第4話 二人旅と上陸とディストピア



「人柱伝説っていうのは、古来から日本では有名だよね。

 一番知られているのは日本神話、ヤマタノオロチかな。8つの頭と8本の尾を持つ、まさに魔獣みたいな怪物。苦しめられてきた人々は毎年若い娘を生贄に差し出していたが、そんなオロチを退治したのがスサノオミコト――

 って、これはさすがに巴君も知ってるよね?」

「しょーもない知識でマウント取ってくんじゃねぇよ。

 色んなゲームや漫画で出てくるし、童話でも出てくるし、詳しくなくてもあらましは知ってる」


 しぶしぶヘリに乗ってその数時間後には、島直行の狭苦しい小船に詰め込まれ。

 若干船酔いを覚える中、俺は八重瀬と向かい合って時間を過ごすという苦行を強いられていた。

 勿論二人とも、神器たるロケランと大剣は小型サイズにしてポケットに隠している。元の形状に戻すのにやや手間がかかり緊急時に間に合わないこともあるから、いつもはそのまま持ち歩いているが、一般人の前を歩く時はさすがにそうもいかない。特にこういう、秘密裡の調査の時は。


「だけど面白いのが、日本だけじゃなく世界にも似たような伝説があるってことだよね。

 ギリシャ神話にも、海神ポセイドンの怒りによって怪物ケートスが暴れ、それを鎮める為に美女アンドロメダが生贄として差し出された。

 そこで現れたのが、英雄ペルセウス。彼は既に倒していた怪物メデューサの首をケートスに向け、ケートスを見事石に変えて撃退、アンドロメダと結婚。

 これと似たような神話、結構世界中にあるんだ。だから、少女が生贄に捧げられ英雄が助ける形式の伝説は『ペルセウス・アンドロメダ型』とも呼ばれてて……」


 とか何とか、やたらといらん知識をひけらかしてくる八重瀬。

 しかし俺の気分は結構最悪だった。嵐でもないのに船はやたら揺れる。屋根と窓はあるから波しぶきは被らずにすんでいるが、今にも壊れそうで正直怖い。

 乗り込んだ時は、何十年前のオンボロ漁船かと思った。


「ていうか、この船……随分ボロくね?

 ボロいっていうか、作り自体が古臭くないか?」

「あぁ、確かに……港がかなり小さいらしいからね。

 あと、ここまで偽装しないと何が起こるか分からないからって、課長が言ってたな」

「偽装?」


 引っかかる言葉だ。

 あのタヌキ……もとい円城寺課長は、そういう言い方をすることがよくある。

 言葉を濁さざるをえない業務ゆえ、仕方ない部分もあるだろうが。


 ともかく――

 仕事とはいえ、久しぶりにちょっとした小旅行をしている気分でもあった。

 微妙な船酔いも、同僚とのしょーもない会話も、血生臭い魔獣との戦闘と比べたらカワイイもんだ。


「人柱のコを助けられたら、調査と称した観光してみるのもいいかもなー。

 場所的には奄美にもそこそこ近い南の島だし、気候だって悪くなさそうだろ。久しぶりにサイクリングもしたいし、海水浴も出来るだろ。スキューバダイビング体験とか出来っかな?

