第121話 数百年ぶりの邂逅

 ミミとノワールが学校に通い始めた頃、カール殿下が正式にヘイムダル帝国皇帝に即位した。

 少し頼りなさげと噂されていながらも実直な人柄を評価されていたカール帝による、新しい治世の始まりである。


 カール帝は、それまでの政策を転換し、罪のない魔族は強制収容所から釈放した。これにより魔族の名誉と財産が回復されることになる。


 そして帝国は、俺たち閃光姫ライトニングプリンセスを、国賓待遇で帝都アースヴェルに招くことにした。

 招待状が届いたのだ。



「うーん……」


 まったりとした時を部屋で過ごしている俺が、一通の招待状を前に唸っていると、横からレイティアが抱きついてきた。


「アーキ君っ♡ 何見てるの?」


 自然と恋人のような感じになるが、毎回レイティアは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。


「くぅぅ……は、恥ずかしい♡」

「相変わらずいレイティアはオコチャマ可愛いな」

「こ、こらぁ、お姉ちゃんだぞ」

「はいはい、恥ずかしがり屋で可愛いお姉ちゃん」

「はうっ♡ からかうなよぉ♡」


 レイティアが子供みたいに抱っこをせがむから、最近はミミまで真似をして密着してくるのだ。

 子供の前でイチャコラするとか悪いお姉ちゃんである。


「それで、何かあったの?」


 レイティアが手で頬をペシペシして顔を引き締めた。


「それがな、帝国から招待を受けて、勲章やら報奨金やら色々貰うんだよ」

「うん」

「そして王国からは辺境伯の地位を貰うだろ」

「そだね」

「帝都で晩餐会に出たり、グロスフォードで就任式をしなくちゃならなくて面倒なんだよ」


 のんびり静かに暮らしたいのに、どんどん地位が上がってしまい、いつの間にか大貴族に。成功して金持ちになったのは嬉しいけど、堅苦しいやら似合わないやらで気恥ずかしい。

 因みに、グロスフォードの城はシーラが半壊させてしまい、今は新しく建設中らしい。


「晩餐会とか苦手なんだよな」


 貴族たちの権力闘争やイザコザなんぞには関わりたくないからな。


「俺はレイティアたちと仲良く暮らせれば満足なんだ」

「アキ君♡ ボクもだよ」


 良い感じになったところで、レイティアが「ぷっ!」と噴き出した。


「アキ君ったら、晩餐会でまた何かやらかしたりして」

「こら、俺をやらかし男みたいに言うな」

「あははっ、アキ君は十分やらかし男だぞ♡」


 そんな、平和な日常が続くと思っていた昼下がり、それは突然起こった。


 バタンッ!

「アキぃいいっ! たた、大変だしぃいい!」


 勢いよくドアを開けて入ってきたのはシーラだ。


「どうしたシーラ、ぽんぽ痛いのか?」

「こらぁ! 子ども扱いするなぁ! じゃなくて!」

「だからどうしたんだ?」

「凄い魔力が近付いてくるのよ! それも魔王や竜王クラスの!」


 何者かがシーラの魔力探知にかかったのだろう。


「空腹のクロが不機嫌なだけだろ?」

「クロとシロは居間で寝てるわよ!」

「ん? 待てよ……他に竜王クラスの魔力を持つ者といえば……」


 三人で顔を見合わせる。


「お義父さんか!」

「お父さんだよ!」

「竜王ゲリュオンね!」


 三人の声が重なった。


 ガタンバタン! ドタドタドタ!


 その時、乱雑に玄関を開ける音が響いたかと思ったら、廊下の方が騒がしくなった。


「げ、ゲリュオン様、落ち着いてください!」

「これが落ち着いていられるか!」


 ジールの声が聞こえてくる。報告の為に東方聖域に戻っていたのだが、帰ってきたのだろう。

 そして、もう一人は、明らかに例の親バカお義父さんの声だ。見えなくても苛立っているのが分かる。


 ガチャ!


「こら、貴様ぁああ! ここに黒竜王が居候しておるとは、一体どういう了見だ!」


 部屋に飛び込んできたゲリュオンが、開口一番に叫んだのがクロの件だった。

 てっきりレイティアのことだと思っていたのだが。


「な、なな、なななな!」


 俺たちを見たゲリュオンが絶句している。


「どうしました? お義父さん……って、あれ?」


 その時になってやっと気付いた。俺の膝の上にレイティアが乗っていることに。しかも彼女は俺の首に両手を回して抱きついている。


「あっ、ヤベっ!」

「あんっ♡ お父さんに見られちゃったね♡」


 ワナワナワナワナワナワワナ――


 ゲリュオンが顔に青筋立てて震えている。

 青竜王だけに青筋とか言いそうになったが堪えた。


「えっと、こ、これはですね。パーティー内のスキンシップと言いますか……。落ち着きましょう、お義父さん」

「貴様にお義父さんなどと言われたくないわぁあああああああああああああああ!」


 大激怒したゲリュオンは、今にも竜化しそうな勢いで俺に迫る。

 しかし娘の反撃をくらうのだが。


「お父さん! 前にも言ったよね、ボクのアキ君に危害を加えたら許さないって!」


 ガァアアアアアアアアーン!


