第131話 キングヒュドラ討伐

 今、王都リーズフィールド城塞北壁の上には、大怪獣キングヒュドラ討伐の防衛線が築かれていた。


 そこには最強の討伐部隊が集結している。


 アストリア王国において比類なき大魔法使いと謳われる国家魔導士、アーネスト・エムリス。

 その配下の宮廷魔法使い13名。


 討伐部隊の警護を任されたのは、国王直属の選び抜かれた精鋭騎士が数十名。


 そして、俺たちパーティー閃光姫ライトニングプリンセスだ。

 実際のところ、濃いメンバーが揃っている俺たちが一番目立っているのだが。



 城壁の上で待機している俺たちは、キングヒュドラの侵攻を、今か今かと待ち構えていた。


「これ、アキよ、わらわは空腹じゃ。早う食事にせぬか」


 緊張感の欠片もないクロが俺に食事をせがむ。


「我も腹が減ったぞ。アキの料理が楽しみでついてきたのである。早く食事にせよ」


 こちらも同じだ。シロも腹ペコだった。


「クロさん、シロさん、まだ作戦を話している途中ですので」


 俺がそう言うと、あからさまに不機嫌そうな顔になる二人だ。しかし、俺を怒らせると料理が出てこないので、ぷりぷり不満な顔をしながらも大人しくなる。


 空腹で怒れる竜王を静めた俺は、皆の方を向いた。


「この場所で敵を待ち構え、現れたと同時に皆で大魔法による一斉攻撃です。その際、毒の血が王都の水源に広がらないよう、俺が空間操作コントロールオブジェクトで遠くの地中に死骸を転移させます」


 作戦の概要はこうだ。相手は九本の首を持ち超再生能力も兼ね備えるモンスターである。再生のいとまを与えず、一斉攻撃で殲滅するしかないだろう。

 これだけの戦力が揃っていれば問題無いはずだ。


 因みに、俺が作戦を決めようとしたところ、アーネストが『若輩者は年長者の言うことを聞くべきじゃ! ワシ一人で倒してやる!』と怒り出したが、クロとシロに睨まれ黙ってしまった。



「我々が見張っておりますゆえ、勇者様方は休息をお取りください」


 日が傾き薄暗くなってきた頃、警備している騎士が声をかけてきた。


「ではお言葉に甘えて」


 まだキングヒュドラが王都まで到達していないので休憩にしよう。


 俺が壁にもたれて座ると、皆が俺の周りに集まってきた。

 もちろん、クロとシロも待ちかねたとばかりに目を輝かせる。


「今夜は新しい料理を試してみようかな。料理スキルに珍しい調味料が追加されてたんだ」


 スキル専業主夫の創成式再現魔法術式を使い、俺は新作料理を作り上げる。全く新たな料理を。


 炊き立ての熱々ご飯に酢と砂糖と塩を4:2:1で配合したものを掛け、ご飯がダマにならぬよう、しゃもじで切るように均等にかき混ぜる。

 それを人肌程度まで冷ましておく。


 その酢飯を一口大に取り手のひらと指を使って握り、ワサビという未知の調味料を塗った上に、港町アドミナで水揚げされていたのと同じマグロ、イカ、エビなどの生切り身を乗せて握れば完成だ。

 ネタの上に薄く醤油を付けて食べる料理になっている。


 酢で味付けしたご飯と四季折々の魚介を使った料理だから、スシと命名した。


「ジャジャアアアアアアーン! 自慢の一品です。どうぞ召し上がれ」


 シィィィィィィーン!


