第132話 九人目の英雄

「全員、配置につけ! 迎え撃つぞ!」


 俺が合図をかけると、緊急警報の音で目が覚めた皆が集まってきた。


「アキちゃん!」

「アキっ!」


 アリアとシーラが鋸壁の隙間から森を見る。


 スガガガガガガガァァーン!


 轟音と共に木々が夜空に巻き上げられ、その土煙の中から巨大な蛇のようなモンスターが鎌首を上げた。


「えっ、ええっ……ちょっとアキ! 予想より凄く強いわよ!」


 シーラが顔をこわばらせる。

 魔力探知でキングヒュドラの強さを感じたのだろうか。


「落ち着いて! 引き付けてから一斉に攻撃するんだ! 先ず俺がバフを――」


 作戦通りに行動しようとするが、国家魔導士アーネストが口を挟んできた。


「フハハッ! 一番槍は、この王国最高の魔法使いアーネスト・エムリスに任せてもらおうか! とくと見よ! ワシの魔法をな!」


「お、おい、オッサン!」


 止めに入った俺もお構いなしに、アーネストは呪文の詠唱をする。


「聖なる光は至高の剣となれ! 其は神威となりて全ての魔を打ち払うべし! 神聖光斬剣ホーリーライトセーバー!」


 シュパァァアアアアアアァーン!


「グギャァアアアアアアアア!」


 アーネストから放たれた光の剣がキングヒュドラの頭に命中した。

 魔族性に対する絶対優位たる神聖魔法ゆえだろうか。魔法は強力な効果を発揮し、キングヒュドラの頭が消し飛んだ。


「どうだ、ワシの魔法の威力は! キングヒュドラ恐るるに足らず!」

「おおっ! やりましたな!」

「さすがアーネスト様! 王国一の魔導士!」


 勝ち誇った顔のアーネストに、部下の宮廷魔法使いが賛美の言葉を贈る。


(待て! 『やりましたな!』はフラグだろ!)


 グジュルルルル! グジャグジャ!


 俺の予想通り、いや、予想以上にキングヒュドラの再生能力は凄かった。アーネストが吹き飛ばした頭は瞬時に再生してしまう。


「なっ! そ、そんなバカなぁあああ!」


 ズドォォオオオオォーン!

 ズバァアアアアアアーン!

 ドガガァアアアアーン!


 アーネストや宮廷魔法使いが腰を抜かしている最中、森の中からは第二、第三の首が出現した。

 首一本でも巨大なのに、全部合わせたら途轍とてつもない大きさになるのが想像できる。


 ゴバァ!


「マズい! 即死ブレスを撃たせるな!」


 キングヒュドラが大口を開けた。

 俺は即座に皆に指示を出す。


「任せて、竜撃斬ドラゴニックスラッシュ!」

「食らいなさい! 神罰の雷ジャッジメントサンダー!」

「見てて、アキちゃん! 地獄の業火ヘルファイア!」


 すでに攻撃態勢に入っていた皆が、それぞれの首に剣技や魔法を叩き込んだ!


 ズドドォォオオオオォーン!

 ズバババババババババァァーン!

 ゴバァアアアアアアアー!


「もう一本残ってるぞ!」


 出現した頭を三本吹き飛ばしたはずが、隠れていたもう一本が出現し即死ブレスの体勢に入った。


 ゴバァアアアアアアアア!


(マズい! 間に合わない!)


「もうこれしかない!」

【超越魔法・時間停止タイムストップ


 シュピィィィィーン!


 キングヒュドラが俺たちに向け即死ブレス攻撃をした瞬間、俺は時間停止魔法を使っていた。


「ぐっ、これを使用すると急激に疲労するから温存したかったが……仕方がない」


 停止した時間の中で、俺は正面に精霊の七層盾ロードエレメンタルを張る。


(これで防げるのか? あと何か……何かないか?)


 ふと、腰に下げた剣に手が触れた瞬間、俺の中に何かが流れ込んできた。


『マイロード、何なりとご命令を!』

「ん!? ええええええっ! 剣が喋った……だと?」

『マイロードは、私が進化したのをお忘れですか?』

「そういえば……シロとクロの鱗を使って強化したような。マジで喋れるようになったのか!」

祝福の剣この私はアキ様の剣です。命令に従います」

「なっ! なら、前に出て俺を援護しろ!」

「イエス、マイロード!」


 シュパァァァァーン!


 俺の手を離れた祝福の剣ブレッシングソードが空を飛んで行き、前方で魔方陣を展開する。剣自身で防御術式を行っているようだ。


「これは、これなら行けるか! 時間停止タイムストップが切れるぞ。何とか耐えろぉおおおお!」


 ゴバァアアアアアアア!

 パリィーン! パリィーン!


