第6話 取り残され島


 そんなわけで――

 俺と八重瀬は村長宅に招かれ、夕食を馳走になった。

 出された食事は素朴なマグロとイカの刺身に、苦瓜と豚肉の味噌炒め。あとは海藻が大量に入った味噌汁。

 これといった特徴も感じられなかったが、強いて言えば全体的に味付けは甘めな気がした。

 だが、食後に出された餅はやたら美味かった。笹に似た葉で包まれたその餅は、中に餡子らしきものが入っていてとろけるような甘さ。


「美味しいですねー、このお餅!

 どうやって作ってるんですか?」


 眼鏡の奥の瞳を輝かせて、子供みたいに餅をほおばる八重瀬。

 それに対し、奥方は丁寧に答えてくれた。


「よもぎを使って作ったお餅でねぇ。中には黒糖とお芋を混ぜて作った餡を入れているんですよ」

「へぇ~! 奥さん一人で?」

「いや、息子夫婦と孫とで大勢集まって手伝ってもらってますよ~

 普段はお祭りの時にしか作らないんですが、今日はやっぱり内地のお客さんが来るからねぇ。

 孫たちもみんな、一生懸命作ってくれましたよ。どうでしたか、お食事?」

「はい! とってもおいしかったです!!」


 キラキラ目を輝かせて即答の八重瀬。

 お前仕事忘れてねぇだろうな。


 とはいえ、息子だの孫だの……大勢の人間が村長宅に集まっているのは、二階で泊っている俺たちにもよく分かった。

 一階では何やらバタバタと宴会が始まっているらしく、呑気な三味線の音まで響いてきやがる。それも3~4人という数ではなく、軽く20人ぐらいは集まってるような。

 よそ者の俺たちを避けたり警戒したり様子もない。この島ではこれが日常茶飯事のようだ。

 人が大勢集まる宴会は正直、どうも苦手だ。誘われて八重瀬がホイホイついていったらどうしようと内心ビクビクしていたが、奥方もそのへんは何となく察したのか、無理に俺たちを誘ったりはしない。

 そんな中、八重瀬はふと尋ねた。


「そういえば……

 台所、先ほどちらっと拝見したんですけど。

 かまどがありましたね。炊事はいつも、炭を使用されているんですか?」


 全然気が付かなかった。八重瀬のヤツ、そんなところまで見ていたとは。

 かまど――俺たちはもう、映画かドラマかゲームでしか知らない。もしくはたまに旅行に出かけると、観光スポットと化している昔の屋敷やら城やらに貴重な歴史資料として保存されている、そういう遺物。

 しかし奥方は、微笑みながら首を振った。


「そうですねぇ……たまにご飯をおいしく炊きたいという時は、炭にこだわる時もありますが。

 今はちゃんと、ガスのかまどを使っておりますよ。

 この島は時代に取り残されているようでも、それでもきちんとすべきところはしたいものですからねぇ」


 いや、それでもガスかまどは大分時代から取り残されていると思うが。味にこだわる料理マニアか、レトロ風にこだわる宿屋だったら使うかも?ってレベル。

 そんな俺の心のツッコミを無視して、八重瀬はさらに尋ねる。


「ガスの供給源はどこでしょう?

