第85話 その頃魔族領域では2(sideベルゼビュート)

「大変です、アルテナ様が行方不明になりました!」


 慌てた様子で部下がこの悪魔元帥である我、ベルゼビュートのもとに駆け込んできた。


「なに、アルテナ様が! 城内には居らぬのか!?」


「そ、それが、部屋はもぬけの殻のようでありまして……。一昨日の夜から誰も姿を見ておらず……」


 オロオロと困惑した顔で部下が言う。


「一昨日だと!?」

「ひぃっ!」


 我の機嫌が悪くなったのを察したのか、部下が後ずさりする。


「今まで何をしておった! すぐに探せ! あの方は次期魔王、魔王軍の要となるお方であるぞ! 何をしておるか、この愚か者めが!」


「は、ははっ、し、しかし……場内をくまなく探したのでありますが……姿は何処にも見えず。きっと散歩にでも行かれたのかと思いまして……」


「バカ者! 夜中に散歩などするはずがなかろう! 城内におらぬのなら、どうして城の外を探さぬのか! 貴様はそんなことも分からぬのか!?」


「は、はい、城外も探してまいります」


 オロオロと落ち着かない様子の部下が、部屋を出ようとして立ち止まった。

 もう一度こちらを向くと、再び我の前に戻ってくる。


「あの、言い忘れておりましたが、黒竜王様の姿も見当たらないようでして……」


「何故それを先に言わぬか! 捜索範囲を城の周囲から黒竜王様の居城まで広げるのだ! 早く行け!」


「は、はい!」


 けたたましい靴音を鳴らしながら部下が走って出て行った。この緊急事態であるにもかかわらず初動が悪すぎる。


「最悪だ……。あの小娘め……。遠縁ながらも前魔王様の血筋を引いておるから担ぎ上げてやったというのに……。まさか、逃げ出したのではあるまいな」


 魔王軍を復活させるのには魔王即位が必然である。しかし前魔王様には後継ぎがいない。

 現状で強い魔力を持つ我や露出女ザベルマモン、そしてエロオヤジリュシフュージェ頑固頭アシュタロスではカリスマ性に欠ける上に、予期せぬ権力闘争になりかねぬ。


 だからこそ、ただ単に遠い血筋だけで選んだ若輩の小娘を祭り上げたのだ。

 お飾りの魔王でも魔族の結束が高まればと。


「しかも黒竜王エキドナ様も居らぬとは……。ああっ、あの方の行動は我にも全く読めぬ! ちょくちょく魔王城に遊びに来たかと思えば、いつまでも寝泊まりしたり遊び惚けていたり。そうかと思えば全く姿を見せなくなったり」


 そうなのだ。あの竜王にはほとほと困っておる。何をするか読めぬ上に最強の魔力と攻撃力を持つ存在であるからして、彼女の自由で出鱈目でたらめな行動に付き合わされるコチラの身にもなって欲しい。

 実に厄介な存在なのだ。


 しかしその絶大なる力は侮れぬ。世界最強にして完全無欠。この世の誰も彼女を倒すこと不可能。

 それゆえに魔王軍の後ろ盾になっておるのは心強い。


「エキドナ様のことだ、気まぐれで帰ったのか? それともアルテナ様をそそのかして……」


 頭の中に二つの考えが浮かぶ。一つは勝手に帰っただけ。もう一つは、気まぐれでアルテナ様の逃亡を手助けしてから帰っただけ。

 どちらも帰るのには違いないが。


「まさか、アルテナ様は本当に逃げ出したのか? 何やら覇気も感じなかったからな。くっ、次期魔王様が、まさかあのようなやる気のない小娘とは……。次期魔王失踪の情報はせるべきか……。いや、待てよ! これは逆に好機ではないのか」


 新魔王即位

 魔王軍復活

 開戦準備完了

 適当な開戦理由が見当たらぬ

 そして――――魔王失踪


「そうだ、新魔王であるアルテナ様は人族に連れ去られたのだ! この際、真実などどうでもいい。卑劣な人族がアルテナ様を連れ去り、穢れ無き純潔を散らし、悪意と欲望のままに汚したのだ。そういう話を作れば良い。これを持って我らは人族に対して全面侵攻を開始するのだ!」


