第84話 愛とお仕置の野営

 正体不明の竜族女性クロを大人しくさせた俺は、ホッと胸を撫で下ろしながら皆のもとに戻る。

 しかし運命は悪戯だ。


「アキ君っ! さっきのスキルは何なんだい!? あんなエッチ……じゃない、凄いのが有るならボクに使うべきじゃないのかな?」


 レイティアがおかしい。いや、普段からちょっとおかしいのだが。


「えっと、レイティア? あれは何の魔法なのか分からないし危険だから……」

「アキ君のエッチ! クロには使ったくせに。あと、お姉ちゃんだぞ!」

「ああ、ち、近い、色々と近い」

「アキ君が悪いんだよ! もっともっと近くしちゃうからね♡」


 レイティアはどうしたんだ。大切な仲間に変な魔法を試せる訳がないではないか。

 それに、こんなに近くに来られたら、もう色々と我慢できなくなりそうだ。


 そして、もっと危険なのはアリアだろう。


「アぁ~キぃ~ちゃぁん♡」


 上気した顔とヤンデレ目で俺に迫るアリア。その迫力はある意味クロ以上かもしれない。


「あ、あの、アリアお姉さん、落ち着いてください。あれは不可抗力です」

「もうっ、アキちゃんは悪い子なんだからぁ♡ どうして他の女に狙われちゃうかなぁ?」


 アリアが俺の腕をギュッと抱き、吸い込まれそうなくらい綺麗な顔をグイっと近付ける。催淫スキルを使っていないのにとりこにされそうだ。


(あれっ? 実はアリアが魔王なのかな?)


「はい、お仕置き決定ね♡ 今夜は寝かさないぞっ♡」

「は、はは、最近特にアリア女王様のお仕置がキツいのだが……」

「アキちゃんが我慢できなくなって私を襲っちゃうまでキツくするからね♡」

「ええええ……」


 奇跡のようにエロくて魅惑的なアリアに密着なんかされたら我慢できるはずがない。それを必死に耐えているというのに。

 このお姉さんときたら……。


 ゲシッ! ゲシッ!


 何故かシーラが俺の足を蹴っている。


「おいシーラ、何で蹴るんだ?」

「アタシもお仕置きよ! まったくアキったらハラハラさせるんだから」

「それは俺のせいじゃないぞ」

「と、とにかく大人しくアタシにお仕置きされなさい。これは絶対だからね」


 こうして俺は三人に手を引っ張られテントに連れて行かれるのだ。途中で茫然ぼうぜんと立ちすくんでいるアルテナに声をかけながら。


「あの、アルテナはクロさんと同じテントで寝てくれないか?」


 このまま彼女を放置する訳にもいくまい。

 アルテナは両手をモジモジさせながら俺を見る。


「あ、はい……わ、分かりました……」

「詳しい話は明日聞くから、今夜は大人しくしてもらえると助かるよ」

「そ、それは……エキド……クロ様に伝えておきます」

「そういう訳で、俺は三人からキツいお仕置が有るので……」


 シュタッ!


 アルテナに軽く手を振ってポーズをキメる。今からじっくりたっぷりお仕置きが待っているのだ。恥ずかしいから恰好くらいつけさせてくれ。

 ただ、そんな俺の姿を見たアルテナの顔が緩んでいるのだが。


「ふひっ、ほ、本当にいたんだ。複数女子からお仕置きされちゃう男の人って……。ふひひっ」


 ずっと緊張の面持ちでいたアルテナが始めて笑った。


「あはっ、あははっ、男子が年上女子からお仕置き……ぐふっ、ぐふふっ」

「あの……アルテナ?」

「あっ、すす、すびばせん……。わわ、私……」


 初めてアルテナの笑った顔を見た。ずっとオドオドしていたが、垂れ下がった前髪からのぞく笑顔は可愛い。


「ははっ、自分でも変だと思うけど、どうやら俺たちのパーティーはお仕置きが日課のようで」

「えーっ、そ、それは凄いです……。ふふっ」

「あの、俺たちは争いに来たわけじゃないんだ。だから」

「は、はい、わわ、私も争いは望んでいません」

「良かった」


 アルテナとは分かり合えた気がする。凄い魔力を持っているようだが、見た目通り争いを好まない魔族のようだ。


「ふう、一件落着か。あとはお仕置を耐えるのみ」

「おいこらぁ! 私を忘れるでない!」


 腕で額の汗をぬぐいホッと一息ついたところでジールのツッコみを受けた。

 そういえば忘れていたぞ。


「ききき、貴様ぁ! 私が倒れておるのを放置するとは、一体全体どういうことだ! こ、こんな雑な扱い許せぬぞ! だ、だが、ちょっとゾクゾクするのだが……」


 たくましい腕を突き付けながらジールが抗議する。ただ、ちょっと嬉しそうなのはどうしたものか。

 倒れた時のものだろうか。その顔は泥で汚れていた。


「おいジール、女子なんだから少しは身だしなみに気を遣えよ。よく見れば綺麗な顔してるのに勿体ないぞ」


 きゅっきゅっきゅっ――


 かばんからタオルを取り出し、ジールの顔の汚れを拭いてやった。


「これで綺麗になったか。全く、くっころ騎士はしょうがないな」


 わなわなわなわなわな――


 ジールが打ち震えている。怒ったのだろうか。


「くふぅ♡ きき、貴様ぁ! 雑な扱いからの突然の優しさだと! ここ、こんなギャップを見せられたら、すすす、好きになっちゃうだろ」

「は?」


(おい、ジールは何を言っているんだ?)


