第98話 プリーステス

 エルダーリッチ、それは通常のモンスターとは格が違う恐ろしい存在だ。

 通常のモンスターは魔石をコアとして生まれ、人族の街を襲う存在であり、冒険者の討伐対象となっている。


 しかしエルダーリッチは違う。


 元は高名な大魔法使いや高い知識を備えた賢者だった者が、何らかの魔法や禁呪により、その魂を永遠の存在へと昇華させた上位アンデッドモンスターである。



『ゴボボボボ――ワシの封印を解いたのを後悔するがよい――ガボボ――これより先は、暗黒の世界となるであろう――人は死に絶えアンデッドの世界となるのだ――』


 エルダーリッチは意味不明な話をしている。封印を解いたとか何の話だ。


「誰だよ、こんな危険な奴の封印を解いたのは!」


 つい文句を言ってしまったが、俺の疑問に答えてくれたのは意外な人物だ。


「アキしゃん! それは本当に危険な存在です。誰にも制御不能で、魔法も物理攻撃も効かないです。気を付けて!」


 いつも小声のアルテナが、必死に大きな声を出している。さすがアルテナ、ミリオタだけあって魔王軍の内情にも詳しい。


「魔法も物理も無効か。どうする」

「ひぃいいっ! 骸骨よ! 骸骨!」


 シーラが骸骨を怖がってる。ちょっと可愛い。


「シーラ、光魔法を」

「わ、分かったわよ!」


 ちょっと拗ねた顔のシーラが魔法を放つ。


光の矢ライトアロー!」

 シュバッ!


 その光魔法はエルダーリッチの体をすり抜けて消えてしまう。完全にノーダメージだ。


『フハハハハハハ――ワシの体は高次元霊体アストラルボディ――そのような魔法では傷一つ付けることかなわぬわ――ゴボボボボ』


 エルダーリッチは喋りながら歩を進める。歩くというよりも浮遊するように。


 しかも事態は更に最悪の様相を呈してしまう。援軍が駆け付けたのだ。

 強そうな男が二人、こちらに向かってくるのが見えた。



「グハハハ! 吾輩は魔王軍第三軍司令官バルバトスである! いざ尋常に勝負!」

「ふっ、魔王軍第四軍司令官ダンタリオンだ」


 幹部らしき魔族の登場だ。熊のようにデカい男と、目が鋭い痩せた男の二人である。


「おいおい、ここで更に幹部登場かよ」

「ヤバいわよアキ! あの二人も凄い強さだし!」


 俺の後ろでシーラが叫ぶ。ここに来てから強者が多過ぎな気もするが。


 シーラの言葉で気を良くしたのか、敵の幹部は嬉しそうな顔で語り始めた。


「グハハ! そうだ、吾輩は強い! 魔王軍随一のパワーを誇る男だ! 勇者だか何だか知らんが、人族の貧弱な男なんぞに負けはせんぞ! ガハハハ!」


 隣の痩せた男まで対抗意識を燃やし始めた。


「そうであるな。私も魔王軍最高の頭脳を持つ男である。このエルダーリッチの封印を解いたのも私であるからな。かつて勇者パーティーが封印を施した地下迷宮の超高度封印術式をな」


 その男の弁舌が激しさを増す。陰気そうな雰囲気だったのに得意分野では饒舌じょうぜつになるようだ。


「そうだ! 人族は皆殺しである! 私の作った死霊部隊でな! スケルトンとゾンビは破壊されてしまったが、また新たに作れば良い! さあ、エルダーリッチよ、勇者を殺すのだ! ふはははは――ガハァ!」


 ズシャァァァァ!


 突然エルダーリッチが痩せた男に背後から攻撃を加えた。例の青黒い光線で一突きだ。


「な、何故ぇだぁ……」

『ワシに指図するな――ゴボボボ――ワシは至高の存在になったのだ――誰もワシを従えることはできぬ』


 そのエルダーリッチは、ついでにデカい男まで攻撃する。


 ズシャァァァァ!


「がはぁあああっ! な、なんだと……吾輩の活躍がぁ……」

『ゴボボボ――貴様も邪魔だ――ガボボボ』


 せっかく力を誇示するように登場した幹部だったが、まだ名前も覚える前に退場してしまった。


「えっぇええええええ!? 仲間割れだとぉ! てか、このオッサンたちは、何しに出てきたんだ? モブに厳しい世界かよ!?」


 俺の問いにオッサン二人が必死な形相になる。腹に穴をあけて瀕死なのに黙っていられないのだろう。


「わ、吾輩……魔王軍幹部なのに……扱い酷くないか……」

「ぐはぁ! わ、私はモブでもザコでもないぞ……最強の……」


 バタッ!


