第11話 治療と守る意思と謎のダンジョン
不器用に大剣を手にする八重瀬。見るからに重そうで、やっとのことで上げた剣先はガタガタ震えている。
それでも剣の光をじっと見つめながら、ヤツは呟いた。
「さっき、思ったんだ。
ここから逃げる為に、何とかして巴君を……守らなきゃって。
そう思ったら、いつの間にか神器が変化してたんだよ。
今までろくに扱えなかったのに――どうしてなのか、全然分からないけど」
そう口にしながら、俺の右肩に剣を突きつける八重瀬。
いや、待て、その剣で何する気だ。相手の傷口にギラギラ光る剣突きつけて「手当てしよう」って、傍から見りゃ完全にサイコパスだが!?
「だ、だからってその剣で傷治せるかもって?
宣兄の斧なら分かるけど、お前の剣に治癒の力あるのかよ?」
「分からないけど……
巴君の傷、多分自分で思っている以上に深いと思うんだ。
ちょっと見せて」
言いながら、八重瀬は俺の右腕を取った。
それだけで、痺れるような痛みが全身を走る。あ、確かにコレ、結構ヤバイかも……
よく見ると傷口は大きくえぐれ、焼け焦げた肉まで見えてブスブスと嫌な音までたてている。
指先から次々と流れ落ちる温い血液を見ていたら、少し眩暈までしてきた。
いつもならこれぐらいの怪我は宣兄が治癒してくれていたが、あいにく今、宣兄はいない。
「一応救急セットは持ってきたけど、それだけじゃ足りない。
だったら――!」
八重瀬はそっと剣の光を俺の傷口に引き寄せ、すうっとひとつ深呼吸した。
すると――
「……え?」
剣の明滅が、ほんのわずかに早くなる。
それと同時に、腕の痛みも少しだけ引いていくような気がした。
勿論、宣兄の治癒術に比べたら修復速度はやたら遅い。それでも
――何もしないよりは、大分マシと言えた。
ゆらゆら揺れる剣の光に包まれながら、俺は何となく八重瀬の顔を眺めた。
眼を閉じながら柄を握り、祈りを捧げるように意識を集中している。
自分だってボロボロのはずなのに。
ふと冷静になると、さっきのヤツの言葉が自然に蘇ってきた。
――何とかして巴君を、守らなきゃって。
それだけで、あの龍の攻撃を跳ね返すほどの力が出たってのか。俺の雷が効かなかったほどの、あの凄まじい龍の光を。
これまで戦闘じゃ、全然役立たずだったはずのコイツが?
**
そんな疑念を抱えながら、数分後。
「……ふぅ。
これで、とりあえずの応急処置にはなったかな」
八重瀬の剣により、俺の右腕は何とかまともに動かせる程度まで回復した。
宣兄の治癒術よりだいぶ時間はかかったし、まだ痛みは残っている。だが出血と痺れは、もう殆どない。
救急セットの包帯とガーゼで傷口を覆い、八重瀬はほっと一息ついて周囲を見渡した。
「ところで、巴君……
何となくここへ着地しちゃったけど、意外と目的地は近い感じがするよ」
そう言われて、思わず俺は八重瀬の視線を追う。
俺たちの周囲を満たすものは、鬱蒼と茂った木々。昼間なら煌めくばかりの新緑で島を明るく彩る癒しとなってくれるはずだが、今は黒々と俺たちを覆い尽くす闇でしかない。
その中で八重瀬の剣だけがこうこうと光り、周囲の大木を青白く照らし出す。
自分の怪我の治療もそこそこに、八重瀬はふと立ち上がって歩き始めた。光り続ける剣をたいまつのように携えながら。
慌ててそれを追う俺。俺の翼はさっきの衝撃で元のロケランに戻ってしまったし、しかも未だに煙を吹いてて役立たず。
こんなところで神器も使えない状態で置いていかれちゃたまらん。それに――
「お、おい八重瀬!
