第72話 面白い男

 目を覚ますと、そこは大きくふかふかのベッドだった。ちょっと豪華な知らない天井が見える。


「こ、ここは……ん?」


 違和感を覚え体を確認しようとするが、何故か重くて動かせない。


「お、おい、重い……。何だこれは?」


 何事かと戸惑っていると、ベッドの中からシーラがヒョコっと顔を出した。


「あっ、目が覚めたのね、アキっ!」

「ちょっと待て、何で俺の上に乗ってるんだ?」

「添い寝に決まってるでしょ。心配したんだからね」


 まるで朝食にお茶を飲むかのように、さも当然とばかりにシーラは言う。もう添い寝が当たり前なのか。


 記憶の糸を辿ってみると、確か城で大暴れしてから気を失ったのを思い出す。


「そうだ、俺は特級魔法のデメリットや色々なダメージの蓄積で倒れたんだ……」


 周囲を見回してからシーラと目が合う。


「そ、そろそろどいてくれないか? その、上に乗られてると……俺も男だから」


 そこに乗られていると非常にマズい。体の変化に気付かれたら恥ずかしいのだ。


「何よアキったら、アタシと添い寝したら不都合でもあるわけ?」

「だ、だから、俺も男なんだって。可愛い女子と密着したら……」

「へっへーん♡ アタシで興奮しちゃうんだ?」


 イタズラな顔になったシーラが挑発してくる。本人はお姉さんのつもりみたいだが、どう見ても生意気な妹キャラにしか見えない。


「良いから早くどいてくれ」

「こ、このまま初体験……しちゃう?」

「は?」


 聞き間違いだろうか? シーラがエッチなことを言っている気がする。


「あっ、ち、違うから! 今のは言い間違い」

「そうなのか?」

「臨死体験してみるって言ったの!」

「怖えよ!」


 モゾモゾモゾ――


 その時、更にベッドの中から何かが動く気配がした。


「もしかして、他のメンバーも……」


 最初からおかしいと思っていたのだ。腕も足も重くて全く動かせないのだから。乗っているのはシーラだけではないのではと。


「あふぅ♡ アキちゃぁん♡」

「アキ君っ♡ もうらめぇ♡」


 布団が捲れると、そこにはアリアとレイティアの姿があった。両側からガッチリと俺をホールドしている。


「おい、起きろ、レイティア! アリアお姉さんも起きてぇ!」

「もう食べられないよぉ、アキくぅん♡」

「はぁい、アキちゃんの初めては私がぁ♡」


 二人とも寝惚けている。


「おい、シーラ、二人を何とかしてくれ」

「この子たちも心配してたのよ。人肌で温めて介抱するって」

「人肌は関係無いから!」


 ムッチリ健康的なレイティアと、柔らかセクシーボディのアリアに裸で温められたら大変なことになりそうだ。


「アキが寝ている隙に二人がエッチなことしようとしてたから、アタシが必死に止めてたのよ。感謝しなさいよね」


 とんでもない事実を聞かされた。

 これからは睡眠時も貞操の危機かもしれない。


「という訳で、アキ……やっぱり……する?」

「むにゃ、アキ君のハンバーグいただきまーす」

「ほぉら♡ アキちゃん、お仕置きの足攻めよぉ♡」


 やっぱり壊れ気味のシーラと、俺を食べ物と勘違いしているレイティアと、何故かムレムレの足を俺の顔に置こうとするアリアが、同時に襲い掛かってきた。

 もう、寝ぼけているレベルじゃねーぞ。


 コンコンコン!


