第82話 愉快なパーティー

 破れた絵を直そうとするが元通りには程遠い。いくつか欠片が風で飛ばされたのだろう。


「ごめん……俺が熱くなって飛び出したから……」


 俺の性分なのだろうか。どうしてもイジメの現場を見ると黙っていられない。後で問題になったり損をするのは理解しているはずなのに。


「俺があの騎士を挑発しちゃったからだよな」

「そ、そそ、そんなこと……ありません」


 か細い声で魔族少女が返事する。


 帝国騎士を追っ払ったのは良いものの、そこに残された魔族少女と黒髪の女の件は謎のままである。

 おどおどした態度の少女と不敵な笑みを浮かべる黒髪女の態度が対照的だ。


(えっと、どうしよう? シーラが言ったように、この二人は要注意かもしれない。ここは慎重に行かないと。でも、見た目は悪い人には見えないんだよな)


 とりあえず自己紹介しようと思う。


「あの、俺は冒険者のアキ・ランデルです」

「うひぃ、ぼ、冒険者……。わわ、私、倒されちゃう?」


 ガタガタガタガタガタ――


 冒険者と聞いて少女が怯え始めた。


「ほれ、アルテナよ。よく見るが良い。この男は魔族の仲間を連れておるではないか。それも親密な関係のようじゃ。こやつらは魔族の敵ではないようじゃぞ」


 黒髪の女が口を開いた。何やら古風で特徴的な話し方だ。


「そなた、わらわとアルテナを救うてくれて感謝しておる。礼を言うぞ。まあ、この場合、救われたのはあの帝国騎士の方であるがな」


「はあ、どうも……」

(救われたのが帝国騎士? どういうことだ)


「まあ良い。わらわの名はクロ・・と申す。見知りおくが良い」

「えっ!?」


 黒髪女がクロと名乗った瞬間、隣の魔族少女が驚きの声を上げた。

 しかも二人でコソコソ話を始めている。


「あ、あの、――様、何でクロなんですか?」

「――名は都合悪かろう」

「そそ、そうなんですか?」


 あからさまに怪しい。


「あの……アルテナさんだったかな。これ」


 とりあえず何者なのかは置いておき、少女の持ち物である本と修復した絵を手渡す。元通りには程遠いが。


「あ、あ、ありがと……ごじゃます」

「これは大切な物なんだろ」

「ひっ、そ、それは……」

「人族が皆あんな奴らだと思わないで欲しい。良い人も多いから」

「は、はひ」


 まだ緊張しているアルテナに、同族であるアリアを紹介する。


「こちらはアリア。同じ魔族だよ」


 俺に促されてアリアが前に出る。


「私はアリアね。同じ魔族だから身構えなくても大丈夫よ」

「ま、ママぁああ゛……あっ、すす、ずびません」


 アルテナが挙動不審だ。アリアにママみを求めるのは何となく分かるが。


「ボクはレイティアだ。よろしくね」

「うひぃ、よ、よろしく……」


 レイティアが声をかけるとアルテナが怯んだ。アリアの時とは正反対だ。


「あ、アタシはシーラよ……」

「あひぃ! ハイエルフ怖い! あっ……ずびばせん」


 シーラに対しては極度に怖がっている。ただ、シーラも怖がって俺の背中に隠れているのだが。


「ジールだ。上位竜であるぞ」

「ひぃいいいぃっ! 許してぇ!」

「お、おい……」


 ジールのことはもっと怖いようだ。


 怖がってばかりのアルテナとは違い、クロの方は笑みをたたえながらその光景を見つめている。


「人族と魔族と竜族とハイエルフとな。これは愉快なパーティーであるな。実に興味深い」


 腰まで流れる艶やかな漆黒の髪をかき上げながらクロが言う。心なしか流し目で俺を見ているようだ。


「わらわは空腹であるぞ。夕食を所望じゃ。これ、そこの男よ、食事を用意するがよい」


「えっ、俺ですか?」


「そうじゃ。そなたは面白い男じゃな。気に入ったぞ。はよ食事の用意をするのじゃ。さもなくば……そなたを食うてやるぞ。ほほほ」


(ええええ! 俺、食べられちゃう!? いやいやいや、どういう意味だよ。エッチ……という意味じゃないよな。言葉のままなのか?)


