第105話 勇気の欠片

 ふと我に返ったら時すでに遅し。あんなにセクハラはダメだと自分に言い聞かせていたはずなのに、敵の大幹部のお尻をペンペンしてしまうだなんて。


 実のところ、前も悪徳領主夫人の尻を叩いた気もするが……。しかし今回の女戦士はTバックのビキニアーマーというのがインパクト絶大だ。


 その、部下の前で大恥をかいてしまったザベルマモンだが、やっと屈辱のケツ鞭打堕ちから目を覚ました。まだアレだが。


「んぁああぁ♡ あああぁああぁん♡ こ、こんな屈強で鬼畜な男は初めてですわぁあ♡ わ、わたくしのプライドを根こそぎ圧し折るだなんてぇ♡」


 足元に這いつくばっているザベルマモンが、屈辱の涙に濡れながら俺を見上げる。

 その顔は、完全にプライドを折られ敗北を受け入れたメス犬――ではなく、負け犬の顔をしていた。


 無理はない。部下や敵に見られながらという衆人環視の中で、拳闘でボコボコにするだけでは飽き足らず、鞭で尻を叩いて躾けるという羞恥責めまでしてしまったのだから。


(どどどどど、どうする俺ぇええええ!? つい熱くなってしまったぁああ! こ、これ、やり過ぎだよな……)


 だが、先ずは戦争を止めるのが優先だ。女性関係はスルーできるが、戦争はそうはいかない。


「えっと……大丈夫ですか?」


 とりあえず声をかけてみた。


「あっ♡ ああぁ♡」

「あの?」

「まさに理想の男ですわぁああ!」

「えっ?」

「結婚しましょう! 今すぐに!」

「はあ?」


 俺を恨んでいるのだと思っていたのに、いきなり求婚された。意味が分からない。


「人族にこんな強い男がいたなんて知りませんでしたわ。さすが勇者ですわね♡ 見た目は大人しそうですのに、実際は鬼畜で狂暴なのですね♡ でも、悪魔大将軍の夫となる男ならば、それくらい残虐非道でなくては♡ そうですわよね、貴方のような男なら、強くて雄々しい子が生まれそうですわ♡ あらやだ」


 ザベルマモンのマシンガントークが止まらない。


「ねえ、貴方! 勇者なら稼いでいるのですわよね?」

「えっ、稼ぐ……? まあ、最近は金貨3500枚とか」

「こここ、高所得ですのね! 料理は得意かしら?」

「むしろ料理が一番得意ですが……」

「まあっ、家庭的ぃ! 料理男子は好ポイントですわ♡」


 何がどうしてこうなったのか、俺は敵の大幹部に気に入られてしまったようだ。


「優しくて従順な男が好みでしたが、貴方のように鬼畜な男も良いですわね♡ でも、見たところ大人しそうですし、もしかして……ベッドの上でだけ鬼畜とかぁ♡ ああぁああぁん、困りますわぁ♡」


 彼女の話しが終わりそうにないので、早々と断ることにした。


「ごめんなさい。他に好きな人がいるので」

「ガァアアアアアアアァーン! 即お断りされましたわ」


 ガックシ――


 再びザベルマモンが膝をついた。殴って倒した時よりダメージが大きそうだ。


「ああぁ、婚活地獄に落ちましたわ。もうこんな世界は滅ぼすしか……」

「おい、俺が勝ったら何でも言うこと聞くんじゃなかったのかよ?」


 目の前のザベルマモンは婚活(?)に失敗したショックで心ここにあらずだ。


(困ったな……。ザベルマモンに勝って侵攻を止めるよう魔王を説得する予定だったのに。彼女がこんな状態じゃどうすりゃ良いんだよ)


 大将が敗北し、魔王軍の暗黒騎士たちも困惑した表情になっている。


「おい、ザベルマモン様が負けちまったぞ」

「まさか……ありえねぇ」

「俺たち、夢でも見てるのか?」

「あの百年前の大戦でも、最後まで前線で戦い生き残ったお方だぞ」


 魔王軍兵士の困惑は、どんどん広がり収拾がつかない。


(どうする? 俺が説得するのか? いやダメだ! 敵である俺が言って聞くわけないよな。できれば戦いたくない。無益な戦闘で敵兵を殺してしまったら、今度は恨みを持った魔族が仕返しに来て、千年戦争のような混沌の世界になってしまう)


 地べたでクネクネしているサベルマモンに視線を移す。


(いっそのこと、もう一度鞭で躾けて言うこと聞かすか? おいヤメろ俺! 余計に事態をややこしくするぞ)


 もう一度だけザベルマモンのデカい尻を叩いてみよようか。そんな不謹慎な考えが頭をよぎっていると、下がっていたはずのアルテナがコチラに歩いてくるのが見えた。


「アルテナ……? 何で?」


 そのアルテナだが、何かを思い詰めた顔をし、ブツブツと独り言をつぶやいている。


「ゆゆゆ、勇気を、だだ、出すのです。わわ、私が皆を止めないと。だ、だだだ、ダイジョブ……。で、でも怖い……。わわ、私に――王の資格なんて……。ああ、あああ」


「アルテナ? ここは危ないぞ。あっ、そうか、こう見えてアルテナは君主級悪魔デーモンロードだったよな。凄く強いんだろ?」


 声をかけてみたが、アルテナは心ここにあらずだ。


「こ、怖い、怖い、怖い、怖い……でも……」

「おいアルテナ」


 ガシッ!

