第3話 出張と人柱と地図から消えた島
その日も俺はいつも通り、数件の魔獣退治を済ませ心療課で仮眠をとっていた。
ヤバイ時は夜通し魔獣と戦っていることもありうるこの生活。腐っても国家組織なので一応寮は用意されているものの、まともに帰れたのは何度あるやらというレベルだ。
「……巴君。
巴君、起きて」
ガタの来ているブラインドが降りている窓。そこからわずかに射し込む朝焼けで目が覚めると、八重瀬がスマホ片手に俺の寝顔をしげしげと覗きこんでいた。
畜生、数時間前に魔獣にぶん殴られた横っ腹がまだ痛むってのに。
「課長から連絡があったよ。
今から僕ら二人で、出張してほしい場所があるって」
「へ?
……もう、またかよ。しかもお前と二人だけ?」
明らかに不平を口にした俺に、八重瀬が困ったように笑う。
「今戦えるメンバーはみんな、支部の応援で忙しいし。
それに今回は基本的に、あくまで訓練の一環みたいだよ。魔獣が出現しそうな地域を事前に調査するっていう……
だからガチガチの戦闘じゃなくて、いつもの見回りみたいなもの」
「お前のお得意の事前調査ですかぁ?」
駄目だ。睡眠不足と過剰労働が祟ってか、コイツに対しては息をするように皮肉が出ちまう。
さすがの八重瀬も、若干笑みが曇った。
「巴君……課長からも言われたよね?
魔獣に対応するのが僕らの仕事だけど、本当に重要なのは魔獣出現を未然に防止することだって。
その為にも事前の見回りで、兆しがある人物がいれば注意して見ておき、可能ならば魔獣化の原因とされるストレス要因を取り除く。
それこそが本来、僕らがやるべきことなんだって」
こういう時、八重瀬はどういうわけかやたら真面目に俺に説教してくる。
エメラルドグリーンの大きな瞳が、眼鏡の奥からまっすぐに俺を射抜いている。
いつもは腑抜けの優男にしか見えないのに、時々妙なところで頑固な部分があるのが八重瀬だ。
「あー、分かった分かった。
そーいうことはまず、まともに戦って俺のストレス要因を消してから言ってくれよな」
あぁ、ヤバイ。
自分でも分かるぐらい、俺も不平不満がたまってやがる。嫌味が止まらない。
案の定、八重瀬はしゅんと肩を落としてしまった。
「ごめん……分かってるんだけど」
いや、俺の方こそごめん。言い過ぎた。
何だかんだで、こいつも俺と同じように半強制的にこの
思った以上にしょげてしまった八重瀬を見て、慌てて謝ろうと思ったが――
それより先に、ヤツはスマホ画面を俺に見せてきた。
「ここが現地みたいだよ」
言われて何となく画面を見て――俺は思わず呻いてしまった。
示された場所は、本部のあるここK県から大分南西に離れた島しょ地域。距離にしてざっと1000キロ近く離れているだろうか。ほぼ南国の孤島と言ってもいい。
「何だコレ……
また、けったいな場所で訓練するもんだなぁ」
八重瀬が示した画像の地図を見ると、『白龍島』と書かれている。
聞いたことがない地名だ。俺は自分のスマホを取り出し、その名前を地図アプリで検索してみたが――
「何だこりゃ?
そんな島、日本のどこにもないぞ」
「あ、巴君。その島の名前、通常の地図アプリだと出てこないらしいよ」
「えっ?」
「僕も調べてみたけど、課長が送ってきた地図データでしか確認できないんだ。
課長によればどうも、色々あって地図から消された島みたいなんだけど」
「ヤバイことを『色々あって』で略すな。
何だ、地図から消されたって。とんでもない曰くつきの島じゃねぇのか」
半分冗談のつもりで言いながら、メールを確認する。
しかし八重瀬の目は相変わらず真剣だった。
「そうだね。確かに、とんでもない曰くつきだ。
何しろ『人柱』の風習が、未だに実行されているらしいんだから」
人柱。
魔獣退治に関わっていてさえ、あまりにも聞きなれない単語だ。
同時に課長からのメールを見て、俺は思わず目をパチクリさせてしまった。
メールの要旨はこんな感じである――
白龍島とは、500年以上も前に強大な魔獣が暴れまくり、幾多の犠牲を払った末に封印された島だ。
さらに言えば、100年ほど前からその存在が公から消滅し、現在にいたるまで存在が隠匿されていた地でもある。
2040年の今になってその魔獣の封印が解けかけており、島民は自ら『人柱』、つまり未成年の少女を捧げることで魔獣の脅威を防いでいる――
にわかには信じられない話に、俺はしばらく固まってしまった。
思い切りドストレートに曰くつきの島じゃねぇか!
