いつもの戦闘にも役立ててほしいもんだが。

 ――そしてヤツは、思わぬことを言い出した。


「何百年も昔から、晶龍はその強大な力で島を守ってきた。

 だがその力が災いして、この島は完全に時代から取り残されているんだ」


 おい――ちょっと待て。

 お前、まさか。この子に現実を――


 そんな俺の逡巡を無視して、八重瀬ははっきりと寧々に告げる。



「君はさっき、内地では戦乱が起きていると言ったけれど――

 その戦争は、とっくの昔に終わっている。100年近く前にね」



 さすがに寧々は何を言われたのか分からなかったのか、きょとんと首を傾げるばかり。

 それでも八重瀬は言葉を止めなかった。

 その容赦なさは、普段のコイツからはまるで考えられない。


「激しい戦争の結果、日本は負けた。それがおよそ100年前だ」

「負けた……日本が?

 でも、日本は正義の国……負けるはずがないと」

「そう、島の人たちが言っていたのかい?

 だけど違う。日本はその国土を焼かれ、完膚なきまでに敗北したんだ」

「……!」


 何とかヤツの言葉の意味を理解したのか、現実を拒絶するように微かに頭を振る寧々。


「そんな……そんなはずありません!

 祖父母も両親も先生も皆、言っていました。日本は今でも懸命に戦っているか、もしくはとっくに勝利をおさめたはずだと」

「それはその人たちも皆、島の外を知らないからだろうね。

 外から何も情報が入らなければ、当然だよ」

「ならば何故、この島は無事なのですか? 何故、その話が伝わっていないのですか?

 それもまさか、晶龍様の――」


 そんな寧々の指摘に、こくりと頷く八重瀬。

 さすがに見てられない――俺は慌てて止めに入ったが。


「おい……八重瀬!

 そこまで話したら、この子は!」

「彼女なら受け入れられる。僕はそう判断した!」


 八重瀬は俺の言葉も無視して、動揺を隠せない寧々の両肩を強く掴んだ。

 普段の弱気そうなコイツからは、まるで考えられない行動。

 いや――俺が知らなかっただけで、本来の八重瀬はこうなのかも知れない。

 おかしな部分だけ妙に頑固で、譲らない。そんな性質は。


「君の想像どおり――それも、晶龍の力だよ。

 この島がずっと、晶龍によってあらゆる災害から守られているのは知っているよね。

 全く同じに、晶龍は守り切っていたんだ――戦争から、この島を。

 そうでなければ、とっくにこの島は蹂躙され破壊されつくし、全滅していた可能性が高い」


 この島の位置を考えれば、確かにそうだろう。

 もし晶龍の力がなければ、この島は間違いなく本土決戦の礎とされ、同時に攻撃目標ともされ、徹底的に破壊されていたはずだ。島の形が変わるレベルまで。


「そ……それでは、日本は……滅びたの、ですか?

 では、貴方がたは――」


 鬼畜米英。多分寧々は俺たちを一瞬、そういう目で見たに違いない。

 しかしすかさず、八重瀬は言う。


「大丈夫。日本は負けたけれど、決して滅亡したわけじゃない。僕たちもちゃんと、日本人だからね。

 100年の間に見事に復興を果たし、この国は驚くほど変わったよ。

 ――良くも悪くも、だけど」


 どこまでも真っすぐな瞳で、寧々を見つめる八重瀬。

 その真摯な姿勢にうたれたのか、彼女も少し落ち着きを取り戻していく。


「それでは……

 貴方がたが、ここに来られたということは」

「そう。

 僕らがここにいること自体、100年が経過して晶龍の力が落ちた、何よりの証明だよ。

 このまま晶龍の力が衰えれば、本土からどんどん人はやってくる。

 抑えられていた災害も起これば、豊富な資源も枯渇する。

 つまり――

 この島が、変わらなきゃいけない時が来ているんだ」


 それでもさすがに寧々は、すぐに現実を受け入れられないのか。

 頭を振りながら、八重瀬から離れようともがく。


「それでも!

 それでも……私が、晶龍様のお力になれれば……!」

「君は本当に、そう思っているかい?

 君がもしここで命を捧げたとしても、恐らく晶龍の力は簡単には戻らない」

「そんなことは――!」

「例え一時的に力が戻ったとしても、100年もすれば晶龍はまた新たな贄を求め、人々は新たな贄を差し出し――

 島はずっと変わらないままだ。君はそれでもいいのか?」


 中学生になるかならないかの子供に、やたら厳しい選択肢をつきつける八重瀬。

 ただ――寧々なら、分かってくれるだろう。そんな謎めいた確信は、俺にもあった。


 それでも、さすがに言い過ぎたと思ったのか。

 少しだけ腕の力をゆるめながら、八重瀬はそっと微笑む。


「寧々さん。僕らのこと、すぐに信じろというのは無理かも知れない。

 だけど――

 君は、生きのびたい?

 生きのびて、この島の外を見てみたくはない?

 今自分が生きている時代が、本当はどんな世界なのかを知りたい――

 そうは思わない?」

「…………」


 純真な瞳で、じっと俺たちを見つめる寧々。

 八重瀬のまっすぐな言葉は、何故か俺の胸にまでも妙に染み込んだ。


 今俺たちが住む国は、諸手をあげて幸せだなんて、お世辞にも言えない世界だ。

 ゆっくりと時間が流れ、天の恵みに感謝しながら、のんびり暮らせるこの島の方が、どれだけ幸せか――

 多分この島を見れば、この国の大多数の奴らはそう言うだろう。

 人間でなくなるまで人間が人間を追い込んでいる、この国では。


 だけど、それでも八重瀬は寧々を説得する。



「今、僕らが生きる世界は――

 寧々さんたちから見たら正直、幸せとは言えないかも知れない。

 この島の方が、ずっと幸せだ。この島で閉じこもっていた方が、ずっと幸せだったって――

 君だってきっと、そう言うと思う。そんな世界だ」

「八重瀬さん……?」

「それでも、僕は思うんだ

 ――誰かを犠牲にしてまで保っている幸せは、幸せなんかじゃないって!」

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