第111話 夜明け

「貴方様ぁ♡ 素敵な肉体言語ですわぁ♡」

「アキよ、そなた見どころがあるな。わらわも惚れてしまいそうじゃ」

「くくっ、我が一瞬だけ目を奪われるとはな。光栄に思えよアキ」

「はわわぁ、アキしゃん凄いれすぅ♡」


 何がどうしてこうなった。確かに壁に大穴を開けたりと、少しやらかしたかもしれない。

 しかし、何故か女性全員が俺に熱い視線を送っているのだ。


 クロは笑みをたたえて俺を見つめ、シロは意味深な顔で俺に流し目を送る。アルテナは両手をグッと握って目を輝かせている。

 しかも、ザベルマモンにまで懐かれてしまった。何度もお断りしたはずなのに。


 当然、俺のパーティーメンバーもだ。


「アキ君っ! やっぱりキミは凄いよ♡ カッコよかったよ♡ えへへっ♡」


 レイティアが全身で喜びを表している。俺の腕に抱き付きながら。


「アキちゃぁん♡ 嬉しいっ♡ 私のコト、そんな風に想ってくれてたんだぁ♡ 大好きなのよね♡ ダ・イ・ス・キ・♡」


 俺が叫んだ『大好き』が、ことの外クリティカルヒットして、アリアがデレさせた。

 実際、魔族であるアリアに向けて言ったのだが。


「へ、へぇ、やるじゃないアキ♡ アタシも、か、カッコイイって思ったんだからね♡」


 普段はツンツンしがちなシーラまでデレている。小さな体をそわそわさせ、髪を指でクルクルする仕草が愛らしい。


「ちょ、ちょっと待て。そんなに密着されると」


 いつものことながら、彼女たちの距離感がバグっている。このパーティー閃光姫ライトニングプリンセスに入るまで、女性と手を握ったことさえない俺には刺激が強すぎるのだ。


「よ、よし、今夜は添い寝だぞっ♡ アキ君♡

「添い寝は絶対よね♡ アキちゃん♡」

「そうよ! 添い寝は義務なんだからね♡」


 ズルズルズルズル――


「お、おい、人前では……」


 三人の彼女に引きずられ、俺はお持ち帰りされそうになる。


「ちょっと、そこのオジサン、今夜泊まる部屋を用意してよ」


 レイティアに声をかけられたリュシフュージェが、豆鉄砲をくらった鳩みたいな顔をする。


「えっ、わ、私? は、はい、すぐに部屋を用意いたします。ぐへへ、さすが勇者殿、三人の奥方様とくんずほぐれつですか。こりゃ接待役も要らないはずですな」


 にやけ顔のリュシフュージェが俺に目で合図を送り一人で納得している。その顔は止めてくれ。


 俺といえば、彼女らに掴まったまま案内する部屋に連行されているのだが。


 ズルズルズルズル――


 途中で、ずっと不満そうな顔で『ぐぬぬ』と呻いているジールと目が合った。


「お、おい、貴様ぁ! さっきから私を無視しているだろ。放置プレイなのか? これ、おあずけなのか?」


 ジールの不満そうな顔を見ると、ちょっぴり申し訳ない気持ちになってしまう。


「悪かったな、ジール。あまり構ってやれなくて」

「そうだぞ、私も役に立っただろ! 空飛んだりとか」

「うん、ジールは役に立つ仲間だぞ」

「ほへっ♡ う、うむ、そうだ。私は仲間だからな」


 たった一言で、険しかったジールの顔が緩んだ。


「ほら、頭撫でてやるから機嫌直せ。偉い偉い」

 ナデナデナデ――

「ぐはぁあぁ♡ これはたまらん♡」

「よし、ご褒美は終わりで」

「お、おい! 何だか都合の良い女にされてる気がするぞ!」

「気のせいだ」


 実際のところジールは役に立つし笑いも提供してくれる貴重な存在なのだ。もう俺たちの仲間である。

 しかし、これ以上嫁を増やすと体が持たない。


(許せジール、今はこれくらいしかしてやれないんだ。これ以上スキンシップを増やしたら、お姉さんたち(特にアリア)がヤンデレ化しそうで怖いからな)