「って、あれ?」


 予想とは正反対に、誰も料理に手を伸ばそうとしない。戸惑った顔でスシを見つめるばかりだ。


「ちょ、ちょっとアキ! あんた正気!? 生で魚を食べたらお腹壊しちゃうわよ!」


 シーラが長い耳をピンと伸ばして言った。


「大丈夫だよ。このワサビには殺菌作用があるみたいだから」


 俺のスキルに追加されているワサビの項目には各種効能と安全性が明記されている。


「ほら、シーラ、ワサビだけでも味見してみてよ」

「ええっ、ちょっと、あんっ!」


 無理やりシーラの口にワサビを押し込んだ。


「どう?」

「ん? んんん!? んっきゃぁああああ! 辛い! 痺れる! ど、毒よこれ!」

「毒じゃないぞ」


 シーラの反応を見た皆が、余計に怖がってしまった。

 そんな中、アリアが震えながら口を開ける。


「あ、アキちゃんの料理ならぁ♡ 例え毒でも完食しちゃうからぁ♡ あーん」

「アリアお姉さん、毒じゃないですよ……」


 毒と間違われるのは不本意だが、アリアの口にマグロのスシを押し込んだ。


「んっ、もぐっ……」

「どうですか?」

「ごくっ……」

「アリアお姉さん?」

「お、おお……美味しいわぁああ♡」


 アリアの顔が夢見心地だ。完全に〇ス顔……ではなく、メシ顔になっている。


「えっ、生魚を食べて大丈夫なの?」

「アキ君、ボクにも」


 安全性が確認されたからなのか、皆が一斉に手を伸ばす。ふっ、現金なやつらだぜ。


「何よこれ、凄く美味しいじゃないの! 舌の上でとろけるわ。魚と酢飯のバランスが完璧だし! ワサビも良いアクセントになってるわね」


 最初は怖がっていたシーラも大喜びだ。


「さすがアキ君だよ! 生魚まで美味しくしちゃうなんて! もぐもぐ」


 腹ペコのレイティアが止まらない。凄い勢いで目の前のスシを平らげてゆく。


「はぐはぐ……んっ、美味い! こんな料理は初めてじゃ!」

「ごくっ……す、素晴らしい! カツカレーも良いがスシも良い! これでは益々アキを手放せぬではないか!」


 もちろんクロとシロにも大盛況だ。

 この分では、当分帰ってくれない気がする。いつまで居候する気なのか。


「エムリス卿も食べてください」


 離れたところでコチラを睨んでいる国家魔導士アーネストにも声をかけてみた。


「ふん、そんな怪しげな料理など食べられたものではない。ワシは軍の戦闘糧食で十分じゃ」

「そう仰らずに。俺の料理はバフ効果もありますから」

「まあ騙されたと思って食べてやるか。不味かったら承知せんぞ!」


 文句を言いながらもアーネストはスシを口に入れた。皆の美味しそうな顔を見て気になったのだろう。


「どうですか?」

「んぐっ……う、美味い……」

「それは良かった」

「うぉほんっ! 戦の前の腹ごしらえだ」


 ホイホイホイッ!


 結局アーネストは、スシを何個か手に取ってから元の場所に戻っていった。


 ◆ ◇ ◆




 風が気持ち良い。

 俺は城壁の上から北の夜空を眺めていた。

 遠くに広大な森林が広がっており、微かに虫の音が聞こえてくる。


 パニックになっていた街も、今は寝静まったのか静寂に包まれていた。


「静かだな……。本当にキングヒュドラは来るのか?」


 前方の闇に向かい自問自答するようにつぶやく。

 ふと、背後に気配を感じて振り向くと、そこにレイティアが立っていた。


「レイティア」

「アキ君……なんだか眠れなくて」

「レイティアもか。俺もだよ」


 一緒に並んで森を見た。


「ありがとうレイティア……」

「えっ?」


 自然に俺の口から感謝の言葉が出た。


「どうしたの、アキ君」

「何となく」

「ふふっ、変なアキ君」

「思ったんだよ。あの時、レイティアに拾ってもらわなかったら、今の俺は居なかったんだって」


 追放され、次のパーティーも決まらず彷徨っていたのだ。あの時、レイティアに会わなかったら、今の地位も金も手に入れてはいなかっただろう。

 俺にはレイティアが幸運の女神のように思えてしまう。


「へへっ、ボク……わ、私もアキ君と出会えて良かったよ♡」

「レイティア……急に女の子っぽくなるなんて。可愛いな」

「ううぅ♡ か、可愛いなんて、ず、ズルいぞ♡ てか、お姉ちゃんだぞ」

「こんな時でもお姉ちゃんなのか。ふふっ」


 一つしか歳が違わないのに、姉貴ぶるレイティアが微笑ましい。俺から見たらポンコツ可愛い同級生みたいな感じなのに。


 ちょっぴりポンコツだったり、たまに暴走してしまうけど、真っ直ぐで頑張り屋で心優しいレイティアが大好きだ。


「あーっ! 今バカにしたでしょ?」

「してないしてない」

「もうっ! むぅぅーん♡」


 プリプリしているレイティアと見つめ合い、自然に顔が近付いてゆく。


「レイティア……」

「アキ君♡」

「これからも一緒に……」

「ずっと一緒だよ♡」


 ズズズズズズズズズズゥゥゥゥーン!


 俺とレイティアの体が重なりそうになったその時、森の奥から微かな地響きが聞こえてきた。


「えっ!」

「あれは」


 二人で森を見ると、遠くの木々が揺れているようだ。


 カンカンカンカンカン!

「敵来襲! 敵来襲! 北の森にキングヒュドラを確認!」


 時を同じくして、緊急警報の鐘が鳴り、騎士が慌ただしく動き始めた。


「ついに来たか!」


 俺はレイティアと目で合図を交わす。

 ついに俺たち閃光姫ライトニングプリンセスの活躍の時が来たのだ。


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