 この島には、天然ガスが採れる場所があるのですか?」

「はぁ……そういった難しいことについては、わたくしどもはよく分かりませんが。

 ただ、ガスの原料となる石が、あの山から多く採れるのですよ」

「石……? あの山から?」


 俺はそこで、餅をほおばりながら思わず頭を上げた。

 そして奥方は、笑顔のままいきなり自分から喋ってくれたのだ。俺たちが追う晶龍――その秘密の一角を。


「えぇ。島では晶龍様のウロコと言われ、ありがたく使わせていただいている貴重な資源です。

 見た目は水晶に似た石にすぎませんが、燃やすことでガスだけではなく、電気を作ったりも出来るのですよ。

 そのお力を貯めておく専用の施設もございます。そこから私たちは晶龍様からいただいたウロコを電気やガスに変換しているのです」

「……なるほど」


 山と村の境あたりにやたらデカイ石造りの蔵がいくつかあると思ったが、それがエネルギー貯蔵施設ってわけか。

 いつの間にか真顔で、その話をじっと聞いている八重瀬。


「村にもいくつか、街燈がありましたね。どれも龍の頭を象ったような形だった。

 あれも龍の力によるものですか」

「えぇ。晶龍様のウロコを焼くことで得られる膨大な力は、ほんにありがたいものでねぇ。

 おかげさまで、夜も安心して出歩くことが出来ます」


 マジか――俺は思わず窓の外を見る。

 確かに、道ぞいにいくつか並んでいた龍の像は気になっていた。今改めてみると、龍の眼球部分がこうこうと白く光って、夕闇に沈む村を静かに照らし始めている。

 それも蛍光灯のような冷たい白ではなく、気持ちが穏やかになるような暖かな色だ。

 あれ、街燈だったのか。八重瀬は当然のように分かっていたとは……


 奥方は静かに話を続ける。


「この島の実りは、全て晶龍様により齎されたもの。

 闇を照らす光も、豊富に取れる魚も野菜も果物も。

 また、島を襲う幾多の災禍から、晶龍様は我らを守ってくださっている」


 歌うように語り始めた老婆。

 それに合わせるように響く、三味線の音色。


「この島は古来より、洪水、津波、地震、台風、干ばつ……あらゆる災いに苦しめられていた。

 元より苦しんでいた島民の前に現れたのが、晶龍様と言われております」


 しかし、その時現れた晶龍は大暴れしたんじゃないのか。最凶の魔獣として。

 そんな俺の疑問を汲み取ったかのように、八重瀬は慎重に踏み込んでいく。


「えっと……僕たちの間では、龍については噂レベルでしか知られていないんですけど。

 龍は500年前、この島で人を襲ったとか聞きました。それって本当ですか?」


 わざとマヌケな学生の口調を装いつつ、言葉を選びながら尋ねる八重瀬。

 老婆はそれに対し、殆ど笑顔を崩さず答えた。


「えぇ……その時の晶龍様は我を失っており、まさに荒ぶる神、怪物であったそうです。

 しかし当時の島民の多くが命がけで戦い、島を守る為にその魂を自ら龍に捧げた……

 中には若い娘も多かったと聞きます」


 思わず俺は腰を浮かしかけ、八重瀬に片手で制止された。

 これは……まさしく俺たちが追う、人柱の伝説そのものじゃないか!!


「荒ぶる龍はその血を飲むことで島民の想いを知り、次第に穏やかになっていったといいます。

 やがて、龍がその身に取り込んだ魂はひとつの意思となり――

 龍は自ら『晶龍』と名乗り、人々と交流するようになった」



 にわかには信じられない話だ。

 魔獣が人の意思を取り込み、人と交流を始めただと?



「島民の中には、晶龍様は当時犠牲となった人々の意思そのものだと語る者も多くおります。

 詳しいことは分かりかねますが……

 ともかくそれ以降ずっと、晶龍様はこの島を見守っていてくださる。

 500年もの間、本土はありとあらゆる災厄に見舞われましたが、この島は殆ど何の影響も受けていないのが、その証拠です」


 淡々と語り続ける老婆。

 しかしその話のほぼ全てが、俺たちには信じられないことばかりだ。

 魔獣は強度のストレスにより人間が狂い、生み出されたもの。恐らく同じ過程を経て、当時の『晶龍』も凶暴な魔獣へと変化したのだろう。

 だが、魔獣に変化したまま人間としての平静さを取り戻した例を、俺は未だ知らない。魔獣状態から元に戻った後どうなるかさえ、俺は知らないのに。

 しかも――洪水やら台風やら津波やら、あらゆる災害から数百年もの間、島を守っているだと?


 ただの魔獣じゃない。何となくそう感じてはいたが、スケールが途方もなくなってきている。

 とても新人ペーペーの俺らの手に負えるシロモノとは思えない。

 俺は思わず八重瀬を振り返ってしまったが、それでもヤツは奥方に質問を投げかけていた。


「この島と本土との交流は、長いこと閉ざされていたそうですが。

 具体的には、どのくらいの期間なんです?」

「おおよそ……100年ほどになりますか。

 戦争が始まったくらいの頃ですかねぇ」


 不意に三味線の音が途切れ、沈黙が降りてくる。

 今から100年前と言えば――1940年頃。

 勿論、太平洋戦争のことだろう。

 背筋に冷や汗が、つうっと伝っていくのを感じた。


「大きな戦争が始まったと、当時は大騒ぎになったそうですが。

 そのあたりから、内地との交流はめっきりなくなってしまったようです。わたくしもさすがに生まれておりませんでしたから、事情は分かりませんが……

 本土から来るかたがぱたりといなくなり、それどころか島から出ることさえも出来なくなったそうです。

 島周辺の海からある程度離れようとすると白い霧に呑まれ、いつの間にか島へ戻されていたそうで」


 そして老婆は俺たちを見つめながら、こくりと首を傾げた。


「この間の方々はお忙しそうで、なかなかお尋ね出来なかったのですが……

 戦争は、終わったのでしょうか?」



 ――なんてこった。

 この島は完全に、取り残されている。

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