人柱というのはよく言われる、生贄として怪物に捧げられる若い娘の伝説みたいなものか。
500年前ならいざ知らず、今は2040年だぞ?
「その上、今まで島の存在が隠されていたってどういうことだよ?
しかも今になって表に出てくるって?」
「僕に聞かれても困るけど……
とにかくこれは、託されたからには行くしかないと思う。
島の人たちが魔獣に苦しめられて、年端もいかない女の子を無理矢理差し出す事態なんて、放っていられないよ」
こいつもしや、目の前に財布なくした老人がいれば何が何でも助けようとするタイプか。例え自分が大幅遅刻して大事な取引パァにしたとしても。
「まぁ、業務命令なら確かに、行くしかないんだけどさ……」
俺は頭をかきながら、何となくオフィスを眺めた。
早朝のがらんとした部屋には、俺と八重瀬以外には誰もいない。出勤していないわけではなく、ほぼ全員支部の応援に行かざるを得ない事態になっているのだろう。
「一緒に行くのお前だけ?
せめてもう一人、七種ぐらい同行できねぇのか」
「七種ちゃんも宣先輩も今朝早く、新宿の中規模魔獣災害の対応で出てっちゃったし……」
「新宿?! 一番ヤベェ地域じゃねぇか、大丈夫かよ」
俺は慌てて自分のスマホでニュースサイトを確認した。
やっぱり、どのサイトもトップニュースは『新宿にて特殊災害生物による爆発事故 現在状況確認中』の文字が躍っている。魔獣騒ぎが起こった時のマスコミの常とう句が大体コレだ。
そして、黒煙に包まれている高層ビル街を映したまま動かない定点カメラ。その煙の中で何が行われているかは、大概俺たちにしか知らされない。
一般人にはストレス起因での魔獣化は勿論、魔獣の存在自体もギリギリ『特殊災害生物』という名で呼ばれ、被害規模などの実情は伏せられている。
今、政府じゃどのタイミングで魔獣の存在と原因を公表するか、毎日喧々囂々の議論が交わされていて一向に進んでない。
当然、国民の不信感も募る一方だ。
それでも八重瀬は、呑気にも島の話を続行する。
「島へは船で行くけど、ここからヘリを乗り継いで行くことになるみたいだね。
もう用意されてるらしいから、すぐ行けるって」
「いや、しかし、新宿の方は? いいのか?」
「他の支部から大量に応援が行ってるみたいだし。
僕らみたいな新人が行っても、そこまで役に立たないと思う。特に僕なんかはね」
分かってるじゃねぇかとツッコみかけたが、意外に厳しい表情で八重瀬は言った。
「それに、巴君。
君、昨夜の戦闘で結構強めに身体打ってたよね?」
「あぁ、この腹のあたりか?
ちょいっと油断して受け身取れなくて、魔獣の角がかすっただけだって」
「それでも空中での激突だったし、ただでさえ巴君はいつもスピード勝負してるから、あぁいう事故でのダメージは余計に酷くなる。
見た目だけでも酷かったよ? あの時の巴君。宣先輩の治癒がなかったら、全身骨折と大量出血で今頃入院しててもおかしくなかった。
今でも横腹、結構痛むんじゃないの? 寝ている間も呻いてたし、もし内臓まで傷ついてたら……」
「あー、分かった分かった! 分かってますって!!」
ろくに戦えない癖に、説教だけはやたら一人前なのが八重瀬でもある。
マジで鬱陶しいので、俺はハエでも追っ払うように手を振ってその説教を止めさせた。
「とにかく、足手まといの俺らはそのヤベェ島の調査に回れってこったろ?
さっさと行って、人柱にされた若くて可愛いコを助けてやろーぜ!」
「う、うん……」
考えてみれば確かに、罪もない若い娘がみすみす犠牲になるのは見逃せない。
人柱なんて、どれだけ昔の伝説だと思ってんだ。
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