第122話 青竜王陥落
「と、とりあえず食事にでもしましょうか?」
俺は少し遅めの昼食を提案した。
ただ、ゲリュオンは頭を抱えたままうんうん唸っているのだが。
「ううっ……うううっ……最愛の娘が、男に入れ込んで言いなりに……。しかもその男が浮気して竜王を堕としただと……。もうダメだ。私の娘がグレた……」
ゲリュオンの苦悩が尽きないようだ。
そりゃ、大切な娘が親の前で男とイチャコラしまくり、世界を滅ぼす力を持つ竜王は、古の盟約を破り街に出歩いているのだから当然かもしれない。
だいたい俺のせいなのだが、ちょっとだけ同情してしまう。
「ほ、ほら、お義父さん、俺が料理を振舞いますから」
「貴様にお義父さんなどと言われたくない……」
「そう言わずに。どうぞどうぞ」
「ううっ、娘が……娘の貞操が……」
「セッ……はやってないですから」
ゲリュオンを食堂に連れて行き、一番上等な椅子に座らせる。
面白いことに、すぐ近くの椅子にクロとシロが座り悪態をついているのだが。
「ほほほ、わらわがアキに惚れておらなんだら、今頃そなたは消し炭になっておったであろうな。のうアオよ」
「そうであるぞ、アキの料理があるから、我は大人しくしておるのだ。分かったかゲリュ……アオよ」
アオアオ言われてゲリュオンが顔をしかめる。
「アオとかクロとか何だそれは。何百年ぶりに会ってみれば、竜王がこのようなふざけた性格になっておるとは……。しかし、何で竜王が
竜王三人が並んでいる絵面は何だかシュールだ。
「はい、完成しました。カレーうどんです」
竜王たちの前に丼を並べてゆく。小麦粉を練って伸ばした麺を茹で、醤油と魚の
クロとシロがカレー好きなので作ってみた。
因みに、世界の果てに『うどん国』という小国があり、そこでは主食が小麦粉で作った太麺なのだ。
うどん国をリスペクトして、この料理を『うどん』と命名した。
「おお、良い香りじゃ」
「これぞ! アキのカレーは絶品なのだ」
クロとシロは待ちきれないとばかりに箸を手に取った。
「な、何だ、この料理は……」
一方、ゲリュオンは驚きの表情で丼を見つめている。
ズルズルズル――
うどんを一口食べたゲリュオンの顔色が変わった。
「むむっ! こ、これは! この芳醇な香りと濃厚でありながら後味の良いスープは! し、しかも、この麺は……太くてコシがある。とろみのあるスープに良く絡んで最高の食感だ!」
さっきまで俺を嫌っていたはずなのに、ゲリュオンは料理を褒めまくっている。
そして何故かクロがドヤ顔になってるのだが。
「どうじゃアオよ! わらわの目に狂いはなかったであろう。この男の料理は絶品なのじゃ。こんな美味しい料理を毎日食べられるだけで、この男と一緒に住む理由があるというものじゃ」
ズルズルズル――
「美味い! くっ、悔しいのに止められない! ズルズル――この男の料理を食べるのが止められない! ぐううっ! 抗えぬ、この男の料理に抗えぬ! しかも、ただ美味いだけではない! 何やら体が浄化され、カンストしておる私のステータスが上昇するではないか! 何なのだ、この料理は!」
ゲリュオンは一心不乱にうどんをすすっている。
やがて、空になった丼を見つめたまま固まってしまった。
「あ、あの、お義父さん、おかわりを用意しましょうか?」
俺が追加のカレーうどんを用意しようとすると、ゲリュオンは苦渋に満ちた顔をしながら言葉を絞り出した。
「ぐっ、ぐぐっ……た、頼もうか……」
「はい。少々お待ちを」
こうしてゲリュオンは、俺の料理によって陥落した。男を堕とすのはどうなのだと思うのだが、
◆ ◇ ◆
無事に義父との対面を終えた俺は、玄関でゲリュオンの帰りを見送っていた。
もうトラブルは御免なので、このまま大人しく帰って欲しいところだ。
帰り際にゲリュオンは、射抜くように俺を睨みながら口を開く。
「事情は理解した。古の盟約が
「分かってもらえて助かります。俺もトラブルは避けたいので」
「しかし……あのような料理で娘をたぶらかすとは……。くっ、女心をつかむのなら、先ず胃袋からということか……」
そんなつもりじゃないのだが、結果的にそうなってしまったのか。
まあ、ハズレスキルだと思っていた俺に、料理を研究する切っ掛けをくれたり、覚醒してスキルやステータスを大幅強化してくれたレイティアたちには感謝しかない。
「おい、ジールよ」
そのまま帰るのかと思っていたゲリュオンだが、ジールを呼ぶと真剣な顔になった。
「そなたはここに残りアキを監視するのだ。娘に不埒なことをさせるでないぞ!」
「はい、仰せつかりました」
ジールは嬉しそうな顔でゲリュオンに頭を下げると、余計なことまで話し始める。
「このジールにお任せください! あの男の子種は私が独り占めしてみせます」
「なっ……んだと」
「見事、孕んでみせますとも! これで竜族の少子化も解消であります」
(おい、ジール! 何を言ってるやがるんだ!)