 アルテナの肩を掴む。


「あ、アキしゃん……」

「アルテナ、頼みがあるんだ」

「ふえっ?」

「魔王軍が侵攻を止めるよう一緒に説得してくれないか?」


 アルテナは驚いた顔で俺を見つめる。


「で、でも……」

「アルテナなら大丈夫だよ。やればできる子だから」

「やれば……できる子……?」

「そう、俺なんかよりずっと初期ステータスが高いし、絵も上手いじゃないか」


 帝国騎士に破かれてしまった絵を思い出した。俺には上手いと感じたのだ。独特のタッチで描かれていて趣深い。


「で、でも……帝国の人族が下手糞だって」

「そんなことない! アルテナの絵は唯一無二の作品だぞ。自信をもって」

「ふはぁ♡ 褒められたの初めてですぅ」

「ほら、後で料理をいっぱいご馳走するからさ」

「ふひぃいいっ♡ ふひっ、ふひひっ♡ 私に一生料理を……」


 自信無さげだったアルテナの表情が一変し、ふんすっとばかりに自信が漲っている。

 最後に変なセリフが聞えた気がするが、ここはオヤクソクでスルーだろう。もう定番だ。


「ふ、ふんす! ま、任せてくりゃしゃい!」


 ちょっと噛み噛みだが、今のアルテナなら大丈夫だろう。

 そのアルテナだが、何故かサベルマモンのところに向かっている。



「ザ、ザベルマモン大将軍」

「ふあぁ♡ あっ……はっ! ああっ、アルテナ様ぁ!」


 どういう理由か、あの惚けていたザベルマモンが立ち上がり敬礼している。


(えっ? アルテナって魔王軍幹部にも顔が利くのか? さすがミリオタだな)


 ザベルマモンは襟を正して(ビキニアーマーなので襟は無いが)話し始める。


「アルテナ様、今まで何処いずこに?」

「ちょ、ちょっと……」

「はっ! そうでしたわよね。人族にさらわれ処女喪失」

「わわわ、私はまだ処女でしゅぅうう!」


 またしてもアルテナが処女を主張している。そんなに処女アピールしたいのか。


「そそ、そうでしたわ。あれはベルゼビュート閣下の作り話と聞いたような? 難しい話は分かりませんわ」

「あのパワハラオヤジのせいかぁあああ……」

「どうしましたの、アルテナ様?」


 ザベルマモンがアルテナを気遣っている。大将軍に敬われるとか、アルテナは何者なんだ。


「ザベルマモン大将軍、ひ、人族への侵攻を止める」

「えっ? 侵攻作戦は中止ですの?」

「うん、アキ……勇者と講和する……魔王城に戻り軍上層部を止める」


 アルテナが侵攻作戦の中止を申し付けると、あの好戦的なザベルマモンがあっさり首を縦に振った。


「分かりましたわ。戦争は止めですわね。わたくしの目的は果たしましたから問題無いですわよ。ああぁ♡ 理想の殿方を見付けてしまいましたわぁ♡ 一度断られたくらいでめげていてはいけませんわね。何度でもトライですわ。諦めたら婚活試合終了ですわぁああ!」


 やけに素直だと思ったが、やっぱり厄介な女の気がする。何で敵である俺と結婚したがるのか。

 あと、『婚活は早く終了させた方が成功なのでは?』とツッコみたい。


「ふうっ、何とかなりそうだな」


 成り行きを見守っていた俺は、ホッと息を吐く。

 そのアルテナとザベルマモンの二人だが、お互い同意して魔王軍暗黒騎士の前に向かっているようだ。


「よし、一件落着しそうだ」


 ズガガガガガガガガァーン!


「全然、一件落着じゃないぞ、アキ君っ!」


 突然の衝撃波と共にレイティアの声が響いた。音の方に目を向けると、剣技で敵のレヴィアタンを吹っ飛ばしているところだった。


「アキ君のバカぁああ! ボクというものがありながらぁ、敵の女とエッチなことするだなんてぇええ!」

「うわぁあああぁ! 降参だモン!」


 明らかにレイティアのパワーが上がっている。嫉妬パワーだろうか。

 レヴィアタンは頭を抱えて逃げ惑うばかりだ。


 ドガァアアアアアアアアーン!

 ズババババッ! バリバリバリバリィィーン!


 反対側に目をやると、そこでは猛攻撃をかけるアリアとシーラの姿があった。まさに鬼気迫る顔で。


「アぁぁ~キぃぃ~ちゃぁぁ~ん! 帰ったら……やっぱ、今すぐお仕置きぃいい!」

「こらアキぃいいっ! あんたまたエッチなことして! 今度こそ許さないんだからね!」


 ドドドドォォーン!


 怒涛の連続大魔法で敵の自動人形オートマタが砕け散った。やっぱり嫉妬パワーだ。


「うきゃぁああああ! 私の最高傑作がぁああ! ここ、降参します! 降参です!」


 グレモリーも両手を上げ降参した。


 敵司令官との戦いも無事終わったようだ。圧倒的勝利である。

 ただ、俺へのお仕置が更に増えてしまったのだが。解せぬ。


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