第109話 ハニートラップ

 どんよりと薄暗い雲の合間を抜けると、霧の中にそびえ立つ古めかしい城が見えてきた。

 まるで御伽おとぎの世界で想像するような、尖った塔がある雰囲気満載の建物だ。


 パシッ!


「あれか! 正面に降りてくれ、ジール」

「ガルルッ、心得た!」


 鞭でドラゴンジールの背中を叩いで急降下させる。

 因みに前使っていた鞭は戦闘で紛失したので、今使っているのは祝福の剣ブレッシングソードを形状変化させた鞭だ。


「あうっ♡ もっと強く叩いてくれ♡」

「おい、真面目にやれ」

 パシッ! パシッ!

「おおっ♡ おほぉ♡」

「こら、ジール!」


 シリアス展開にしたいのに、ジールが変な声を上げるのでままならない。

 どうやら祝福の剣ブレッシングソードの鞭が、ことのほか体に響くらしいのだ。


「ああぁん♡ わたくしの前で他の女性を躾けるだなんて、意地悪な貴方様ですこと♡ ぜひ、わたくしの淫らな尻を躾けてくださいましぃい♡」


 ザベルマモンが身をくねらせる。特に尻を俺に向けながら。


(おいやめろ! お姉さんたちの嫉妬を刺激するのは。さっきからアリアとレイティアの視線が痛いのだが)


 バサァアアッ!


 魔王城正面に着陸し、俺たちはジールを降りた。

 どうやら魔王城防衛をしているらしい第一軍の攻撃は無いようだ。


「よし、行こう! なるべく穏便に済ませるぞ!」

「ま、待て! 私が裸なのだが」


 人型に戻ったジールがスッポンポンで大事なところを隠している。

 俺は仕方なしに鞄から彼女のパンツを取り出した。


「ジール、早く服を着ろ」

「くぅ♡ 毎回毎回、人前で着替えさせるとか、やっぱり貴様は鬼畜な男だ」

「お前が俺にパンツを預けるからだろ」


 人聞きの悪い冗談はやめてくれ。さっきからザベルマモンが期待を込めた目で俺を見ているのだが。


 ギギギギギギギギィィィィ――


 城門前で騒いでいると、大きく重そうな木製の門が開いてゆく。中からはツノの生えた恰幅かっぷくの良い中高年男性が現れた。


 ズザァァァァーッ!

「すすすす、すみませんでしたぁああああ!」


 開口一番、その中高年男性が謝罪の言葉を口にし、勢いよく土下座をする。


「ええええっ! い、いきなり?」


 俺が唖然としていると、アルテナが耳打ちする。


「悪魔宰相リュシフュージェでしゅ」

「な、なるほど。お偉いさんだな」

「老練な政治家です。き、気を付けて」

「分かった。俺に任せておけ」


 アルテナの目を見て頷くと、俺は前に出た。


「えっと、魔王軍の幹部ですね。降伏するってことで良いのか?」

「もも、もちろんでございます。うへへっ」

「なら話が早い。すぐ侵攻計画を止め――」

「タダとは言いませぬ。ぐへっ、勇者様にはそれ相応の貢ぎ物を差し出す所存」

「は?」


 貢ぎ物とは何だと呆気に取られていると、奥からセクシーな女性魔族がゾロゾロと出てきた。


「ぐへへ、ここに揃えましたのは、魔族の中から選りすぐった若くセクシーな者どもでございます」

「へ?」

夜伽よとぎのテクも極上! さあさあ、存分に彼女たちをお楽しみくだされ」

「えっと……」

「酒の席も用意しておりますゆえ! さあ、おっぱいがいっぱいで接待です。旦那も隅に置けませんなぁ! ぐへへへ」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――


 まさか敵が色仕掛けに出るとは。

 俺の後ろでは嫁たちの威圧感が急上昇しているのだが。どうしたものか。


(もしかして、これハニートラップなのか? 俺がこんな色仕掛けに釣られるはずは……すごくエッチです……待て待て待て、お姉さんたちの嫉妬が! 加護が呪いに成りかねんぞ)


「いえ、そういうのは遠慮しておきます」

「そう言わずに旦那ぁ。昔から英雄色を好むのが常識ですぞ」

「だから要らないって」

「浮気は男の甲斐性かいしょう、女遊びは芸の肥やしですぞ」

「げ、芸人じゃねーから!」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――


 更にお姉さんたちの威圧感が上昇する。しかしリュシフュージェはお構いなしだ。


「ほ、ほれ、勇者ともなると世間から清廉潔白さを求められちゃったりするでしょう。ちょっと女とチョメチョメすると、やれ、不祥事だとか不適切行為だとか。人は勝手なものですからな。他人がやったら不倫、自分がやったらロマンスなんて」