 一度やってみたいんだよな~」

「巴君、またそんな……君、昨日ケガしてたはずだよね?」


 さすがに若干冷めた目で八重瀬に睨まれた。


「それに件の島は、100年近く外界から閉ざされているんだ。

 近代的な観光施設に期待しちゃいけないよ」

「……分かってるよ。マジに取るんじゃねぇ」


 あぁもう。これだから軽口を真正面から受け取るヤツって苦手だ。

 俺だって少しは怖いんだ。何百年も魔獣に支配されて通信途絶してた島とか、どんな化け物が待っていやがるか。

 ヘタしたら、魔獣が軍団作ってたりする超絶ディストピアなんて可能性だってある。

 そんな恐怖を紛らわす為、俺は必死で軽口叩いてるってのに、コイツはもう――


 ――その時は、そう思っていたが。

 俺は数時間後、すぐに思い知らされることになる。

 島に対する俺の認識が、結構な間違いだったことを。




 **




 島上陸の直前あたりから、ネットが全く出来なくなった。

 オンラインゲームでの暇つぶしさえ不可能になり、俺のテンションはさらに落ちたが――



 いざ、白龍島に一歩上陸した途端。

 それまでやや曇っていたはずの空が一気に澄み渡り、太陽の光が俺たちに降り注いだ。

 それも、やたら暑苦しく都会の太陽ではない。暖かく眩しいが、決して苦痛は感じさせないような日の光。

 ギラギラではなく、サンサン。そんな擬音がふさわしい。

 海の色も、まるで透き通るような群青。俺は寒々として汚れ切った灰色の海しか知らなかったけど、こんなに透明な海があるなんて……

 キラキラ輝く海面の向こうに、サンゴ礁まではっきり見える。


 島自体は南北に伸びたナスのような形をしており、中心部には結構大きめの山岳がある。南北の長さは多分10キロにも満たないだろうが、ハイキングをしても面白そうだ。

 山からは森や畑が段々となって連なっており、そこそこ整備されている菜の花畑が目に眩しかった。


 少し驚いたのは、迎えに出てきた島民の服装だった。


「内地からのかたとは、ホントにまぁ~珍しいこって」

「今日はウチの宿で、ゆっくりしていきなさいな」


 そう言いながらニコニコと出迎えてくれたのは、付近の住民らしき爺さん婆さん夫婦。

 どちらも当たり前のように和装だ。婆さんはきっちり着物を着ているが、爺さんの方は胸元若干はだけた着流し。

 よくよく周囲を観察すると俺ぐらいの世代のヤツもいたが、半分以上の人間が和装。というかもんぺか着流し。中には制服姿やワイシャツの男、ワンピースの子供もいたりしたが、いずれも明らかに形が古い。


「ここはゆ~っくり、時間の流れる場所ですからねぇ。

 お二人ともごゆるりと、日ごろの疲れを癒してくださいねぇ~」


 俺たちはそんな老夫婦に導かれるまま、島への一歩を踏み出した。

 ちなみに俺たちを連れてきた調査員は、『明日午後4時にまた来ます』とだけ言い残し、来た船でさっさと帰ってしまった。

 その手際からして、少々前から島の調査自体は秘密裡にやっていたのだろう。しかし何故今、俺たちが呼ばれたのか――



 500年、魔獣の支配下に晒されていた島。

 魔獣を抑える為に、人柱まで差し出す島。

 一体、その内情はどうなっているのか――

 俺たちは半分ビクつきながらも、慎重に島の様子を観察し始めた。



 港を抜けてすぐ見えたものは、新緑の木々の間に、燃えるような紅のハイビスカスが無数に咲き誇る林。他にも紫に白に橙、目にも鮮やかな色の花々が島のあちこちを彩っている。

 そして鬱蒼としげる植物の間をぬうように、村が形成されていた。同時に人の姿もちらほら見え始める。


 周囲の建造物も、ビルらしきものがほぼ皆無。殆どが木造住宅の平屋建てだ。

 車らしきものは殆どなく、道路で遊ぶ子供がかなり多い。というか島民の数はそこまで多くないはずだが、子供自体が結構多い。

 あちこちで遠慮なくギャースカ騒いでは、八百屋のオバちゃんに怒鳴られている。

 八百屋自体が俺にとっては珍しく、思わずしげしげと見入ってしまった。

 都会じゃほぼ壊滅したも同然の、魚屋も肉屋も盛況。

 店の看板も、横書きだと右から左へ文字を読ませるものもある。「ダシヨはりすく」って何のことかとしげしげと眺めていたら「くすりはヨシダ」、つまりヨシダ薬局の看板だったとか。


 そして――

 当たり前のように、店の前や道路脇に座り込んで談笑している人々。

 当たり前のように、果物や野菜を大カゴに入れ地べたに置いて商売している店。虫がたかろうが、店主も客も気にする様子はない。



 魔獣に数百年支配されてきた島――

 色々能天気な軽口は叩いたものの、正直、俺の中で恐怖の方が勝っていたのは間違いない。

 しかしその実態は、俺の最初の想像とはまるで違っていた。

 一言で言うと、絵に描いたような平穏そのもの。

 むしろ俺たちの日常よりも、よほど平和な世界だ。



「なぁ、八重瀬」


 と、俺は老夫婦に悟られないよう小声で尋ねた。


「ここって、500年間外部との接触が封じられてきたんだよな?」

「課長も言ってたけど、500年ずっとってわけじゃない。外部との接触がほぼ封じられたのは100年前かららしいよ。

 ひょっとして、江戸時代あたりにタイムスリップするかも?って思ってた?」


 嫌味のつもりは決してないんだろうが、さらりとそんなことを言ってのける八重瀬。


「ち、違うって! そうじゃないけど……

 それでも何となくこう……ゾワゾワしてさ。

 ちょっと前、昭和の時代を描いた映画が流行ったことあっただろ?

 何だか、あの映画の世界に紛れ込んじまったような……」

「それは何となく分かる。

 僕らのいる世界に比べて、のんびりしてるよね。

 もっともそれは、僕らの日常が異常なのかも知れないけど」


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