第137話 辺境伯アキ・ランデル

 ここはアストリア王国の東側一帯を統べる国境線の要所グロスフォード。ひょんなことから俺が領主となった街だ。


 色々あって、このレイティアの故郷であるグロスフォードを、この俺、アキ・ランデルが辺境伯として治めることになってしまった。

 まあ、貴族なんて似合わないのだが。


 今日は、こうしてグロスフォードで式典とお披露目があり、俺たち閃光姫ライトニングプリンセス一行は街を訪れているのだった。



「うーん、やっぱり貴族の慣習とか慣れないな。なんかこう堅苦しいというか、周囲の人が畏まるのがこそばゆいというか……」


 完成したばかりの城の執務室に入った俺は、椅子に腰かけて愚痴をこぼす。就任式やら挨拶やらで疲れたのだ。


 あれからキングヒュドラ討伐と王都防衛の功績により、新たな勲章と報奨金の金貨8万枚を受け取り、かねてより叙爵される予定であった辺境伯となった。


 因みにノワールとミミは学校があるのでお留守番である。屋敷にはオモラシ姫メイドのマチルダを残してあるから安心だ。

 いや、ちょっと心配な気もするが。


「ふうっ、そういえばお義父さん……ゲリュオンの言ってたアレって……冗談だよな……」


 就任式にはゲリュオンも駆け付けた。古の盟約である竜王が人族の国に干渉しない話も形骸化けいがいかしてしまい、娘のレイティアに会う口実で出席したのだろう。


 ゲリュオンは相変わらず親バカだった。


『くっ、もう認めざるを得ないのか。この男が娘の夫だと……』


 そうゲリュオンは言った。苦渋に満ちた顔で。

 それから続けて、彼は問題発言をする。


『竜族の少子化解消の為、この男が種馬となって竜族の村で毎日種付けを……。もうそれしかない! この男の種を絞りつくしてやる!』


『おい待てぇええええ! 俺は好きな女しか抱かないから! 誰が絞りつくされるんだよ!』


 娘を大切に想っていながらも、大幅に男女比が偏っている竜族を何とかしたいらしい。

 ただ、俺が竜族の村で種馬生活などしたら、レイティアが許さないはずだ。


「普段は親バカなのに、肝心なところは浮世離れしてるんだよな。ああいうところが竜王たる所以ゆえんか」


 種馬生活は一先ず置いておき、これからの生活が重要だ。

 ここ、グロスフォードを統治しながら、王都の屋敷も維持しなければならない。ノワールとミミが学校を卒業するまでは、彼女たちを寂しくさせたくはないからだ。


 幸いにも領地経営の補佐をする者を国王陛下が回してくれた。俺は王都に戻り、その補佐官にこの城を任せるつもりだ。

 まあ、真面目そうな女性だったので、一先ずは安心だろう。


「うーん……さて、グロスフォードのギルドにでも行ってみるか」


 回想から戻った俺は、背もたれに寄り掛かり背筋を伸ばしてから立ち上がる。


 ジールはゲリュオンに報告があり席を外しており、二人の竜王は飯をたらふく食ってお昼寝中だ。

 あ、言い忘れていたが、アルテナは屋敷で自宅警備である。


 ガチャ!


「あっ、アキ君、今一人なんだ?」


 ちょうどそこにレイティアが入ってきた。

 辺りをキョロキョロ見まわしてから、俺の胸に飛び込んできた。


「むぎゅ~っ! アキ君っ♡ 二人っきりだね♡」

「う、うん、そうだな」


 いつも誰かが周りに居るので、二人っきりになると必ずレイティアが甘えてくるのだ。

 まあ、誰かいても甘えてくるのだが。


「アキ君すきぃ♡」

「俺も好きだぞ」

「ボク……わ、私も大好きぃ♡」

「ぷっ!」

「こらぁ! 笑うなぁ!」


 まだ女の子っぽいレイティアに慣れないので、つい笑ってしまう。でも、可愛いから何でもオッケーだ。


 二人っきりの甘々タイムと思いきや、エチエチ探知にでも掛かったのか、すぐにシーラがやってくる。

 当然、アリア女王様の嫉妬で三人同時にイチャコラするのだが。


「アキ君っ♡ ほら、こっち向いてよ♡」

「ああぁん♡ アキちゃん♡」

「こらアキぃいい! アタシも構いなさいよ♡」


 カタンッ!