「あふぅ♡ な、なんて恐ろしい男なんだ! この強く誇り高く、絶対に男に屈しない私が、こ、こんな男に堕とされるだと! うん、仕方がない。仕方ないな。もう大人しく側室になるしか」


「おい待て。勝手に話を進めるな」


 気が付いた時はもう遅かった。俺の体を掴んでいる皆の威圧感が急上昇している。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


「アキ君っ! 本当にキミは悪い男だね!」

「アキちゃぁん♡ お仕置き追加ね♡」

「アタシもキツいお仕置きしなきゃ!」


 やっぱり運命は悪戯だ。



 ギシギシギシギシギシ――


 狭いテントの中に五人がひしめき合い、もう何が何やら分からないレベルだ。クロと戦っている方が気楽かもしれない。


「はぁい、アキちゃん、大人しくしましょうね♡ ほぉら、アキちゃんの大好きな脚を使った首4の字固めでちゅよぉ♡」


 むぎゅむぎゅむぎゅ!


 アリアのムッチリとした生足が俺の首に巻きついてきた。しっとりスベスベでありながら少し汗ばんで湿った肌が、容赦なく俺の顔に密着する。


「ちょ、待って! ギブギブ!」


 これは出発前に受付嬢が耳打ちしたドS技だ。こっそりアリアが聞いていたのだろう。

 アリアイヤーは地獄耳かな?


「こらっ、アキ君! 今日という今日は許さないからね! もうムラムラ……じゃなかった、じれじれした気持ちが限界なんだぞ! えいっ!」


 レイティアは俺の上に座る。彼女の重みと体温を直に感じて変な気持ちになりそうだ。


「ぐあぁ! こ、こら、俺の腹に乗るな! ヤバいって!」

「何がヤバいんだい。も、もうボクの方がヤバいんだけど♡」

「重いって!」

「ここ、こらぁ! 女子に重いとか言うなぁ! あと、お姉ちゃんだぞ」


 口を滑らせ余計なことを言ってしまい、更にお仕置きが追加されてしまう。わざとじゃないぞ。


「へへへーっ、アキったら♡ もうしょうがないわね。アタシが朝までキッチリお仕置きしてあげるわ。感謝しなさい!」


 シーラが俺をくすぐり始めた。ドヤ顔なのが可愛いが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「ほらほら、コチョコチョコチョコチョぉ♡」

「わははははっ! こ、こら、腋をくすぐるな!」

「お仕置きなんだからやめないわよ!」

「ひぃいいっ! もう限界だぁあああああああ!」


 三人でもギュウギュウなのに、何故かジールまで俺たちのテントに居る。


「お、おい、私の寝るスペースが無いのだが……。こ、これは、私も貴様の横で同衾どうきんするしか……。こ、これは不可抗力だ! 何かあっても仕方がないな! そう、竜族は男が少なく少子化なのだ。仕方がない」


 何か一人で納得しているようだがスルーしておこう。


「おい、私を無視するな!」

「ぐあぁ、ちょ、じ、ジールはアルテナたちのテントで寝てくれ」

「ば、ばかもの! 私だけアッチだと……こ、心細いじゃないか」


 見た目は気が強そうなジールなのに、中身は意外と繊細だった。


 こうして超キツいお仕置きの夜は更けてゆく。


「ひぃいいいいいい! もうムリだぁああああああああああ!」


 ◆ ◇ ◆




 そのころアルテナたちのテントでは(sideアルテナ)



「はぁ……はぁ……しゅ、しゅごい。ホントにお仕置きしちゃうんだ。隣のテントから声が漏れてますよ。こんな面白い人族が居たなんて」


 魔王城を逃げ出して南の海に逃避行と決めていたけど、この人たちについて行くのも面白そうと思い始めていた。


「あの最強の黒竜王エキドナ様を倒しちゃうだなんて、やっぱりあの人は勇者なのかな?」


 そのエキドナは隣でスヤスヤと眠っている。


「すぅ、すぅ、むにゃむにゃ……は、発情期ぃ」


 変な寝言をしているが気のせいだろう。


「よし、決めた。アキについて行こう。ご飯が自動で出てくるし。ニートになってアキの家に住むんだ。私は子供部屋魔王になる……なんちってぇ」


 私は決めた。働かないと。そう、魔王が働くと世界が混乱するし、もし負けたら殺されちゃうから。


 今夜は、ベルゼビュートやアシュタロスのような主戦派のことは忘れ、狭いテントの中でぐっすり眠ることにした。






 ――――――――――――――――


 アキの身に危機が迫る。(オヤクソク)

 まさかのまさか、勝手にアキの家に住む気満々の魔王(?)アルテナ。

 どうなってしまうのやら。

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