 ぎゅぅぅぅぅーっ!


 クロの食べる発言で、それまで大人しかったアリアの威圧感が増した。俺の手を握っている手に力が入る。


「アキちゃんは私のですから。いつも一緒に寝てるのよ。手を出さないでくれませんか」

「ちょっとアリア! やめなさいって。この女はヤバいわよ」


 クロに突っかかったアリアを、シーラが必死に止めている。


「でも、アキちゃんに色目を使う女は潰しておかないと」

「相手を選びなさいよ。この女は絶対ヤバいわ。アタシの勘がそう言ってるの」

「でも、魔族じゃなさそうよ」


 アリアが言うようにクロの頭にはツノがない。ただ、魔族といっても様々な種族がいるので、全てにツノがあるとは限らないのだが。


(確かに怪しいけど、こちらに敵意を向けてはいないようだ。ここは二人に魔族領域の内情を聞いてみようかな。魔王と黒竜王の調査もしないとならないし。現地民の二人なら知ってるかもしれないぞ)


 俺のスキルで料理を振る舞いながら情報を聞き出す作戦に決めた。


「では、あそこにちょうど良い感じの場所があるので野営にしましょう。もう暗くなってきましたし」

「うむ、食事も出るのじゃな」

「はい」


 こうして俺たちは、知り合ったばかりの魔族と野営することになった。


 ◆ ◇ ◆




 そしてこの有様である。


「はむっ、はむっ……こ、これは美味じゃな。こんな美味い料理は初めてじゃ。いったいどんな魔法を使っておるのじゃ」


 優美な印象だったクロが、まるで腹ペコヒロインのようにガツガツとかっくらっている。これは予想外だ。


「もぐもぐ……お、美味しい。こんな美味しい料理は食べたことがないです」


 アルテナの箸も進んでいる。


「おかわりも有るのでどうぞ」


 そっと二人の前に黄金色に輝く丼を差し出す。


 鶏肉とタマネギを炒めて卵でとじた料理だ。熱々のご飯の上に乗せたそれは、トロッとした半熟卵が絡み食欲を誘う湯気と香りを漂わせている。

 鶏肉と卵を使っているのでオヤコドンと命名しよう。


「うむ、頂こう。しかしそなた、珍しいスキルを所持しておるな。料理を生み出すスキルなど初めて見たぞ。この男……欲しいな。そなた、わらわの下僕にならぬか?」


 美しく透き通るような声で俺を真っ直ぐに見たクロがそう言った。


「すみません。俺には大切な仲間がいますので、クロさんの下僕にはなれません」


「それは残念じゃの。わらわに従えば巨万の富と絶対的な権力を手に入れられるというのに。欲しくはないのか? 人の命は短いぞ。わらわの料理番になって酒池肉林で暖衣飽食を極めれば良かろう」


(クロは何を言っているんだ? 下僕? 巨万の富? 絶対的な権力? やはり只者じゃないのか?)


 一度は引き下がったクロだが、その後のジールの言葉で雰囲気は一変する。


「この男は東海青竜王ゲリュオン様の姫君と結婚が決まっておる。ここにおわすレイティア様だ。そして、わ、私も側室に――」

「なんじゃと!! ゲリュオンじゃと!」


 ズドォオオオオオオオオーン!


「きゃあっ!」


 一瞬だけクロの魔力が爆発的に強まり、それと同時に俺の後ろに隠れているシーラが悲鳴を発した。


「ややや、ヤバいわよ! アキっ! やっぱりクロは只者じゃないわ!」

「お、落ち着こう、まだ敵と決まったわけじゃない」

「アタシは落ち着いてるわよ。むしろアキがやらかしそうなんだけど」

「大丈夫だ、お、落ち着け俺ぇ!」


 シーラと二人であたふたしていると、いつの間にかクロが手の届く範囲まで近寄っていた。


「そなたら、ゲリュオンの手の者であったか?」


 艶めかしい程に白く妖しいクロの顔に、赤く光る瞳が俺を捕らえて離さない。

 俺たちは知らぬ間にクロの地雷を踏んでいたようだ。






 ――――――――――――――――


 何か怪しいクロさんの逆鱗に触れたアキたち一行?

 ここはやらかさないよう気を付けないと。


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