 そこに新しく領地経営を補佐するグロスフォード辺境伯専任補佐官の女性が現れた。苦々しい顔でわざとらしく咳ばらいをする。


「コホンッ! 領主様、そのような行為は寝室でお願いいたします」


 この女性が俺の補佐役に就任したリズ・マイヤーである。歳はたぶん三十代くらいの、いかにも堅物そうな眼鏡を掛けた人物だ。

 真面目で優秀らしいのだが、エッチなことには厳しい気がする。


「す、すみません。マイヤーさん」

「私はアキ様の部下です。リズと呼び捨てで構いません」

「じゃあ、リズ……ちょっと出かけてきますね」

「護衛は……要りませんよね。皆様お強いですから」

「はい」


 当然のように俺と密着したまま移動する三人の嫁を見たリズが、ムスっとした顔でため息をつく。

 何故か皆がリズに見せつけるように体を絡ませたからだ。


「はあ……領主様! 程々にお願いします」

「わ、分かってますって」


 エッチに厳しいが、きっと優秀な補佐官だ。たぶん。


 ◆ ◇ ◆




 四人でグロスフォードの街を歩く。当然のように、皆が俺に密着したがるのだが。


「お、おい、あまりくっつくと恥ずかしいだろ。新領主は嫁がいっぱい居る好き者だと思われるぞ」


 このままでは領主に就任したばかりなのに、俺のエッチな噂が広まってしまう。


「てか、シーラまでどうしたんだ? 前は人前ではツンツンしていたのに」


 シーラが何かを悟ったような顔になる。まるで賢者だ。


「アタシは気付いたのよ。恥ずかしがっていたらアキとイチャイチャする時間が減るばかりだってね」

「そ、そうなのか……」

「これからは、この子たちを見習って公衆の面前でスケベしまくるわよ!」

「オイ、ヤメロ……」

「もう恥も外聞もないわ! 覚悟しなさいよね、アキ!」


 シーラが壊れた。

 前は常識的で皆のエッチを止めていたのに。『アタシにそういうの期待するんじゃないわよ!』とか言っていた倫理観は何処に行った。


「私は、いつでも何処でもエッチOKよ♡ アキちゃん♡」


 アリアは全くブレない。もはや清々しいほどに。


「アキちゃんが望むならぁ♡ 今ここで本番だってしちゃうんだからぁ♡」

「逮捕されちゃうから! 新領主が公然わいせつで逮捕されたら洒落にならないから!」


 ますます危険なアリアをなだめながら、俺は冒険者ギルドへと向かった。



 ガランッ!

「「「おおおおっ!」」」


 俺が冒険者ギルドの門をくぐると、皆の視線が集まりどよめきが起きた。


「アキ! アキじゃないか!」


 前に世話になったレオンが駆け寄ってくる。


「レオンさん、お久しぶりです」

「元気にしてたか。おっと、今は領主様だったな」

「ははっ、ギルドではアキで構わないですよ」

「そりゃ有難い。変わってなくて安心したぜ」


 レオンと思い出話をしていると、他の冒険者も集まってきた。


「アキさん、やっぱりあんたは凄い男だよ」

「まさか、本当に勇者になっちまうなんてな」

「ミノタウロスを倒した時も凄ぇって思ったけど、魔王やキングヒュドラまで……」

「俺は、アキならやるって思ってたぜ」


 皆から褒められまくって照れ臭い。


「いやぁ、それほどでもないけどな」


(おいおい、そんなに褒めるなよ。俺はそんな大人物じゃないのに。実はエチエチお姉さんたちから迫られたり踏まれたりして喜んじゃう男なんですよ! ふっ、こんな変態なのは秘密だがな)


 とても人には言えない秘密を思い浮かべていると、ちょうどタイミング悪くボーイッシュな受付嬢が話を始める。


「そうそう、聞きましたよ! 勇者アキって、魔族の女幹部を公衆の面前でお尻ペンペンして辱めたそうっすよね!」


 サァァァァァァ――


 受付嬢の話で、それまで盛り上がっていた冒険者仲間が引き気味になる。


「あっ、他にも他にも! これは王都のエイミィちゃんに聞いたんすけど、アキって女性に踏まれるのが好きっすよね? 特に生足が――」


「ちょ待てやぁああああ! なに広めてくれてんだ、あのドS受付嬢めぇええええ!」


 ドSとドMの噂話で、それまで俺を褒めちぎっていた冒険者たちが急に余所余所しくなった。


「えっと、アキ……趣味は人それぞれだよな」

「そうですよね。アキさんなら変態……んんっ、個性的な女性が似合いますって」

「そうそう、変態も多様性の時代だよな」

「だよな、あっしも女王様に踏まれるの好きですぜ」


 何だか気を使われていて恥ずかしい。俺は変態じゃないのに。


 こして俺は、歴史上最も気さくて庶民的でマニアックな趣味の勇者領主として有名になった。






 ――――――――――――――――


 エイミィさん……変な噂話を広めるのはやめてくれ。

 ドSなのにさり気なくアキを狙ってそうで怖い。


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