第76話 心の傷を癒すピーナッツクリーム
ちびっこメイドが家に来て最初の仕事は昼食の準備だ。ノワールとミミが二人仲良く料理をしている。
トントントン――
少しお姉さんのノワールがミミに教えながら包丁で野菜を切っているようだ。
「ミミちゃんは危ないからタマネギの皮をむいてね」
「はい、ノワールちゃん」
「えっと、確かこうやって炒めて……」
モクモクモク――
「ノワールちゃん、お鍋から煙が出てきたの」
「あれっ、おかしいな? これで合ってるはずなのに」
「けほけほけほ、煙いの」
「ああぁ、お鍋が真っ黒に! これ何の火炎魔法?」
料理は失敗し黒焦げになってしまった。それは魔法ではない。
「ううっ、ごめんなさい……」
「ごめんなの……」
二人で俺の前にちょこんと並んで頭を下げている。自信満々に始めたはずが失敗してしまったようだ。
「料理は俺がするから大丈夫だよ。ほ、ほら、他にも掃除とか。そうだ、掃除を頼もうかな」
元気の無い二人を励まそうと掃除を頼んでみた。
「掃除なら得意です。アキ様」
「ミミもやってみるの」
今度は掃除を始めた。ミミが水の入ったバケツを運んでいるが、小さな体でヨロヨロして危なっかしい。
バシャァーン!
「きゃあっ!」
「ご、ごめんなの、ノワールちゃん」
ひっくり返したバケツがノワールの方に飛び、転んだミミと二人でビチョビチョになってしまう。
「ううっごめんなさい……」
「ごめんなの……」
再び二人で俺の前にちょこんと並び頭を下げている。
(どどど、どうしよう! 失敗して自信を失っちゃったけど。小さな子への対応とか慣れてないから分からないぞ。この場合どうすれば良いんだぁああ!)
「こんなはずじゃなかったのに……」
「ううっ、うわぁああああぁん」
とうとう泣き出してしまった。
「うわわわっ、泣かないで。そ、そうだ、もうお昼だから食事にしよう。特別に甘いパンケーキにしようか」
パンケーキというワードに、ノワールの瞳が輝きだす。
「パンケーキですか! 私、憧れてたんです。そんな高価なお菓子は食べたことがなくて」
泣いていたミミも、何やら美味しそうなパンケーキの話で泣き止んだ。
「それ、美味しそうなの」
前にスイーツを食べに行った時にレシピは研究済みだ。俺のスキルでチョチョイのチョイである。
「スキル、専業主夫! 創成式再現魔法術式展開!」
ギュワァアアアアアアーン!
俺の中で浮かんだレシピをアレンジしてゆく。パンケーキは通常より厚くふわふわに。その上にはとろけたバターとピーナッツクリームをたっぷり乗せる。
「完成だ。ふわふわ二段重ねパンケーキたっぷりピーナッツクリームスペシャルだ。一緒にハチミツ入りのホットミルクだよ」
ホカホカホカ――
プルプルと揺れるくらい柔らかくふわふわのパンケーキを見たノワールとミミの目が輝いた。
「うわぁ、こんなの見たこと無いです。凄い」
「美味しそうなの。ミミ、初めて食べるの」
良かった。喜んでくれたようだ。
「いただきますなの。はふはふ」
ミミはフォークを下手持ちで握って食べている。ちょっと不器用な食べ方が微笑ましい。
「あ、ありがとうございます。アキ様。でも、料理を生み出すスキルだなんて凄いです」
感激しているノワールが手を伸ばした時、それは起きた。
ガシャァーン!
