第130話 希望の星

 街に緊急を告げる鐘が鳴り響き、人々は逃げまどいパニック状態になる。

 最凶最悪の伝説級モンスターが侵攻してきたのだ。


 それは九本の首を持つドラゴンの姿をした魔物。超巨大な体に恐るべき再生能力を有する存在だ。

 それだけでも最悪なのに、その肉体に流れる血には猛毒が含まれており、口から吐くブレスには即死魔法が掛けられている。


 まさにS級限定討伐クエストに相応しいだろう。



 この非常事態に冒険者ギルド内も騒然となった。


「お、おい、キングヒュドラだと……」

「俺たちも戦うべきじゃねーのか?」

「でも、即死ブレスが……」

「やらなきゃ王都の住民も全滅だぞ!」

「俺……結婚して子供が生まれたばかりなんだ……守らねえと」

「そうだ! やるしかねえ! 例え死んだとしてもな」


 この酩酊状態にも似た判断力の麻痺状態の空気を、ガイナークさんが一喝した。


「待て! 無策で突撃しても犠牲者を増やすだけだ! 勇気と無謀を履き違えるんじゃねーぞ!」

「しかし、ギルド長……」


 皆を静めたガイナークさんは俺を見た。


「アキ、急なお願いになっちまったが、お前さんたちに頼めるか?」


 万全な準備と綿密な計画を立ててから挑もうと思っていたクエストだ。しかし事は急を要する。


「分かりました。俺たちで食い止めてみせます。キングヒュドラが王都の城壁に到達する前に仕留めるしかありません。今から出ます」


 覚悟を決めた俺は、重々しく首を縦に振った。



「よし、ボクたちでヒュドラをやっつけよう!」

「アキちゃんとの愛の暮らしを邪魔する敵は容赦しないわよ!」

「アタシの大魔法を炸裂させちゃうから見てなさいよね、アキ!」


 皆もやる気満々だ。これなら準備不足でもやれそうな気がする。


「アキさん!」


 ギルドを出た俺を、エイミィが追いかけてきた。


「アキさん、お気をつけて……」

「はい、やっつけてきますね」


 エイミィの瞳が潤んでいる。まるで恋する乙女のように。


(おい、そんな熱い目で俺を見ないでくれ。嫁の嫉妬が激しくなりそうなのだが……)


 エイミィの視線をはぐらかすかのように俺は背を向けた。


「えっと、エイミィさんに頼みたいことがあるのですが」

「何ですか? アキさんの頼みなら何でもしますよ」

「なっ……じゃなくて……。学校にミミとノワールを迎えに行ってくれませんか?」

「分かりました。私に任せてくださいね。無事に自宅まで送り届けます」


 これで心配の一つが消えホッとした。きっと緊急警報で怖がっているはずだから。


 ◆ ◇ ◆




 人々が逃げまどう大通りを、俺たち閃光姫ライトニングプリンセスは進んで行く。

 やる気に満ち溢れる嫁や能天気な竜王とは正反対に、アルテナはガタガタと震え、マチルダの目が死んでいるようだが。


 気になった俺はマチルダに声をかけてみた。


「おい、大丈夫か?」

「ひいいっ! だ、誰に物を言っているのですか!」

「だって目が死んでるから」

「わ、私は皇女ですよ! 侮らないでください! 今は平民男の奴隷に身をやつしておりますが」


 マチルダは「コホン」と咳払いしてから言い放つ。


「皇族たるもの臣民の手本となるべき存在です! 戦いにおいては先陣を切る覚悟! ここは王国ですが、その考えに微塵も揺らぎはありませぬ!」


 ただの我儘お姫様かと思っていたが、意外としっかりした考えを持っているようだ。

 ちょっと見直した。


「安心してくれ。俺がマチルダを守る」

「なっ! そ、そうやって女を堕とすのですね!」

「ち、違っ! そんなつもりじゃ」

「アンタの手には引っかからないわよ! このオモラシ好きの鬼畜変態勇者!」


 前言撤回したい。やっぱり我儘女だった。



 ガヤガヤガヤガヤ――


 相変わらず街は騒然としている。

 逃げまどう人々を見て、俺も何かしなくてはと思った。マチルダのような立派な覚悟など無いが、俺も勇者(仮)なのだから。


(成り行きで勇者になっちゃったけど、やっぱり俺は勇者なんてガラじゃないんだよな。今でも勇者になる気は無いどけど、住民を安心させる為ならハッタリも必要か……)


 俺は恥ずかしさを堪え、大きく息を吸い込んだ。


「すーはー……。皆、安心してくれ! キングヒュドラは必ず俺たち勇者パーティーが討伐する! この勇者パーティー閃光姫ライトニングプリンセスには、俺たちの他に、竜族の竜騎士ドラゴンナイトや帝国の姫君も参加しているのだ! しかも、最強の竜王や魔王まで味方に付いた! もはや我らの進む先に敵は無い!」