「あああぁ……娘が男に染められてしまったぁああ!」


 ガックリと項垂うなだれたゲリュオンが膝をつき頭を抱える。やはりレイティアには逆らえないらしい。

 最初の勢いは何だったのか。


「あ、あの、お義父……ゲリュオン様、今日は何のご用件で? クロが何とかって言ってましたけど」


 俺はレイティアを膝から降ろすと、立ち上がって襟を正した。


「そ、そうだ! 黒竜王の件だ! 由々しき事態で、古の盟約を破り人族の街に出てきたのだ!」


 ゲリュオンが復活した。娘の件以外なら無敵の竜王なのだ。


「私は貴様たちに命じたはずだ。北方領域に赴き魔王と黒竜王の動静を調べろと。可能ならば黒竜王を説得せよと」


「そういえば……そんなことを言われたような? 国王陛下から依頼されたクエストと被っていて忘れていました。で、でも、結果的に黒竜王を説得できたからOKですよね」


 勿論、そんな俺の話でゲリュオンが納得できるはずもなく。


「き、貴様は竜王の盟約を何も理解しておらぬようだな。世界を滅ぼす力を持つ竜王は、決して特定の国に干渉することなく中立を保たねばならぬのだ。故に、私たちは世界の四方に分かれ、長い歴史の中で互いにバランスを保ち続けてきたのだ。それを……それを貴様は、竜王を自分の女にして人族の国に連れてくるとは一体どういう了見だ!」


「それは誤解です! 俺に竜王を制御できるはずがないですよね! 勝手についてきたから料理を振舞って機嫌を取っているだけですから!」


「あの性悪女のエキドナが人族の男に従うはずがあるまい! 貴様は一体どんな技であの女を垂らし込んだのだ!?」


「あっ!」


 そこで思い出した。何か良く分からないエッチなスキルをまとめて打ち込んだことを。

 勿論それは黙っておくのだが。



 バタンッ!


「やかましいぞ! わらわの昼寝を邪魔するでないわ! まったく無粋な者どもじゃ!」


 そこに話題の本人が現れてしまう。北海黒竜王エキドナだ。

 寝覚めで機嫌が悪いのか、少々目つきが悪く赤い瞳がギラついている。


「最悪に仲が悪い竜王同士の邂逅だと!」

「世界の終わりだしぃいいい!」


 俺とシーラの声が揃った。シーラは震えながら俺に抱きついてきたのだ。


 ただ、二人の会話は予想していたのと違った。


「何じゃ、誰かと思えばアオではないか。相変わらず頑固で偏屈な男じゃな。ふぁああっ」


 いきなりバトル勃発かと思っていたが、クロには争う気は無いらしい。

 ゲリュオンの顔を一瞥いちべつしただけで、眠そうに背伸びしながらあくびをしている。


「な、なな、なんだと……黒竜王が飼いならされているだと……」


 クロを見たゲリュオンが絶句する。想像と違ったのだろう。

 とても世界を滅ぼす邪竜には見えない。


「何故……人族と馴染んでおるのだ? 黒竜王は世界に破滅と混沌を呼ぶ邪竜のはず……」

「わらわも大人しくなったのじゃ。人は、何百年も経てば落ち着くものじゃな」

「変わり過ぎだ! ど、どうしてこうなった……」


 ゲリュオンが苦悩している。頭を抱えながら。

 言葉の端々に『古の盟約は?』とか『王国に関わらずにきた私の意味は?』などと、恨み節が漏れている。


 しかし、ゲリュオンの苦悩は終わらない。シロまで現れたのだ。


「何だ何だ、誰かと思えば古い友ではないか。相変わらず人と交わらぬとか言いながらも、一番人間臭い竜王であるな。東海青竜王ゲリュオンよ」


「は? 西海白竜王ヴリドラだと……。な、何故……」


 ゲリュオンが驚きで目を丸くする。


「何故、ここに……。しかも完全に魔力を消し、人族に馴染んでおるのだ……」

「当然である! 人族の街で暮らすのなら人族に溶け込まねばな」

「だから古の盟約はどうなったのだ!」

「知らん」


 ガァアアアアアアアアーン!


 再びゲリュオンがガックリと項垂うなだれる。ちょっと可哀そうだ。


 そのタイミングで、それまで黙っていたジールが、気まずそうな顔で口を開いた。


「げ、ゲリュオン様……言い忘れておりました。アキは白竜王様も堕としております。両竜王様はアキの女です」






 ――――――――――――――――


 奇しくもアキたちの家に竜王三柱が終結!

 ただ、クロもシロもマイペースのようで……。


 それよりアキ君、アリアへのご褒美はどうした!?

 伸ばせば伸ばすほど大変なことになりそうです。

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