第136話 雪解け

「もう少し寝かせてくれ」


 部屋に戻って二度寝しようとする俺を、クロとシロは戻らせまいとする。


「こら! わらわがどれだけアキの料理を楽しみにしておったか分からぬのか!?」

「そうであるぞ! 我もアキが起きるのを今か今かと待っておったのだ!」


 何千年も生きているのに、ちょっと子供っぽい竜王だ。子供のミミでさえ待っていたのに、この二人ときたら地団駄を踏みながら駄々をこねているのだから。


「まだ本調子じゃないから休ませてくれ。そうだ、今日はレストランに行きましょう」


 俺は外食を提案した。たまには専業主夫にも休日が必要だ。


「むむむ……わらわはアキの料理が良いのじゃが」

「我もアキの料理がないと生きられぬ体にされてしまった」


 大袈裟すぎる。竜王が俺の料理で完堕ちしてしまったかのようだ。


「そ、そうだ。ほら、色々な料理を食べると俺の料理スキルも進化するんですよ。これも料理のバリエーションを増やす為です」


 俺の説明で、二人は渋々頭を縦に振った。



 そんな訳で、全員で外食に出かけることになる。

 準備を終え玄関に向かうと、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。


 ダダダダダダダダ!

 バタンァーンッ!


「貴方様ぁああああぁ~ん! 特級モンスターのキングヒュドラ討伐の為、このわたくし、貴方様の婚約者が駆け付けましてよぉおおおおぉおぉん♡」


 ズゥウウウウウウーン!


 予想外の人物の来襲に、俺の疲れが更に溜まった。


 派手で濃い化粧に乱れた長い髪、頭にはツノが生えた長身女性だ。溢れんばかりの爆乳と巨尻を小さめのビキニアーマーに包んでいる。いや、包み切れていない。


 ムッチムチの鍛え上げられた肉体をしたその女性は、魔王代理として魔族領域を管理させている最強の魔族、悪魔大将軍ザベルマモンだ。


「えっ、ええっ……何で?」

「キングヒュドラが南下したと聞きまして、わたくし、貴方様の役に立とうと走ってきましたのよ♡」


 この距離を走ってきたのかとかツッコみどころが多いが、先ずはその痴女みたいな恰好を何とかしてもらいたい。


「はーい、ミミちゃんは見ちゃダメですよぉ」

「ノワールちゃん、なんにも見えないの」


 ノワールが機転を利かせ、ミミの目を塞いでいる。

 こんな露出魔みたいな女は教育に悪いからだ。


「その、申し上げにくいのだが……来るの遅いよ。キングヒュドラは俺たちが倒したから、そのまま帰ってくれ」


 俺の話を聞いたザベルマモンは、落ち込むどころか目を輝かせる。


「まあ♡ まあまあまあ♡ あの超強力なモンスターを討伐なされたなんて、やっぱり貴方様は素敵な殿方ですわぁー♡」


 両手を広げたザベルマモンが、俺に向かって飛び込んでくる。


「んっふぅううううぅ~ん♡ わたくしは強い子種を求めてますのよぉ♡ 貴方様と子づくりですわぁああああぁ――――グエッ!」

 ズドンッ!


 思わずザベルマモンの顔面に、容赦のないグーパンチを叩き込んでしまった。

 女性の顔を殴るなど許されざる行為なのだが、桁違いの耐久力と再生能力を誇るザベルマモンは別だ。


「あっ、つい……」

「あっはぁあぁぁああぁん♡ 愛の鉄拳いただきましたわぁ♡」

「えええぇ……」

「もっと♡ もっとくださいまし♡」


 益々ドMが進んでいるようで困ってしまう。


「くっそ、また形状変化させた鞭でケツを叩いてわからせたい」


 そこまで話してから思い出す。


(そ、そういえば……祝福の剣ブレッシングソードは……俺を守って……)


 俺は目の前の下品な女を放置し、塵になって消えた相棒に思いを馳せる。


「ああっ♡ もっと♡ もっとキツい一発をぉ♡」


(初めて手に入れた専用武器だったんだよな……。皆からプレゼントされた大切な剣だったのに。俺を守って消えるだなんて……。くっ……もっとお前と一緒に冒険したかったぜ……)