 リュシフュージェは揉み手をしながらニヤニヤと俺を見る。


「ここで乱痴気騒ぎしても人族にはバレますまい。やっちゃう? エチエチサービスやっちゃう?」


 ずいずいとリュシフュージェが迫る。にやけ顔で。

 まあ、俺の答えは最初から決まっているのだが。


「もちろん断る! 俺には大好きな仲間がいるんだ。裏切ることはできない! もう毎日の添い寝が楽しみで……って、ヤベっ、つい本音が漏れた」


 きゅん♡ きゅん♡ きゅん♡


「アキ君っ♡ やっぱり添い寝好きだったんだ」

「アキちゃん♡ 口ではイヤとか言ってたのに体は正直ね♡」

「ア、アキっ♡ あんた楽しんでたの!?」


 後ろの威圧感が消え、代わりにデレッデレな雰囲気が伝わってくる。どうやら危機は回避されたようだ。

 ただ、後で添い寝がパワーアップしそうな気もする。


「ねえ、アキちゃん。この人やっちゃう?」


 アリアが杖を構えた。ちょっと怖い。顔は笑っているけど俺には分かる。


「うっひぃいいい! ぎゃ、逆効果だとぉおお! なぜだぁああああ!」


 再びリュシフュージェが這いつくばった。


「ゆ、勇者殿からも何か言ってだされ! 男なら誰でも女遊び好きですよね! 隠れて娼館に行ったりと。これは接待ですぞ、接待! 接待で女遊びは許されるのです! ぐへへぇ」


 この発言に噛み付いたのはレイティアだ。


「アキ君も女遊び好きなの?」

「おい、俺に聞くなよ」

「ねえねえ、娼館に行ったの?」

「行ってないから」


 この悪魔宰相リュシフュージェとかいう男、良かれと思って俺を買収しようとしているようだが、その尽くが裏目に出ている。

 口を開くたびに女性陣の怒りを買っているようだ。


(くっ、俺を巻き込むんじゃねー! 完全にセクハラオヤジだぞ! この悪魔宰相……女性問題で辞任するタイプと見た)


「とにかく、ピンク接待はお断りするから。早く最高責任者に合わせてくれ」

「とほほ……魔王アルテナ様の処女を奪った勇者だからドスケベだと思ったのに」


 リュシフュージェの問題発言を受け、俺とアルテナの声が重なる。


「おい、誰がドスケベだ!」

「わわ、私は処女でしゅうう!」


 処女だと聞いたリュシフュージェはキョトンとした顔をする。


「確か勇者殿の鞭で躾けられたはずでは?」

「それはわたくしですわ!」

「いいから早く案内してくれ!」


 サベルマモンまで痺れを切らしてしまい、俺はすぐさま彼女の話を遮った。余計にややこしくなる。


 こうして、腑に落ちない顔のリュシフュージェは、しぶしぶ悪魔大元帥ベルゼビュートの居る執務室に案内することになった。


「こ、こちらでございます」


 魔王城の廊下を歩きながらも、リュシフュージェはチラチラと俺の顔色をうかがっているようだ。

 揉み手をしながら近づいてきた。


「そ、それで勇者殿、私の命は保証して頂けのでしょうか?」


 これ以上ないくらい揉み手をして、俺の顔色を窺っている。


(それが目的か。生き残る為に何でもする。たとえ勇者に頭を下げたとしても……か。まあ、本来の戦争なら関係者は処刑だろうし……)


「俺は仲間に危害が加えられない限り無益な殺生はしない。責任問題とかはそっちで勝手に決めてくれ」


 無駄に殺したりしたら寝覚めが悪い。俺は平穏な暮らしがしたいだけなのだ。


「おおっ、これはこれは、さすが勇者殿! 女を調教する鬼畜最低男と聞き及んでおりましたが、実は寛大なお方なのですな。ぐへへへ」


(疲れる……このオッサン疲れるぞ。何となく逃げ出したアルテナの気持ちが分かってしまう)



「ここでございます」


 そうこうしている内に到着したようだ。廊下の突き当りの大きな部屋が幹部の執務室になっているのだろう。


 ギギギギギギギギ――


 ドアを開けると、テーブルを挟んだ奥に凄まじい魔力を放出する男が立っていた。背が高い偉丈夫だ。眼光が鋭く、眉間に刻まれた縦ジワが気難しそうな印象を与える。


「よく来たな、人族の勇者よ!」


 良く通る低い声で、その男が言った。

 すでに臨戦態勢のような顔をして。


「あんたが悪魔元帥ベルゼビュートか」

「そうだ!」

「無駄な争いはしたくない。矛を収めてくれないか?」

「ふっ、笑止! 勇者に下げる頭など無い! 貴様が勇者ならば、力ずくでねじ伏せてみよ!」


 どうやら聞く耳を持たないタイプのようだ。


「かかってこい! 勇者よ! この城に待機させている暗黒騎士、魔族一万の命もろとも血祭りにあげてやる!」


「おい、お前……」


 穏便に済ませる予定だったのに、この男の話にカチンときた。速やかに終わらせなくては。


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