第3章 北方領域

第74話 新しい屋敷でも寝かせてもらえない

「これが国王陛下から下賜かしされた新しい屋敷か」


 前の狭い家とは違った広々とした間取りを見て俺はつぶやく。


「ううっ、あの借金返済に追われていた俺たち閃光姫ライトニングプリンセスが、まさかこんな大きな屋敷で暮らせることになるなんて」


 夢にまで見た自分の部屋、自分のベッド、その全てが備わっている。毎晩のようにエチエチお姉さんから夜這いをされる日々とは、もうおさらばだ。


 これでやっと、ゆっくり寝かせてもらえる。


 どうしてこんな急展開になったかと言えば……。それは重要クエストを終えグロスフォードから帰還した俺たちが、結果を報告する為に王城に参上した時にさかのぼる――――



 王城の応接室で気難しい顔をした貴族から『国王陛下が直に褒美を遣わしたい』という話をされ、訳も分からぬまま後をついて行く。


 国家冒険者の称号を賜った時と同じ玉座の間に通され、笑みをたたえた国王エゼルリード・ガウザー陛下から礼を言われた。


「此度の働き、実に見事であった。辺境伯の奴隷売買の証拠を暴くばかりか、麻薬の密売まで阻止した功績、期待以上の働きである」


 威厳のある声で陛下がそう述べると、横から山のように積まれた金貨が出てきた。


「国家冒険者閃光姫ライトニングプリンセスに褒美を遣わす。金貨3500枚と邸宅を下賜かしすることとする」


 ででーん!

【成功報酬 金貨3500枚】

【下賜品 邸宅】


 予想以上の豪華な報酬に、皆のテンションもぶち上がってしまう。


「あああ、アキ君、凄い金貨の山だよ。ボクたちお金持ちに」


 レイティアの手が震える。こんな金貨の山を見たのだから仕方がない。


「アキっ、どうすんのこれ! アタシたちフゴォ、富豪よ」


 シーラも慌てている。富豪という言葉を噛むくらいに。ピョコピョコする動きが可愛らしいから良しだ。


「私は狭い家でも広い家でも、アキちゃんと一緒なら構わないわよ♡ もちろんいっぱい愛してもらうからぁ♡」


 アリアはブレない。むしろそのブレなさが怖い。


「ま、待て皆、陛下の御前だぞ。ああっ、でもこれで俺の部屋が……」


 皆を抑えようとするが、俺も本音が漏れてしまう。

 そんな俺たちに、陛下は笑って話を振るのだった。


「して、東海青竜王の住まう聖域の情報はどうなのじゃ」


 ビクッ!


 その陛下の言葉で思い出した。いや、今まで忘れていたのがおかしいのだが。


(ししし、しまったぁああああ! ジールを放置したまま置いてけぼりにしてきたぁああ! しかも魔王の件や北海黒竜王の件も完全に忘れてたぞ!)


「どうしたのじゃ? 聖域も調べたのであろう。話すが良い」


 高額報酬を貰ってしまっただけに、このまま無かったことでは済ませられない。俺は冷や汗を垂らしながら顔を陛下に向けた。


「ええ……魔物スタンピードの件ですが、東海青竜王ゲリュオンは関りが無いと申していました」


「「「おおおーっ!」」」


 ゲリュオンの名を出しただけで室内に動揺が走った。最強の竜王と会って話をしたのだから当然だろう。


「そして……スタンピードの原因は北方領域が原因であると……」

「なんじゃと!」


 北方領域の名を出したところで、陛下の顔色が変わった。


 この国の北部と国境を接する領域には、いまだ魔王を信奉する強硬派魔族が住んでいるのだ。ここ百年、表立って軍事侵攻は無いのだが、良からぬ噂が絶えないのである。


「新たな魔王が出現したのが原因だとゲリュオンは申しておりました。そして、その魔王に北海黒竜王エキドナも関わっておると」


 ザワザワザワザワザワザワ――

「な、なんだと!」

「魔王復活だと!」

「ま、まさか、百年前の戦いが再び……」

「そもそも黒竜王まで加担しておるのなら人類に勝ち目はないぞ!」


 その場にいる貴族たちまで騒ぎ始め、室内は騒然となる。


(ま、マズい……。俺の話で世界大戦になりそうな勢いだぞ。まだ魔王が敵対すると決まった訳じゃないのに。ここは俺が小粋なジョークで場を和ませようか?)