お前、自分の治療は?」
「大丈夫。巴君の治療をしてたら、僕の傷も何となく軽くなったし」
「何となくってお前、治ったわけじゃないのかよ」
「そもそも僕の怪我、巴君ほど酷くはなかったしね」
いや、そんなわけあるか。
今でも八重瀬の左袖は血に染まって真っ黒。ワイシャツにまでじわじわと赤色が染み込んでいる。
足も少しばかり引きずっているし、全身ボロボロなのは変わらない。
それでもコイツは、一向に歩みを止めようとしない
――そこまで八重瀬をかりたてるものって、一体なんだ?
そもそも、最初にここを探ろうと言い出したのも八重瀬だ。しかも、ヤツにしか聞こえない謎の呼び声に導かれるように。
そして、あの龍との交戦時になって、初めてまともに役に立った八重瀬の神器。
何かがある。
コイツとあの龍に何かがあるのは分かるが
――それが何かが、さっぱり分からん。
しかし俺が考え込んでいる間に、八重瀬が何かに目を止めた。
「巴君。
あれ、見て」
ヤツが指し示した先に――
不自然なまでに木が刈り込まれ、ほぼ野原となっている場所があった。
そしてその野原のさらに奥――月明かりの中、黒く光る岩壁が出現し、その中央あたりに。
何故かしめ縄が施された、小さな洞穴があった。
それも、人の胴ほどに太い縄で綯われたデカいしめ縄だ。有名神社のテレビ中継以外では見たことがない。縄の間から糸の字を象った紙垂が垂れ下がり、風にひらひら吹かれるままだった。
奥からは水の流れる音が微かに響いている。
入口の両脇にはごくごく小さな石灯が設置されており、中で淡い光がゆらゆらと揺れていた。恐らくこれも晶龍のウロコとやらをエネルギーとした灯なのだろう。
俺たちはその光を頼りに、出来るだけ足音を立てないようにして洞窟内に忍び込んだ。
中は意外に広く、天井も高い。声もそこそこ反響する。
黒曜石のように滑らかな石壁には水晶にも似た銀色の岩があちこちに埋め込まれ、ほのかに輝きを放っている。その岩の光は時々不規則に虹色にチカチカと明滅しては、力を失ったかのように消えていく。
岩から放たれる淡い光により、洞窟全体が青い透明な水に浸されている感覚さえした。
「不思議なところだね……
まるで龍の寝所みたいに」
八重瀬の言葉は別に誇張でも何でもない。確かに、ファンタジー映画やゲームでよく見るような神秘的なダンジョンだ。
とすると当然、この奥にはヤベェボスがいることになるんだが。
「この岩は……!?
やっぱりこれが、晶龍のウロコなのかな? すごい……」
ひときわ強く白銀に輝く岩を見つけ、目を見開いて近寄る八重瀬。
自分たちの状況も忘れたのか、興味津々で岩に触れている。
「おい。不用意に近寄るなって」
「でも、これって結構な大発見かも知れないよ?
魔獣は人のストレスから生まれ、僕たちを脅かす存在だったはずだ。でもそのエネルギーがこうやって蓄積されて、人の資源になってるなんて……
あの奥さんの話を聞いた時は正直半信半疑だったけど、本当だったんだ」
青く光る天井や壁を見回しながら、八重瀬は目を輝かせている。
この岩、コイツだけに効く妙なクスリ仕込んでねぇだろうな。
「巴君……これは本当に革新的かも知れない。
魔獣が人の心を取り戻して穏やかになって、その身体が人にとって有効なエネルギー源に変わるとしたらもう、巴君たちが無理に戦うこともないじゃないか。
もしかしたら魔獣出現を抑える為の方法だって、分かるかも知れない!」
「そうなったら俺ら無職になるんだが、いいのか?」
「いいじゃないか。
だって本来なら巴君、まだまだ勉強したいし、遊びたい年頃だよね」
さらりと言う八重瀬。こいつがそこまで考えてたとは意外だったが――
正直、そううまくコトが運ぶとはとても思えない。
だいたい、今まで国が総力をあげてどんな方法を試したところで、神器以外で魔獣をおとなしくさせる手段なんてなかった。だからこそ、俺だってこんな
――いや。もう、そんなことはどうでもいい。
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