第112話 最後まで一緒に
「見えてきたぞ! 帝国王国連合軍だ!」
魔王城を発った俺たちは、急いで南下し国境線の渓谷まで戻った。険しい谷を抜けた広大な森林地帯だ。
目の前に広がる森には、数え切れないほどの兵士が見える。
「ガルル、このままやつらの正面に下りるぞ」
「ああ、頼むぞジール。あと、裸にはなるなよ」
「ぐふぅ、なるなと言われると余計に……」
「おい!」
ドMまっしぐらのジールが心配だ。
(まさか国王陛下やカール殿下の前で裸になったりしないよな? ジールがやらかしそうで心配だぜ)
ジールのドM癖も心配だが、他にも問題は山積みである。
魔王城を出発する時には、ザベルマモンを魔王代理として残してきたのだ。そう、無理やりついてこようとする彼女を。
『貴方様ぁああああぁん♡ あんまりですわぁああぁ! せっかく理想の男性と出会えましたのに、もうお別れだなんて悲しすぎますわ! わたくし、諦めませんわよぉおおぉぉおおっ!』
――――と、こんな感じに。
「何故だろう? 俺って魔族にモテる気がするのだが……」
俺のつぶやきを聞いていたのか、アリアがそっと手を握ってきた。
「アキちゃんって無意識なのよね」
「えっ、何が?」
「ほらぁ、そこよ♡」
アリアが熱い瞳で俺を見る。
「そこって?」
「なんでもぉ」
「ええぇ、教えてよ、アリアお姉さん」
「教えないもん♡」
可愛い仕草でプイっとそっぽを向くアリアだが、小声で何やらブツブツ言っている。
「普通は魔族を嫌ったり怖がったりするのに、アキちゃんは最初から偏見とか無かったのよね。私が誹謗中傷されている時も、本気で怒って助けてくれたし。その優しさにグラッときちゃうんだから♡ でも、他の子にも優しくするのは嫉妬しちゃうけど――」
アリアの声は風の音でかき消されて良く聞こえない。
「何か言いましたか?」
「何でもなぁーい!」
そうこうしている内に、低空飛行で旋回した
バサァァァァ! ドドォォオオオオォン!
最終防衛ラインを守る連合軍の真正面に着陸した。
出発時と違って、兵士たちの顔が険しい気がする。何か違和感を感じるのだが。
「アキ! よく無事で戻ってきてくれたね」
ジェフリーが出迎えてくれた。人ごみを掻き分け、真っ先に出てきたのだ。
「ジェフリー!」
「無事で良かった、アキ。それで魔王城の様子は?」
「ああ、問題ない。悪魔元帥ベルゼビュートは俺が倒した」
「やはりキミは凄いな」
「魔王軍は停戦を受け入れたよ。もう心配は無い」
「そうか、良かった。後は俺に任せてくれたまえ」
話もそこそこに、ジェフリーは深刻そうな顔になって戻ってゆく。
どうやらヘイムダル帝国第一皇子カール殿下の方に向かっているようだが。
(何かあったのか? どうも皆の様子がおかしいぞ)
俺に聞こえるようになのか、ジェフリーは高らかに声を上げ語り始める。
「カール殿下、勇者アキにより魔王軍は無力化しました。これ以上の戦いは無益です」
対するカール殿下の顔は浮かない。
「それは理解しておる。勇者が魔王軍幹部を倒したのなら……」
「待て、カールよ!」
殿下の声を遮るように、大きく威厳のある声が響く。
まるで海が割れるように騎士たちが道を開け、そこから豪奢な甲冑とマントに身を包んだ壮年の男が現れた。
「誰だ、あの人は?」
俺の疑問に答えるよう、隣にシロが立った。少し面倒くさそうに話し出す。
「ヘイムダル帝国皇帝、オーギュスト・ユングベリング・アーサヘイムであるな!」
「えっ!? 皇帝……」
俺の驚いた顔を見たシロが微笑む。ただ、その顔には再び白仮面を付けているのだが。
「皇帝が何しに……? もう戦争は終わったはずでは」
(一体何が起きているんだ。もう魔王軍は無力化された。後は講和して兵を引くだけなのに……)
俺の心配を他所に、帝国軍の面々は深刻さを増してゆくようだ。
皇帝の登場とあって、一斉に帝国軍兵士が跪き、ジェフリーとカールも丁寧な仕草で平伏した。
跪いた騎士たちを一望した皇帝オーギュストは、一瞬だけ立ったままの俺たちメンバーに目を止めてから、再び騎士たちの方を向く。
「勇者により魔王軍幹部が無力化された今が好機である! 今こそ我らの宿願、魔族殲滅を叶える時であるぞ! ヘイムダル帝国軍は、速やかに北進し魔族領域に残る魔族どもを尽く滅ぼすのだ!」
「「「ははぁあああ!」」」
オーギュストの命令で帝国軍兵士が一斉に声を揃えた。
しかし、ジェフリーが一人異を唱える。
「お待ちください陛下! 勇者アキの活躍で魔王軍は完全に無力化しております! 最大脅威であった不死の王エルダーリッチは消滅し、超巨大ゴーレムのギガントパンデモニウムは破壊されました。魔王も悪魔大将軍も無力化され、もはや魔族には我らに歯向かう力は残されておりません」