「陛下、魔王復活など大したことではありません。何より黒竜王が四海竜王の誓約を破り魔王に加担しているのなら、他の竜王が黙っておりません。つまり、竜王大戦勃発で世界滅亡ですな。リューオーでメツボーなんつって。はっはっは……はは……あれっ?」


 完全にスベった。小粋なジョークのつもりが、俺の話を真に受けた陛下や貴族が深刻な表情になってしまう。

 そもそも陛下の前でジョークなど不敬なのだが。


(し、しまった。また俺やらかした?)


『アキ君っ!』

『こら、アキっ!』

『アキちゃん♡ オシオキ・・・・


 皆の目が『やらかしまくりよ!』と言っている気がする。


「うぉほん」


 陛下が一つ咳払いをする。


「これは由々しき事態であるな。百年前に終結した千年戦争が再び勃発するやもしれぬ。それどころか、四柱の竜王まで争うとならば、世界滅亡の危機である。何としても戦争を回避せねばならぬ」


 エゼルリード陛下は俺に目力のこもった視線を向ける。


「国家冒険者アキとパーティー閃光姫ライトニングプリンセスよ、国王エゼルリードの名において重要クエストを命じる。北方領域に赴き魔王と黒竜王の動きを調査せよ」


 ガァアアアアアアーン!


「えっ、あの……それは……」


 俺の反応を見たエゼルリード陛下が家臣に訊ねた。


「はて、グロスフォードで焼失した金貨や資産の総額がいくらであったかな?」

「陛下、総額で金貨320万枚であります」


 家臣が答えた数字で血の気が引く。


 パンが一つで銅貨1枚だ。銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。そう考えれば、金貨320万枚がどれだけ巨額か解るだろう。


「えっと……まさか……」


 ちょっと冗談めかして陛下がつぶやく。


「あー、素晴らしい功績であるからして、焼失した分は咎めぬ予定であったのだが……。クエストをこなせぬのであれば」

「やります! 重要クエストやらせていただきます」


 こうして俺たちのスローライフの夢は打ち壊された。


(くっ、やっぱり行かなきゃならんのか。まあ、ゲリュオンと約束しちゃったから、どのみち行かなきゃならないけど)


 国軍を動かしては戦争の引き金に成りかねないという理由から、俺たち冒険者に依頼するのだろう。


 勇者に成りたい訳じゃないのに、どうして次々と危険な依頼が来てしまうのか。

 俺たちは心裏腹にうやうやしく頭を下げるのだった――――




 回想から戻った俺は、広い自分の部屋を見つめる。まるで下級貴族の屋敷のようだ。


 荘厳な領主屋敷とは比べ物にならないが、それでも左右対称となっている堅牢な造りの邸宅には、いくつもの部屋と食堂や居間パーラーや召使部屋まである。


「とりあえず準備か。強硬派魔族の住む北方領域は強力な魔物も多いと聞くからな。武器の強化とレベル上げを……って、おい」


 あれこれと計画を立てていると、何やら廊下が騒がしい。部屋から顔を出すと、そこにはベッドを引きずったレイティアの姿があった。


「あっ、アキ君、ちょっと手伝ってよ。ベッドを部屋に入れるから」


 何がどうしたらこうなるのか? レイティアは自分のベッドを俺の部屋に運び込もうとしているようだ。


「えっと、レイティアさん?」

「お姉ちゃんだぞ」

「じゃなくて、何でベッドを運んでるんだ? 部屋ならたくさん有るぞ」

「そんなの決まってるだろ。ぼ、ボクとアキ君は夜も一緒なんだから♡ はうぅ♡」


 そんな綺麗な顔で『はうぅ♡』とか言われても。せっかく手に入れた俺の部屋が……。


 ガタガタガタガタ――


 悪い予感がして音のする方を向くと、そこには同じくベッドを運ぼうとしているアリアとシーラの姿があった。


「アキちゃん、手伝ってぇ♡ ほらぁ、アキちゃんは毎晩私をギュッて抱きしめて禁断症状を癒す義務があるでしょ。夫婦なんだからぁ♡」


「こらぁ、アキっ! アタシを差し置いてエッチなんかさせないんだからね! す、するならアタシに……って、何でも無いしぃ!」


 どうやら新しい家でも寝かせてくれないようだ。あの狭い借家住まいと同じように、毎晩の添い寝が義務らしい。


「ど、どうしてこうなった。やっぱり俺はやらかしているのか?」






 ――――――――――――――――


 無意識にやらかすアキのせいで王国の危機管理が急上昇したり添い寝の頻度も急上昇したり。

 これは責任をとってイチャコラされるしかないですね。


 ますます危険なクエストを受ける羽目になったアキと彼女たちは、果たしてどうなるのか?

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