 これは僥倖ぎょうこうである。


「今こそ我ら百年の恨み晴らしてくれる! 人族など皆殺しだ! はっはっはっはっは! はぁーっはっはっはっは!」


 ◆ ◇ ◆




「――――と、いう訳で、前述を開戦理由とする」


 緊急会議の場で我はそう宣言した。


「なるほど、作り話の開戦理由で罪を人族に擦り付ける訳ですな。さすがベルゼビュート殿、性格の悪さでは魔族一とうたわれるだけはありますな。がははっ!」


 悪魔宰相リュシフュージェが、大仰なほどに相槌あいづちを打っている。嫌味ったらしい口調なのだが、本人には悪意が無いようなので余計に腹が立つ。


「おーっほっほっほっほ! わたくしは暴れられれば何でも良いですわよ! 血沸き肉踊りますわ! もっと強き者を! 強き男を! わたくしは強い男が望みですわ!」


 この脳筋発言をしているのは悪魔大将軍ザベルマモンだ。この女は単純だからどうでも良い。


「しかし、困ったものですわね。わたくしの理想の男性は強い男ですのに。婚活歴400年になりますのに、いまだにわたくしより強い男が現れないのですわ」


 他人の婚活に横やりなど入れたくもないが、このトンデモ条件にはつい口を挟んでしまう。


「ザベルマモン大将軍、それはさすがに理想が高過ぎでは? 貴女より強い男などおりませぬな。もっと妥協せねば一生独身に――」


 ガタンッ!


「ベルゼビュート元帥閣下! わたくしの婚活に口を出さないでいただけますかしら! 私より強いのは最低条件ですわよ! 他にも、私より年下で見た目は若くピチピチなのは当然ですわ。そして家事や料理が得意な方が理想ですわね。年収は金貨1000枚以上、性格は優しくてわたくしに逆らわず従順なのも条件ですわね。そして夜の生活も強く活発で毎晩満足させてもらわないと。他にも他にも――」


 我は後悔していた。余計なことを言ってしまったと。この終わることのない長大な話は、一体何処まで続くのか。

 仮に理想の相手が居たとして、その男がこの婚活歴400年の500代魔族女性アラファイブハンドレッドを選ぶだろうかという疑問が残る。


 この気まずい空気を打ち破るように、最年長のアシュタロスが立ち上がった。


「ええ、ザベルマモン殿の理想の殿方は一先ず置いておき、話を侵攻計画に戻しましょう。これは好機であるぞ。遂に全面侵攻の時が来たという訳だ」


 この悪魔大公爵アシュタロスは千年戦争の全てを見てきた最古参だ。しかし、夢見がちでありながら頭が固く使えない。


「往くは世界の果てまで大地の終わる処! 往年の雄姿を取り戻せし無敵の魔王軍は――」


 アシュタロスが高らかに夢を語っている。話が長いので省略だ。

 ともあれ、こうして魔王軍による大侵攻作戦は決定した。魔王抜きで。


 ◆ ◇ ◆




 翌日、魔王城に侵攻計画に参加する司令官が集結した。


 第二軍暗黒騎士部隊 司令官 レヴィアタン


 配下の魔族

 暗黒騎士 20000

 悪魔拳闘士 500

 暗黒魔導士 500



 第三軍魔獣部隊 司令官 バルバトス


 配下のモンスター

 魔獣 5000

 オーク 8000

 ゴブリン 6300



 第四軍死霊部隊 司令官 ダンタリオン


 配下のモンスター

 エルダーリッチ 1

 スケルトン 8000

 ゾンビ 2000

 レイス 500



 第五軍ゴーレム部隊 司令官 グレモリー


 配下のモンスター

 魔導要塞ギガントパンデモニウム 1

 ストーンゴーレム 200

 自動人形オートマタ 500



 総数5万を超える大軍勢である。特にエルダーリッチとギガントパンデモニウムは最終兵器だ。

 あらゆる物理攻撃を無効化し、あらゆる魔法攻撃に抵抗レジストする不死の王エルダーリッチに敵はいない。

 全高が山をも凌ぐ超巨大移動要塞ゴーレムのギガントパンデモニウムは、何人なんぴとたりとも破壊不可能だ。


 因みに第一軍は魔王城防衛の為に温存である



「おーっほっほっほっほ! 行きますわよ! 人族の国を侵略し、イイ男を襲いまくりますわ! 特に勇者は生け捕りにして、わたくしがじっくりたっぷり拷問ですわぁああああ!」


 壇上に立ったザベルマモンが意味不明なスピーチをしている。目的をはき違えておるのではあるまいか。


「いざ、わたくしの理想の男を求めて! 新生魔王軍、出陣ですわよぉおおおお!」

「「「うおぉおおおおおおおおおおおお!!」」」


 魔王城前に集結した者たちが雄叫びを上げる。


 こうして我ら魔王軍は侵攻開始と共に、国境を接するヘイムダル帝国とアストリア王国、この両国に宣戦布告を通達した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る