「ほら、早くベッドに行くよ♡ アキ君っ♡」

「今夜は一晩中密着しちゃうからぁ♡」

「あ、アタシも密着しようかしら♡」


 ズルズルズルズル――


「ひぃいいいいぃぃぃぃいいっ! キツ過ぎるぅ!」


 こうして俺は、とんがり屋根の最上階にある魔王城の一室で、ねっとり添い寝させられるのだった。やっぱり魔族領域でも寝かせてもらえない。


 こんな超積極的にラブラブ求愛されているのに、まだ一線を越えない俺を褒めてやりたいくらいだ。


 ◆ ◇ ◆




 一夜明け、と言っても昼近くまで寝ていたのだが。俺たちが部屋を出る頃には、魔王城の状況は一変していた。

 アルテナの命令を受けたザベルマモンが組織を再編し、何故か俺に従う軍へと作り上げたのだ。


 そのザベルマモンだが、俺を見つけると全速力で駆け寄ってきた。


「あらぁー、貴方様♡ お昼まで女性とベッドだなんて、何て濃密で激しい殿方なのかしらぁ♡」

「いや、その、朝方から寝ただけだから」

「まあまあまあぁ♡ 女性を満足させる殿方は素敵ですわよぉおお!」


 相変わらず圧が凄い。


「それで、わたくしとの初夜は、いつになるのかしら?」

「ごめんなさい!」

「あああぁああ! またお断りされましたわぁあ!」


 ちょっと面倒くさいザベルマモンを放置し、アルテナのもとまで行く。


「アルテナ」

「あっ、アキしゃん」


 俺の顔を見たアルテナが、トコトコと駆け寄ってきた。その仕草はどこか犬っぽい。


「変な噂を聞いたのだが」

「何ですか?」

「魔王軍が俺の軍になったとかいう話だ」

「はい、アキしゃんにはお世話になったのでお返しでしゅ」


(おい、アルテナよ……。それじゃ俺が魔王みたいじゃないか。どうすんだこれ)


 どうやらアルテナによると、ザベルマモンを魔王代理として魔王城におき、代わりに全軍の指揮を執らせるようだ。

 魔王権限でアルテナと俺に逆らわないように命じて。


「最初から魔王権限スキルでパワハラオヤジも命令しとけば良かったのでは?」

「そ、それは……怖いですし……」

「まあ、そうなるよな……」


 繊細な人は、ベルゼビュートのような高圧的でイラついているタイプの人が苦手なのだ。あまり関わりたくないのは分かる。


「そういえばベルゼビュートはどうなった?」

「怪我の治療をしてましたが、先ほど目が覚めたようでしゅ」

「そうか」

「あんなに怖い幹部だったのに、今では気が抜けて静かになったようでしゅ」

「そうなんだ」


 虐げられている同族を思うやつの気持ちは分かるが、全ての人族を攻撃するなど絶対に容認できない。それに仲間まで巻き添えにするのも。


「もう人族へ侵攻する心配は無いんだな」

「はい、私も魔王軍もアキしゃんに従いますから」

「そ、それはそれでどうなんだ……」


 何だかそれだと俺が勇者と魔王を兼任しているみたいだ。


「まあ、しょうがないか。争いが止まるのなら」

「あんなに怖かった幹部たちがアキしゃんに服従してるのはいい気味です」

「うっ」

「アキしゃんが望むのなら世界征服も可能でしゅ!」

「おい、それはやめろ」

「ふひひっ」


 アルテナが目を輝かせている。


(前から何となく感じてたけど、アルテナって普段は気弱だけど、意外とSっ気があるんだよな)


「俺は世界征服よりスローライフだな」

「ですよね。ふへへっ」


 二人で笑い合っていると、クロが歩いてくるのが見えた。


「これ、わらわを放置し他の女とベッドとは、良い身分じゃな。アキよ」


 その声は少し怒っているようにも聞こえる。


「それは俺のせいでは……強引に添い寝されて仕方なくだな」

「そなた、添い寝が楽しみじゃと申しておったではないか」

「そうだったぁああああ!」


 ついうっかり本音を漏らしていたのを思い出す。


「あの、それよりクロさんはもう黒仮面をしてないのですね」


 俺の問いにクロは首をかしげた。


「それがおかしいのじゃ。完璧な変装であるのに、皆がわらわだと気付いてしまうのじゃ」

「そりゃそうですよね……」


(えっ、もしかして皆が気付いてないと思ってたのか? キャラが濃すぎてバレバレだぞ。)


 そこにもう一人の竜王、シロもやってきた。


「おい、アキよ、我は空腹であるぞ。朝食を用意せよ」


 相変わらずハラペコ竜王だった。


 あのいざこざで後回しになっていたそうだが、シロが竜王だとバレてしまったのだ。今はクロと同じく国賓級待遇で魔王城に泊まっている。


「せっかく魔王城に招待されたのだから、ここのシェフに作らせたらどうです?」

「もう我は一生アキの料理しか食べとうないわ」

「ええええ……」


(おい、まさか家までついてくる気じゃないよな? 俺は魔王や竜王を連れて帰るのか? 面倒なことになったな……)


 面倒といえば、もう一つ面倒事が残っていた。魔王軍を壊滅させたのは良いが、まだ帝国軍の大軍勢は健在だ。


(魔王を討伐すると言って進軍したけど、まさか魔王が仲間でしたとか大丈夫なのか? 今更アルテナを害したり帝国に引き渡したりなんてできないし。それに……帝国の魔族が強制収容所に……)


「まあ、何とかなるかな。皇帝陛下にお願いしてみよう」

「こら、アキよ、はよ朝食にせよ」

「わらわも空腹じゃ。エビカツカレーを所望じゃ」


 二人の竜王にまで懐かれてしまった俺は、料理道具を並べ料理スキルの準備をする。最終防衛ラインに残る帝国王国連合軍15万のことは一旦忘れて。


 これから俺が帝国相手に史上最大のやらかしをするなんて、微塵も想像しないままで。


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