「そなたはウィンラスター公爵子息のジョージ殿であったな」
オーギュストは眉をひそめて
「魔族が弱っている今が好機なのだ! 再び魔王軍が復活せぬよう後顧の憂いを絶つは必定であるぞ! 今こそ魔族を根絶やしにし、帝国並びに人族に安寧をもたらすのが、皇帝である余の使命である!」
「し、しかしながら……」
言葉を失ったジェフリーから視線を外したオーギュストは、厳しい顔でカール皇子の方を向いた。
「カールよ! 聞けば勇者が魔王軍前衛を倒した報を聞きながら、最終防衛ラインで呑気にしていたそうではないか!」
「父上、それは……」
「侵攻しておった魔王軍前衛が敗北したのならば、我が軍も一気呵成に進軍し魔王城を包囲すべきであろう! お前が頼りないから余が出陣したのであるぞ!」
皇帝である父の叱責を受けたカール皇子は
皇帝オーギュストの口ぶりで、おおよその状況は理解した。つまり、俺たちが魔王軍先鋒を倒したとの報を受けた皇帝が、この機に乗じて魔王領域に攻め込む決定をしたのだろう。
「魔族を殲滅だと……そんな……ダメだ! そんなの!」
俺の体が怒りで震える。意味もなくアリアが罵倒されたり、理不尽にノワールが暴力を振るわれた時の映像が頭に浮かぶ。
「アキちゃん……」
「アキしゃん……」
心配そうな顔になったアリアとアルテナが俺の服を掴んだ。
「大丈夫だ。魔族殲滅なんて俺がさせない」
俺はオーギュスト皇帝へと歩を進めた。
相手は世界最大の帝国であるヘイムダルの皇帝だ。以前の俺なら口を利くことすら叶わなかっただろう。
しかし今は何があっても進言しなければ。
ザッ!
オーギュスト皇帝の前まで行くと、ジェフリーの横に倣うよう跪いた。
「陛下、一言よろしいでしょうか!」
案の定、俺の行動に帝国騎士が声を上げる。
「陛下の御前である! 無礼であるぞ!」
「思い上がるな小僧!」
「いくら勇者といえど、陛下に意見できると思うな!」
この状況で、オーギュスト皇帝は俺を
「そなたが新しい勇者か」
「はっ、アキ・ランデルと申します」
「此度の働き大儀であった。魔族討伐の功績、見事である」
「はい、それにつきまして――」
「帝国からも勲章と褒美をとらそう」
俺の言葉を遮るように、オーギュスト皇帝は声を重ねる。
「勇者アキ・ランデルよ、帝国軍と共に進軍し、魔族どもを殲滅するのだ! 北方に住まう強硬派魔族を根絶やしにし、この世の闇を祓え!」
オーギュストの言葉が頭に響く。まるで釣鐘を叩いているかのように。
「俺は……」
「どうした? 勇者ならば魔族を倒すのだ! それが勇者の使命である!」
「で、できない……」
「なに!?」
俺は立ち上がった。帝国騎士が俺を咎める声が上がるが、何も頭には入ってこない。
「俺は……言いました……。勇者パーティーには魔族もいるのだと。大切な仲間なんだ。侵攻してくる魔王軍と戦争するなら勝手にしてくれ。だが、罪もない一般魔族まで殺すというのなら、俺は全力で仲間を守る!」
「なんだと! 魔族を助ける勇者など聞いたこともないわ! 貴様は人族と魔族、どっちの味方なのだ! そもそも魔族をメンバーにするでない! この機に薄汚い魔族は皆殺しにせよ! 今すぐそこの魔族女の首を
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
オーギュストは言ってはならない言葉を言ってしまったようだ。確かに彼は俺の後ろにいるアリアたちを指さした。
俺の中で何かが爆発しそうになる。
「アキっ!」
ちょうどその時、後ろからシーラの声が聞こえた。いつの間にかメンバーが近くに来ていたようだ。
「シーラ、すまん。今から俺は世界最大の帝国に喧嘩を売るかもしれない。ツッコみが追い付かないかもしれないが、先に言っておく」
絶対反対すると思っていたのだが、返ってきた返事は予想と違っていた。
「なに言ってんのよ、アキ! あんたのやらかしは慣れっこなんだからね。アタシだって仲間が侮辱されて黙ってられないわよ」
アリアも俺の背中に手を当てつぶやいた。
「アキちゃん、ありがとう。私も最後までついて行くから♡」
レイティアは俺の横に並んだ。
「よくぞ言ったアキ君! ボクも一緒だよ!」
連合軍15万を前に、何故か勇者(仮)と魔王(仮)兼任のようになった俺の、史上最大のやらかしが始まろうとしていた。
――――――――――――――――
世界とか勇者とか関係ねえ!
アキは大好きなお姉さんたちの為なら何でもしちゃうぜ!
って、一体どうなってしまうのか?
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