 即死ブレスと精霊の七層盾ロードエレメンタルが接触し、何枚かの盾が破壊された。

 それほどキングヒュドラのブレスが強力なのだ。

 だが、祝福の剣ブレッシングソードの防御魔法の補助があり耐えている。


「きゃああああああ! イヤぁああああ!」


 マチルダが悲鳴を上げ俺に抱きついてきた。普段だったら可愛いところもあるのかと思うところだが、今は非常時なのでそれどころではない。


「落ち着けマチルダ!」

「怖い怖い怖い怖いぃぃいいいいっ!」


 ジョバァァァァ――


 俺に抱きついたままのマチルダがオモラシした。生暖かい液体が、俺の足を濡らしてゆく。


「お、おい……」

「あああぁん! また漏らしちゃったぁ」


 とりあえずオモラシ姫メイドを隠すように抱きしめ、前方の防御に徹する。

 何枚かの盾を破壊された精霊の七層盾ロードエレメンタルだが、途中から威力を増しブレスを防いでいるようだ。


【自動展開魔法・幸運の女神(竜族)】

【自動展開魔法・幸運の女神(エルフ族)】

【自動展開魔法・幸運の女神(魔族)】

『対呪術系自動防御が発動しました。幸運の女神により、敵の攻撃を軽減させます』


「なっ! これがスキル幸運の女神なのか!? 種族からモテモテになるのは恐ろしいけど、呪術系魔法や猛毒を軽減してくれるのなら大歓迎だ!」


 ブレスを防ぎ切った俺は、レイティアにアイコンタクトをとる。


「レイティア!」

「よしきた、どっせぇええええ!」


 ズドドドドドドドドドドドドーン!!


 ブレスを吐いていた首が斬り落とされ、俺たちは一時的に難を逃れた。


 ファサッ!

 俺は上着を脱いでマチルダに渡す。


「それを腰に巻いてろよ。そんで俺の後ろに居ろ。俺が守るから」

「ええっ!」

 ドキッ♡

「ちょ、ちょっと! そうやって私を堕とそうと……」

「危ないぞ、俺の後ろに隠れろ」

「はぁあああぁうぅううっ♡」


 とりあえずオモラシ姫メイドはスルーだ。何か顔が赤い気がするが、たぶん漏らした羞恥心だろう。


「ジール!」


 すぐにジールを呼ぶ。

 まだ三、四本しか首が現れていないのに、九本全部出てきたら攻撃が間に合わない。こちらもドラゴンブレスで応戦だ。


「お、おう、貴様の考えは理解している」


 ジールは俺にパンツを手渡した。相変わらず可愛い柄のピンク色のパンツだ。

 俺は服を脱いでいるジールが他の男たちから見えないように隠す。


「くぅ……貴様は私を公衆の面前で辱めるのが好きなのだな」

「全然違うぞ」


 シュバァアアアアアアアアアアアア!


 裸になったジールが竜化した。


「ジールは敵の首を攻撃して時間を稼いでくれ!」

「ガルルルルルッ! 承知した! 青竜爆雷炎ドラゴンブレス! ゴバァアア!」


 ドォオオオオオオーン!


 ジールは即死ブレスを撃とうとするキングヒュドラの首を攻撃している。


祝福の剣ブレッシングソード! ジールを援護しろ!」

『イエス、マイロード!』


(よし、これで時間は稼げた。今のうちに立て直さないと)


「巨大モンスターはコアを破壊しないとトドメを刺せないはずだ。これだけの再生能力を持つモンスターならば、なおさらコアを潰さなくては膨大な魔力で延々と再生されてしまう。何処かに存在するコアを見つけないと」


 まだ全部の首が出そろっていないキングヒュドラを見定めていると、今頃になってクロが起きてきた。

 眠そうな顔をして俺の横に立つ。


「ふぁああぁ~っ! 夜食が食べたくなったのじゃ」

「夜食は敵を倒してからです!」

「早う倒すのじゃ。じれったいの」

「誰のせいで苦労してると思ってるんだ」


 いくら竜王が人知を超越した存在だとか、その行動は天災と同等と呼ばれているとしても、少しは手伝って欲しいところである。

 ここは竜王といえど厳しく躾けなければ。


「早く倒さないと夜食どころか朝食も無しですね」

「な、なんと!」


 朝食無しでクロの目の色が変わった。


「くっ、仕方がないの。少しだけ手伝うとするかの。このキングヒュドラは特別じゃ。わらわの魔力で進化しており、九本の首にそれぞれコアが存在しておる」


「九個のコアだと!? それ、全部潰さないと倒せないのか?」


「それだけではない。一つずつでは瞬時に再生してしまうぞよ。九個のコアを同時に破壊することにより、胴体部分にある巨大核メインコアを破壊可能になるのじゃ。超防御力で守られた巨大核メインコアを破壊せねば、奴は半永久的に再生するであろうな」


「は? はああああああ!? よ、寄りにも寄って最悪のレアモンスターじゃないか!」


 先ず、九本の首を同時攻撃というのが問題だ。トドメの巨大核メインコアは俺が超越魔法で何とかするとして、現状で魔法物理耐性の高い首のコアを破壊できるメンバーが揃っていない。


(レイティア、アリア、シーラ、ジール、アルテナ、これで五人。あと、アーネストなら可能か? それでも六人。クロとシロを飯で釣ってやらせるしかない。それでも八人だ。どうしてもあと一人足りない)


「ぐっ! 何処かにいないのか! S級レベルの魔法使いが!?」


 その時、俺はある予感が胸をよぎった。

 美味しい場面で必ず登場する者の姿を。


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