「いやいやいや、瞬殺されてるだろ! 制御不能の上位モンスターを解き放つんじゃねぇええええええええ!」


 もうツッコミが追い付かない。魔王軍、やらかし過ぎだ。

 俺は初めてシーラの気持ちを理解した。



 魔王軍幹部が退場したが状況が好転するわけではない。むしろ幹部を一撃にしたことで、このエルダーリッチの強さを際立たせただけだ。


(これは本格的にヤバいな。レベルも上がりスキル覚醒した俺たちならやれると思ったが……。魔王軍のモンスターを退治すれば大幅に戦力を削り、戦争を止められるのではないかと。まさか、こんな伝説級モンスターがいるなんて想定外だぜ)


 ドスンッ! ドスンッ! ドスンッ!


 事態が悪化しているのはこれだけではない。敵の後方からは巨大なゴーレム部隊が迫っている。しかも、ざっと見ただけで何百体もの。

 そして極めつけは――――


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ! ズシィィーン! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ! ズシィィーン!


「な、なな、何だあの巨大な城のような物体は!」


 前方に見える超巨大なモノは城ではない。動く城だ。

 いや、少し違う。あれはゴーレムだ。それも極端にデカく異形な。


 もはや状況は最悪を通り越している。


「くっ、マズいな。まだレイスの大軍も残っているのに。あのエルダーリッチを相手にしながら、デカいゴーレムと戦うのか」


 レイティアたちは魔獣や自動人形オートマタの兵士を倒しているが、レイスとの戦闘では苦戦している。


(どうする!? ここで特級魔法を使うか。だが、ここで使ったら魔王との決戦で……。いや、使おう。皆を危険にさらす訳にはいかない)


 ヒヒヒィィィィーン!


 その時、俺たちの後方から騎馬のいななきと共にキザなセリフが聞えた。


「はあぁーっはっはっは! この世に数多あまたの冒険者あれど、それは人知れず戦い傷付き忘れ去られる徒花あだばなさ。それでも高山に咲きし花の心意気――」


「おい、ジェフリー! 口上はいいから早く戦闘に参加してくれ!」


 つい途中で口を挟んでしまった。基本良いやつなのだが、毎回毎回キザなセリフで登場するのはどうなのか。


「おっと、失礼した勇者アキ。S級冒険者ジェフリーただいま見参!」


 一緒に帝国騎士団長も現れたが、ジェフリーが目立ち過ぎて地味になってしまった。


「勇者アキ、キミの作戦に従おう。指示を」


 御付きの女冒険者を引き連れたジェフリーが俺の横に並ぶ。ここまで来ると戦友みたいで心強い。


「よし、それじゃあレイスとゴーレムの相手を頼めるか? 数が多過ぎるんだ」

「任せてくれたまえ」

「それから仲間に女神官プリーステスが居たよな。神聖魔法を頼む」

「オッケー、世界を救う戦いみたいで胸が湧くね。フォォーッ!」


 ジェフリーが仲間の女神官プリーステスに指示を出す。


「カーラ、対霊体戦準備!」

「承知いたしましたジェフリー様!」


 彼女が杖を構える。


「偉大なる慈愛の女神よ、大いなる御心で神聖なる力を! 神聖付与ホーリーエンチャント!」


 皆の武器に神聖付与を施したカーラは、続いて攻撃魔法の詠唱に入る。


「偉大なる慈愛の女神よ、彷徨える亡者に永遠の安らぎを! 悪霊浄化ターンアンデッド!」


 ララララァァァァァァ――


 カーラの杖から眩しい光が放たれると、前方にいた十数体のレイスが消滅した。


「これなら行けるぞ! 攻撃開始!」

「「「うぉおおおおおおおお!」」」


 俺の合図で一斉に反撃が始まった。今まで苦戦していたのが嘘のように、皆の剣がレイスを斬っている。

 これも神聖魔法を付与された武具の賜物たまものだろう。


「よし、待たせたなエルダーリッチ!」


 俺はエルダーリッチの方を向く。


 その不死の王だが、余裕があるのかジェフリーの口上で呆気にとられていたのか、はたまたオヤクソク展開の演出なのか、黙って攻撃を待ってくれている。


「ゴボボボボ――くくく、その程度の神聖付与ホーリーエンチャントでワシの鉄壁物理魔法防御を破れるはずがないわ――ガボボボ――無駄無駄無駄ぁ――」


「エルダーリッチだかエルダーエッチだか知らないが、俺は支援職サポーターで専業主夫で勇者(仮)の男だ! やらかすのなら誰にも負けないぜ!」


 遂に伝説級モンスターと決戦の時間だ。俺の心は、愛と勇気とやらかしそうな予感で溢れていた。


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