俺は竜族に男が少ないのを思い出した。
どうやらゲリュオンも同じことを考えたようだ。
「確かに……この男の子種を使って竜族を増やすのも一考か」
「こらっ! 俺を勝手に種馬扱いすんな!」
「うむむむっ、娘を男に汚されたくない思いと、竜族の少子化を解消したい思いが……」
「お、俺は好きな人しか抱かないから」
「世界を救った勇者で竜王まで手懐ける料理上手……むしろ優良物件なのでは……」
「おい、俺の話を聞いてくれ」
こうして、最後にとんでもない問題を残してゲリュオンは帰っていった。
俺はレイティアとの交際さえ許してもらえれば良いのだ。竜族の村でハーレム生活など望んでいない。
ガチャ!
ゲリュオンが居なくなってから、神妙な顔をしたアルテナが部屋から出てきた。
「や、やっと帰ったですか……。怖かったれす」
普段はずっと部屋にこもりっきりのアルテナである。
ゲリュオンが来訪していた時は、全く音を立てずに隠れていたようだが。
俺はアルテナの顔を覗き込んだ。
「何処に隠れてたんだ? アルテナもゲリュオンに紹介しようとしてたのに」
「めめめ、滅相もないです。竜王様は怖いので」
「そうなのか? アルテナも魔王なのに」
「もう魔王はアキしゃんかアリアしゃんにあげます」
「魔王はあげられないだろ」
そんな簡単に魔王の座を譲渡されたら大変だ。
そういえば、アルテナの顔を見ていたら思い出したことがある。
「そうだ、アルテナって王都で仕事を探してたんだよな?」
「ひぃいいっ! そ、それは……」
「何か紹介しようか? ギルドに登録するとか?」
「わ、わわ、わらしは、けけ、結構れす……」
魔王がギルド登録できるのか不明だが、もし冒険者になれたら面白そうだ。
◆ ◇ ◆
その日の夜――――
ゲリュオンの件が無事終わったと胸を撫でおろしていた俺だったが、本当にヤバいのはそこからだった。
「アキちゃん、ちょっと良いかしら?」
一人で屋敷の廊下を歩いているところを、満面の笑みのアリアに声をかけられる。ついつい引き寄せられる天使のような笑みだ。
「アリアお姉さん、どうかしましたか?」
「うふふっ♡ いいからいいから」
アリアに腕を引かれ何処かに連れて行かれる。
俺は彼女の良い匂いと、腕に当たる柔らかな感触で夢見心地になっていた。
コツッ、コツッ、コツッ――
いつの間にかアリアと俺は地下室に入っていた。薄暗い階段を抜けると、そこは食材などを保管できる空間になっているのだ。
「あの、アリアお姉さん……?」
「何かな、アキちゃん♡」
そう答えるアリアの視線の先には木製の箱が見える。いつからそこに置いてあったのか分からない。
一瞬だけ棺桶のように見えてしまい、背筋がゾッと凍った。
「これ買っちゃった♡ てへっ☆」
アリアは可愛い笑顔でそう言った。
「えっと? これ何ですか?」
「ほら、こうするのよ」
グイッ!
「うわあっ!」
箱の中を覗き込んでいた俺は、後ろから押されて倒れ込んでしまう。
完全に箱の中に入ってしまった。
「えっ、あの……アリアお姉さん?」
箱の中から見上げるアリアの目が妖しく輝く。
「うふふっ♡ 悪い子のアキちゃんはキツぅぅ~いお仕置きしないとね♡ だってしょうがないのよ、アキちゃんが私にだけご褒美をくれないんだもん♡」
「そ、それは誤解です」
「それに、私が留守のうちにレイティアちゃんのお父さんと結婚の話をしてたんでしょ」
アリアは誤解している。ゲリュオンとしたのは結婚の話ではなく少子化の話だ。
「ぶっぶー♡ アキちゃん、もう待てないよ♡ ついにこの
アリアの口から、新たな呪いのアイテムの名が出た。もうエッチな予感しかない。
今にも加護が呪いに反転しそうな嫉妬アリアが上らか迫る。
ついにアリアが本気を出したのだ。
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