 俺の聖剣自主規制が限界を迎えようとしたその時、ドアがノックされゾロゾロとジェフリーと御付きの女冒険者が入ってきた。


「目を覚ましたようだね、俺のライバルで未来の勇者候補アキ……って! お楽しみの最中だったのかいっ! 発情期フォォォォーっ!」


 バッチリ見られてしまった。


 ベッドに押さえつけられた俺に、キス顔のシーラが抱きついている場面と、レイティアが首筋をカプっとしている場面と、アリアに顔を踏まれている場面を。


「うわっ、不潔……」

「ド変態?」

「はいはい、サイテーですね」


 御付きの女たちからゴミを見るような視線を向けられた。ある意味ご褒美かもしれない。俺はドMじゃないのだが。


「お、俺は変態じゃねぇええええええええ!」


 ◆ ◇ ◆




 やっと誤解が解けたところでジェフリーから説明を受けている。ただ、御付きの女たちには誤解されたままの気がするのだが。


 倒れた俺はジェフリーの用意したお高い宿屋に運ばれたらしい。どうしても自分がやると主張したレイティアが俺を肩に担ぎ、そのムッチリした胸に顔を埋めたまま。

 前にも何度か同じシチュエーションが有った気がする。



「――と、いう訳で辺境伯の悪事は全て国王陛下に報告されることになったよ。勿論、その悪事を暴いた功績はキミにあるのだと伝えたから安心してくれたまえ」


 ジェフリーの話はこうだ。


 元々グロスフォード辺境伯の悪事の噂は国王やウィンラスター公爵の間にも届いていたらしい。

 魔物のスタンピードや竜族の不穏な動きもあり、剣の腕に覚えのあるジョージ閣下が身分を隠しジェフリーとして潜入調査することになる。


 同時に、俺たち閃光姫ライトニングプリンセスも重要クエストを受注させ、グロスフォードの内情を探らせたという訳だ。

 まさか、俺たちが大暴れして辺境伯の悪事を暴くとは思っていなかったようなのだが。


「はっはっは、まさか念のため送り込んだ冒険者が、辺境伯の奴隷密売組織を壊滅させ、大量の麻薬を燃やし尽くし、屋敷の宝物庫を消滅させるとは思わなかったよ。凄いね、君は! フォォォー!」


 ジェフリーは本気で感心しているみたいだ。


「えっと、宝物庫を消滅……まさか弁償とかないよな。てか、麻薬を燃やしたのは初耳なのだが」


 次々と出てくる悪事の数々には呆れてしまう。


「あんな辺境伯だけど、領地経営の才覚だけはあったみたいなんだよね。彼が領主を継いでからは、莫大な利益を生み出していたようなんだよ。勿論、違法な奴隷売買や麻薬密売に手を出しているのはアウトなんだけどね」


 ジェフリーの話に俺は口を挟む。


「確かに領地は豊かになったかもしれない。でも、それは弱者の命を踏みにじって作った金だろ。それに、孤児院の支援も打ち切ったと聞いたぜ。弱者を見捨てて富を独占する領主など俺は認めない。上に立つ者、高貴な家柄の者ならば、それ相応の責任ノブレスオブリージュがあるはずだ」


 綺麗事だけで政治はできないかもしれない。国や領地を運営するには、時には残酷な選択を迫られたり人には言えない闇の部分もあるのだろう。

 それでも、俺は弱者を見捨てるような領主など認めない。


「ほう……」


 一瞬だけジェフリーの顔が変わった。いつものキザですかした顔ではない真面目な表情に。


「やっぱりキミは面白い。キミのような人間が上に立てば、きっとより良い世界になるのかもしれないな」

「何の話だ?」


 俺の質問にジェフリーは答えなかった。


「そう言えば、辺境伯夫妻は厳しい罰を受けるはずだよ。今は牢屋に繋がれているね」

「そうか、自業自得だな」

「それからグランサーガ男爵家の名誉回復もする予定だよ」


 ジェフリーの話を聞いたレイティアが、決意を固めたような顔になった。


「ボクは貴族になるつもりはないよ。アキ君と一緒に冒険者をするんだ」

「レイティア?」

「ママの誤解が解けて、お爺ちゃんお婆ちゃんの名誉が回復すれば、ボクはそれで良いんだ」


 レイティアの話にジェフリーが頷く。


「分かった。必ず名誉回復だけは約束しよう」


 そこでジェフリーの視線が俺に移った。


「地方貴族になるより、愛しい勇者候補と添い遂げる方がロマンがあると言うものさっ! フォォー!」

「おい、誰が勇者候補だ」


 ジェフリーが余計なことを言うものだから、俺を掴むアリアとシーラの手に力が入ってしまう。


「アキちゃん♡ 私と結婚してくれるのよね?」

「アキっ! アタシに熱々キスしたの忘れるんじゃないわよ!」


 嫉妬で圧が強まったメンバーに囲まれ、俺の専業主夫ハーレム生活が、ますます波乱に満ち溢れる気がする。

 そして、様々な問題や助けた幼女の存在を、この時の俺はすっかり忘れていた。


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