「「「うぉおおおおおおおお!!」」」


 俺の演説で割れんばかりの歓声が沸き起こった。


「勇者パーティーって捕食姫プレデターのアキだよな」

閃光姫ライトニングプリンセスだろ?」

「今は壊滅姫デストロイヤーに改名したんじゃなかったか?」


(おい、誰が壊滅姫デストロイヤーだ! まあ……大体合ってるけど)


「おおっ! アキなら何とかしてくれるぜ!」

「何でも魔王軍と帝国軍を両方壊滅させたらしいからな」

「そうそう、アキは女には鬼畜くっころ調教するらしいが、腕は確かだぜ!」

「あの魔王までアキに調教され骨抜きらしいからな!」


 俺たちの噂が独り歩きして、とんでもない事態になっているようだ。特に俺の噂が酷い。


「くっ、鬼畜くっころ調教なんてしてないのに……。むしろ俺が嫁から調教されてるのに……」


 反論したいところだが、せっかく盛り上がった民衆の気持ちに水を差したくない。仕方がないので俺は鬼畜くっころ男なのを受け入れた。


 ただ、俺や閃光姫ライトニングプリンセスの噂と共に、民衆の歓声はどんどん広がってゆくようだ。


「勇者パーティー万歳!」

「頼んだぞ! アキ!」

「きゃー! レイティア様ぁ、素敵!」

「アリア女王様ぁああ! 踏んでください!」

「合法ロリ、シーラちゃん、ぶっひぃぃいいー!」


 途中で変な声援も交じりイラっとする。俺の嫁を変な目で見るんじゃない。


「魔王様! アルテナさまぁーっ!」


 そんな中、魔王アルテナを応援する声が聞こえた。

 小さな子供を抱えた魔族女性が、一心にアルテナを見つめ叫んでいる。


「アルテナ様! 貴女は私たち魔族の希望です! どうかご無事で!」


 声援を聞いたアルテナの震えが止まった。


「アルテナ、手を振ってあげろよ」

「アキしゃん……」


 俺の目を見たアルテナが、グッと表情を引き締めた。


「余は魔王アルテナである! 魔族の同胞よ、安心するがよい! 余がいる限り、この街に一歩も魔獣を入れはしないでしゅ!」


 最後がちょっと噛んだが、アルテナは民衆の声に応えた。魔族女性も嬉しそうにしている。


「よし、行くぞ!」

「「「おおぉーっ!」」」


 気合を入れ、皆で北の城壁に向かった。


 ◆ ◇ ◆




 サァァァァァァ――


 風が気持ち良い。城壁に上ると、そこは遥か遠くまで見渡せる景色が広がっていた。


 王都を取り囲むように造られた城塞だ。頂上は通路となっており、街の外周を一周できるようになっている。

 凸凹状になっている鋸壁きょへきからキングヒュドラを迎撃する手はずだろう。


「まだキングヒュドラは見えないな」


 俺がそうつぶやくと、城塞を警護している兵士が近寄ってきた


「勇者アキ様に手伝って頂けるのは心強いです」

「どうかよろしくお願いします」

「はい、何とかやってみます。それで、他に戦力はどうなってますか?」


 敵が敵だけに一般の兵士には荷が重いだろう。大魔法による遠距離攻撃か、長距離攻撃可能なスキルでなければダメージを与えるのは不可能だ。


「アキ様たち勇者パーティーの他に、国家魔導士のアーネスト・エムリス様が参加する予定です」


 何処かで聞いた名だ。因みに国家魔導士とはアストリア王国が認めた最上位の魔法使いである。


「誰だっけ? アキ君」


 レイティアが俺に抱きついてきた。質問にかこつけてイチャつきたいだけのような気もするが。


「偉いオッサンだろ」

「ボクは知らないな」

「世界に数えるほどしかいない一級魔法使いだし!」


 魔法に詳しいシーラが話に加わった。

 さすが年の功……とか言ったら怒りそうだ。


「そうじゃ! ワシは一級魔法使いじゃぞ! 年長者を敬わんか!」


 俺たちの会話を聞いていたのか、騎士を引き連れた貴族の男が現れ大声を上げた。髭をたくわえ厳しい顔をした六十代くらいの男だ。

 そういえば王宮で見たことがある気がする。


「年長者が偉いのかえ?」


 不意にクロが現れ俺の横にきた。


「んっひぃいいいいい! ここ、黒竜王様ぁああ! 怖いぃいい!」


 クロの姿を見たアーネストが腰を抜かす。


「わらわの方が年長者じゃぞ」

「お、お許しを! あわわ、北方領域での惨劇がぁああ!」

「わらわは何もしておらんぞ」

「ひぃいいいい! くわばらくわばら!」


 一級魔法使いと聞いて期待していたが、ちょっと不安になってきた。

 もしかしたら、北方領域で俺がやらかしたせいかもしれないが。


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