「きゃっ」
慌てたノワールが手を引っかけてしまい、パンケーキが床に落ち無残な形になってしまった。きっと、スキルで料理を生み出した驚きや、初めて食べる高価なお菓子で興奮していたのだろう。
「ノワールちゃん?」
「あ、あああ、ああ、あの……」
ノワールの様子が変だ。急にオドオドと震え始め、顔が恐怖で引き攣っている。
「も、申し訳ございません、申し訳ございません」
何度も何度もノワールが頭を下げる。
(これは……もしかして辺境伯にされた暴力のフラッシュバックなのか? きっとそうだ、度重なる虐待でノワールの心が……。くそっ、アレクシスのクズめ! こんな小さな子に。何としても俺が彼女の心を癒してあげないと)
大人びた表情や小悪魔的仕草で誤解していたが、ノワールはまだ子供なのだ。あんな領主のところで酷い扱いを受けていたのだから心に傷をもたぬはずがない。
「大丈夫だよ。怪我はない? ほら、俺のパンケーキを食べれば良いから」
俺の皿をノワールの前に持ってゆく。
「あっ、アキ様……」
「ここでは何も怖がることは無いから。誰もノワールを叱ったりしないよ」
「ううっ、うううっ……アキ様」
ノワールは泣きながらパンケーキを口に運ぶ。涙で顔をくしゃくしゃにしながら、張り詰めていた雰囲気を緩めて笑顔になった。
「はふ、おいひいれす」
これには一部始終をオロオロしながら見ていたレイティアも、ホッと胸を撫で下ろした。
「ふうっ、一時はどうなるかと心配したけど良かった。でも、アキ君って女の子の扱いが上手いような?」
「そ、そんなことは無いぞ。俺は非モテだし」
俺が女の扱いが上手いだなんてありえない。むしろセクハラしないよう気を付けているくらいだ。
「もう、しょうがないわね。手がかかるメイドなんだから」
文句を言いながらもアリアが落ちた皿を片付けている。その顔はまるで妹を世話する姉のようだ。
「まっ、一件落着ね」
シーラが腰に手を当て胸を張った。それは何のポーズだ。
「一時はシーラが『ロリヒロインの座を奪われる』って騒いでたのにな」
「そ、それを言うんじゃないわよ!」
「安心しろ、シーラはお姉さんヒロインだろ?」
「そうよ、アタシはお姉さんなんだからね」
ドヤ顔で胸を張るシーラが面白い。もう少しおだてておこう。
俺はシーラの頭をナデナデする。
「ほら、シーラちゃん偉い偉い」
「ふへぇ♡ って、こらぁ! それ敬ってないから」
盛り上がっている食堂に、庭で剣の鍛錬をしていたジールが戻ってきた。
「何だ何だ、何の騒ぎだ」
テーブルの上で美味しそうなビジュアルと香ばしいバターとピーナッツの匂いを発しているモノに気付いたようだ。
「これは美味そうな食べ物だな。私の分はどこだ?」
ジールがテーブルの上を見回す。
(あっ、ヤベっ! ジールの分を素で忘れてたぞ。この女騎士が
「お、おい、まさか私の分は無いのか? くっ、貴様ぁ」
「待て待て、ジールの分は有るぞ。ほら」
困った俺は、床に落ちて潰れたパンケーキが入ったバケツを差し出す。メチャメチャに潰れた残飯……というより完全にゴミだ。
「うひぃ……こ、こんな屈辱は初めてだ。おっ、おほっ、この誇り高き上位竜の私に、バケツに入った残飯を食わせるとは……。んひっ、な、なんて鬼畜な男なんだぁああ!」
冗談だったのにジールが本気にしている。ちょっとだけオホっているのは何なのだ。
これでは子供たちの教育に悪い。
「やっぱヤメだ。子供の教育に悪い女に食わせるパンケーキは無ぇ」
「くはぁ! 貴様ぁ、またおあずけプレイか!」
「いや、さすがにこれを食べさせるのは悪いから」
「そ、そのバケツで構わないぞ! もっともっとキツくしてくれ」
「うわっ、ヘンタイだー」
おかしい。どんどんジールがドM女騎士になってゆく。こんなはずではなかったのに。
もう返品したい。
――――――――――――――――
解せぬ。ジールの様子がどんどんおかしくなるぞ。
でもノワールとミミが幸せなら良しとしよう。
次回から新たなクエストに向け動き出します。
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