第83話 例の変な魔法

 一瞬だけ爆発的上昇をしたクロの魔力だが、すぐに体の中に閉じ込めるように低下させた。それでもここに居る誰よりも強いようだが。


 さっきからシーラが俺にしがみ付いて離れない。


「と、とにかくヤバいわよ! こんな極大魔力は青竜王レベルよ! アキ、ヤバいったらヤバいんだし!」

「ししし、シーラ、一旦落ち着こう。ここでやらかしたら命の危機だ」


 ガタガタ震えるシーラを抱きしめながら考える。このピンチを切り抜ける策を。

 目の前のクロは、正確な魔力を測定できない俺が見ても、到底かなうはずもない超絶的な力を感じるからだ。


(これは本当にマズいぞ! シーラの魔力探知能力が正確なら魔王か竜王クラスなのか。まさか黒竜王? いやいやいや、こんな場所に竜王や魔王が居るはずがないか)


 驚いているのは俺たちだけではない。一緒に行動しているアルテナまでクロを落ち着かせようと必死だ。


「あ、ああ、あの、エキド……じゃなかった、クロ様、落ち着いてください。こ、こんな場所で問題を起こすと……」

「わらわは落ち着いておるぞ! ただ、ゲリュオンの手の者となれば話は別じゃ!」


 クロはアルテナを押し退け俺の前に迫る。


「そなた、ゲリュオンに認められた男なのかえ? そこのレイティアといったか、竜王の娘と婚約しておるようじゃからの」


「そ、それは……」


「粗方、ゲリュオンに言われたのであろう。北方に行き黒竜王の動きを探ってこいと。そなた、スパイじゃな」


 図星すぎて何も言えない。


「どれ、ゲリュオンが認めた男がどれ程のものか見せてもらおうか。わらわをがっかりさせるでないぞ」


 ギュワァアアアアアアァン!


 クロの体から膨大な魔力が溢れ出す。可視化できるほど球体に広がったそれは、周囲の空気をビリビリと振動させ、弱いモンスターならばそのオーラだけで消滅させそうな気迫だ。


「アキ君をやらせないよ!」

「アキちゃん、逃げて!」


 レイティアとアリアが俺を守ろうと声を上げる。


「静まれ!」

 ビリビリッ!


「ああっ! これは!」

「う、動けないわ!」


 二人はクロの視線と声だけで硬直してしまう。


「な、何だこれは! 声や視線に精神支配の魔力があるのか!? しかも二人の強さは冒険者の中でもトップクラスのはず! それを、いとも容易く! こんな芸当のできる者が存在するなんて!」


「ほれ、邪魔者は動きを止めたぞ。そなたの力を見せてみよ。どうした、アキとやら」


 更にクロが迫る。もう俺の眼前だ。


「ちょっと待った! 私を無視しないでもらおうか!」


 ジールが俺と黒の間に割り込んできた。


(ジール! そうだ、ジールは普段くっころ・・・・でうっかりでドMな女だが、実は世界最強種の上位竜ドラゴンなんだ! 相手が魔王か竜王でもない限り負けはしないぞ!)


「ふふっ、相手が悪かったな。これでも私はゲリュオン様直属の部下である上位竜の竜騎士ドラゴンナイトだ! ふっ、その絶大なる力、見せてやる!」


 不遜な笑みを浮かべたジールが腕組みをして言い放つ。何かのフラグっぽい前振りだが。


「やかましい!! そなたは黙っておれ! わらわはこの男と話しておるのじゃ!」


 ツンッ!

「アヒッ!」


 クロのデコピンを受けたジールが気絶した。そのまま前のめりに倒れて地面に顔を埋める。


「お、おい、ジール! 清々しい程に負けフラグかましてるじゃないか! しかもケツ丸出しで」


 コケた拍子にスカートが捲れパンツが丸見えだ。ちょっと可愛いパンツ穿きやがってとか思ってはいけない。


(どうする! このままでは皆が! 俺が何とかしなくては! 何か、何か打開策はないのか!)


 特級魔法を使えば竜戦士ドラゴンウォーリアー支配級悪魔アークデーモンと同等の力を発揮できる。

 だが、目の前の相手は特級魔法で相手できるようには見えない。何故か俺の体がそう感じているのだ。


 しかしクロは待ってはくれない。その白く艶めかしい腕を伸ばし、細い指先で俺の顔を撫でてきた。


「ほれほれ、どうしたのじゃ? そなたの力を見せてみよ。死にとうないであろう」


(どうする!? このまま俺がやられたら皆が……)


「ゲリュオンに認められたのであろう? はようせぬか」


(何か、何かないのか! 俺のスキルで対抗できそうな何かが!?)