「んっほぉおおおおぉ♡ 貴方様! もっとくださいまし♡」


 さっきからザベルマモンがうるさい。


「くっ、この変態マジでどうにかしないと。俺の思い出を汚すじゃない。祝福の剣ブレッシングソードさえ健在だったら……」


『お呼びですかマイロード!』


 祝福の剣ブレッシングソードの声が聞こえる気がする。


「ああ、ついに幻聴まで聞こえるようになったか」

『幻聴ではありません。私はアキ様のです』

「あれっ? やっぱり聞こえるような……」

『私は健在ですよ。マイロード』

「やっぱり幻聴じゃねぇええええ!」


 何処からともなく、俺の目の前に剣が現れた。紫と真珠色パールが混ざった剣身に漆黒と白銀の縞模様が妖しい超レア武具。

 間違えようのない、俺の祝福の剣ブレッシングソードだ。


 一回りほど小さくなっているが。


「えっ、お前は……俺の……。い、生きてたのかぁああああ!」

『マイロード、私は自己修復能力があります』

「えええっ!」

『少しだけ残った塵から再生しました。まだ五割程ですが』

「良かった! さすが竜王の鱗で超進化した俺の剣だぜ」


 俺が剣と抱擁しているからなのか、周囲の皆の視線がおかしい。契約者にしか剣の声が聞こえないのだろうか。

 特にレイティアがジト目をしている。


「えっと……あれ?」

「アキ君、剣を抱きしめてないでボクを抱きしめてよ」

「そ、そうだよな……」


 今はそれよりザベルマモンだ。


「あっ♡ ああぁん♡ 貴方様ぁ♡」


 俺は目の前の教育に悪い女を仕置きすると決めた。


「よし、祝福の剣ブレッシングソード、特性変化だ! 乗馬用鞭になれ!」

『イエス、マイロード!』


 クネクネしているザベルマモンを四つん這いにさせ、デカい尻を高く上げさせる。

 そこに容赦のないスパンキングだ。


 ペチーン! ペチーン! ペチーン!


「子供の教育に悪い痴女にはお仕置きだぜ!」

「ぎゃぁああああぁん♡ これですわぁ♡ これが欲しかったのですわぁ♡ おっ♡ おおぅ♡」


 ペチーン! ペチーン! ペチーン!


 皆の前で屈辱のお仕置きをしたザベルマモンは、満足気な顔で帰って行った。『また欲求不満になったらお尻ペンペンされに来ますわぁ♡』と言い残して。


 そして、何故か俺を見る皆の視線が痛いのだが。


「え、えっと、これは子供の教育に悪い女をだな……」


 言い訳は通用しないようだ。

 怖い顔した嫁たちがグイグイ迫ってくる。


「あんたバカなの? アキの方が教育に悪いしぃ!」

「アキ君! まったくキミは悪い男だよ!」

「アキちゃん! そういうのは全部私にして♡」


 ザベルマモンのせいで、俺のイメージが変態になってしまった。


 ◆ ◇ ◆




 以前に行ったことのあるレストランに到着した。

 ここは肉料理が定評ある少しお高めの店だ。


「いらっしゃいませ。勇者様」


 店内に入ると、奥から店主が出てきて丁寧にお辞儀をした。どうやら俺の噂が広がっているようだ。


「今日は大人数ですが……」

「すぐお席をご用意いたします。勇者様」


 前に来た時より良い席に通された。


 俺たちが席に着こうとしたその時だった。後から入ってきた高齢男性と、ちょうど隣り合わせになってしまう。


「あっ、あんたは……」

「なぬ! あ、あの時の若造……」


 向こうも俺に気付いたようだ。偉そうな態度の男性が、苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 そう、その男は、前にアリアに暴言を吐いてトラブルになった男である。前と違うのは、小さな少女を連れているところだが。


「出よう。アリア」

「アキちゃん……」


 俺はアリアを庇うようにしながら席を立った。

 しかし、すれ違いざまに、その男性が話しかけてきたのだが。


「ふ、ふん、前より魔族が増えておるようだな」

「あんたには関係ないだろ」


 つい反応してしまう。


(くそっ! またアリアを侮辱する気か!? 俺の大切な仲間を悲しませる奴は許さないぞ!)


 身構える俺だが、その男性は予想外の言葉を発した。


「そ、その、ま、街を守ってくれたそうだな」

「は?」

「まあ、なんだ……ワシの孫を守ってくれた……ごにょごにょ……感謝しておる」


 俺の耳がおかしくなったのだろうか? あの傍若無人なジジイから感謝の言葉が出た気がする。


 しかしそれだけでは終わらなかった。男性の隣にいる孫娘とみられる子供が口を開いたからだ。


「おじいちゃん! ちゃんと謝って! 勇者さまのおかげで私たちは助かったんだよ」

「お、おう……分かっておる」


 その男性が気まずそうな顔になる。


「も、申し訳なかったぁああ!」


 深々と頭を下げた男性に、周囲の視線が集まる。


「勇者様のパーティーだと知らず、失礼な態度をとってしまった件を謝罪させてくれ」


 俺たちが戸惑っていると、男性は事の顛末を話し始めた。


「以前からワシは、魔族は唾棄だきすべき存在だと言っておったのだが、最近は学校で『魔族は友達だ』と教わっておるようでな。それで孫娘に嫌われてしまったのだ」


 どうやら常日頃から魔族を差別していた男性が、孫娘に注意され意気消沈したらしい。

 しかも、俺たちが街を救った勇者パーティーと知り、余計に立場が悪くなったのだろう。


「あっ、アネットちゃん」

「ミミちゃん」


 俺たちを他所に、ミミが少女と手をつないでいる。


「あれ? 知り合いなのか、ミミ?」

「同じクラスの子なの」


 その少女が俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「ゆーしゃのお兄さん。アネット、お兄さんの言い付けを守ってますよ。魔族や獣人族とともだちになって、将来はゆーしゃになるの」


(あれっ? これって俺のせいなのか? 俺がガキたちに言った教えを守ってるのか? まあ、仲良くなったのなら良かったけど)


 その後、俺たちの中に竜王が居るのを知った高齢男性は、ガタガタと震えながら離れた席に座った。

 ちょっとスッキリして一件落着だ。


 街も店内も人々も、心なしか俺たちを見る目が変わった気がする。

 人の心の奥底に永久凍土の如く凝り固まっていた意識も、小さな子供の言葉により溶け始めているのかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る