「面白い男じゃと思ったが、それまでかの? わらわの興味を惹かぬのなら……ここでお終いじゃ」


(何か! 何か! 何かスキルを! ――って、そうだ、忘れていた! 何で今まで忘れていたんだ!?)


 俺は今まで見ないふりをしてきたスキルを思い出した。きっとヤバいスキルだと見て見ぬふりをしてきたものだ。


(そうだ、あのスキルなら? でも……。今は考えている余裕が無い! イチかバチかで使ってみるしかない! それも全部一気にだ!)


「ほれほれ、どうしたのじゃ」

「お、俺は……」

「何じゃ?」

「俺は大切な仲間を守る!」

「ん?」

「俺は皆を守って全員一緒に帰るんだぁああああ!」


 ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥーン!

「くらえ、これが俺の【専業主夫】究極スキルだ!」

【房中術】

【床上手】

【テクニシャン】

【カーマスートラ】

【四十八手】

【やみつきエッチ】

天地創世みとのまぐわい

【感度百倍】

【目眩く世界】


 ズキュゥゥゥゥーン! ズキュゥゥゥゥーン! ズキュズキュズキュゥゥゥゥーン!


「な、なな、なんじゃこれはぁああっ! あひっ! あひぃぃぃぃーん! おっほぉおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺はクロの体を直接触り、例の変な魔法を叩き込んだ。それも九種類同時に。

 クロは何かの衝撃波が突き抜けたように痙攣けいれんし体を跳ねさせる。


「おふっ! あっ! うごっ! おっ! おっ!」


 顔を紅潮させたクロが体をよろけさせた。足元がおぼつかないようだ。


「か、勝ったのか? 俺が……」


 勝ったと思い気を緩めたが、それは早計のようだ。ヨロヨロとしていたクロが、ガシッと地を踏みしめ直立する。


「く、く、くくくっ……面白い。やはりわらわの見立て通りであったな。実に面白い男じゃ」


「な……んだと。ノーダメージなのか? ま、まあ、何のスキルなのか知らないけど」


「くくく、ほほほほ、わらわは世界最強の存在。この世の生きとし生けるものの頂点。森羅万象を統べる者。そのわらわが人族の攻撃で屈するわけがなかろう。ほほほっ、うひぃ!」


 思い切り強がったクロだが、突然よろけて倒れそうになる。膝がガックガクだ。


 ガクガクガクガク――


「い、今のはちょっと眩暈めまいがしただけじゃ! な、何でもないぞ! 何でも……あっ!」


 グラッ!

「危ないっ!」

 ガシッ!

「こ、こら、わらわに触れるでない!」


 クロが俺の方に倒れてきたので思わず抱きしめてしまう。決して下心は無い。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫に決まっておろう! わらわを誰じゃと思うておる!」

「クロさんでは?」

「そ、そうじゃ、今はクロであったな」

「前は違ったのですか?」

「うるさい! どうでも良い! あひっ♡」


 クロが俺の腕の中で体を跳ねさせる。


「やっぱりさっきの攻撃が?」

「ちち、違うと言っておる! おっ♡」

「えっ?」

「こ、こらっ! 変なところを触るな!」

「で、でも……」

「ああっ♡ そなたのせいで発情期になりそうじゃ!」

「ええええっ!?」


 変なところは触っていない。天地神明に誓ってセクハラはしていないはずだ。

 倒れそうなクロを両腕で支えているだけである。


「な、何て恐ろしい男じゃ! そなたは勇者なのか?」

「いえ、ただの冒険者で支援役サポーターです」

「そんな訳なかろう! こんな男は初めてじゃ! ある意味、勇者よりも恐ろしい」


(勇者? 何で俺は勇者と間違われるんだ。ただの地味な男なのに)


「あっ♡ だ、だから変なところを触るでない!」

「背中を支えているだけですが……」

「もうよい! わらわは寝る! 竜族の夜は早いのじゃ!」

「クロさんは竜族だったんですか?」

「うるさいうるさい! はよ、寝所に案内せよ」

「テントしかないですけど……」


 仕方がないのでクロをテントまで運ぶ。最初の威勢は何だったのだろうか。



 クロをテントに寝かせてから戻ると、何故か皆が怒っているようなのだが。

 一部、地面に顔を埋めている女騎士も居るが。


「あれ? 俺は何もやらかしてないはずだけど……」


 何とか極大魔力を持つクロを大人しくさせることに成功したはずなのに、皆の俺を見る目が怖い。


「アキ君っ! 何でキミは次から次へと女を堕とすのかな!?」

「アキっ! あ、あんた恐れを知らないわけ!? バカなの!?」

「アキちゃぁ~ん♡ 超キツいお仕置き決定ね♡」


 三人からお仕置きが決定した瞬間である。


「り、理不尽だぁああああああああああ!」


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