第71話 怒りの鉄拳
思わぬ人物により生じた隙に、俺はとんでもない提案をした。
「アキ君っ、ボクの剣で撃ったらアキ君が……」
レイティアは戸惑った顔で俺を見る。
「大丈夫だ、俺の体は防御力が高く耐えられるはずだ」
「で、でも……」
本当は大丈夫ではない。特級魔法の副作用で急激なステータス低下が起きている。
しかし、やるなら今しかない。
「レイティア、俺を信じてくれ」
「アキ君」
レイティアが覚悟を決めた顔で頷く。
「うん、分かった」
「
一応、剣の平面で撃つように言っておく。俺の体が真っ二つになったら洒落にならん。
ガシッ!
レイティアが
「行くよ、アキ君っ! どりゃぁああああ!」
「おう、来い!」
ズザァァァァ! ガンッ!
「
ガキィィィィィィーン!
「うおおおおおおっ! 耐えろ俺ぇええええええ!」
腰の入ったレイティアのスイングを両足で受け、その勢いのままに空を飛ぶ。屋敷のテラスまで一直線に
「幼気な少女を虐待するクズは許さぁああああーん!」
シュバァアアアアアアアアアア!
「ななな、何だ、この男はぁああああ!」
「ぎゃああああ! ですわぁああああ!」
ズガァァァァーン! ドォォォォーン! バチィィィィーン!
勢いが付いたままアレクシスの顔面に蹴りを叩き込む。奴の顔を踏み台にして空中で一回転し、返す刀でアマンダに強烈ビンタをかました。
「グベボぉがぁアアアアーっ!」
「ぎゃあっ! 痛いですわぁああああーっ!」
ズダンッ! ゴロゴロゴロ! ドガァーン!
シュタッ!
最後にメイド少女をお姫様抱っこしながらテラスに着地する。
「大丈夫か、お嬢ちゃん?」
「は、はひぃ♡ お、お兄さんカッコいい」
「顔に傷が……。安心して、すぐ治してやるからな」
すぐに
「よし、綺麗に治ったよ」
「ううっ、えぐっ、ぐすっ……」
少女が泣き出してしまった。
「どうしたの? 何処か痛むのかな?」
「ち、違うんです。ぐすっ、ほ、本当に助けに来てくれた」
「えっ?」
「自らの危険も顧みず、何の見返りもなく弱き者を救う人……。もしかして勇者ですか?」
魔族少女まで俺を勇者と勘違いしている。
「俺は勇者じゃないよ。ただの
「伝説の勇者……その昔、魔族とは敵だったけど。新たな勇者は魔族まで救ってくれる……」
やっぱり勘違いしている。俺は勇者なんて言われる程の大した人間じゃない。ただ好きな人を守りたいだけの、世界の行く末など興味がない男だ。
でも少女が夢見ているのだから壊さない方が良いだろう。
俺は否定せずスルーしておいた。
「ぐがぁああああ! ゆ、許さん、許さんぞ!」
無様に転がっていたアレクシスが立ち上がった。蹴られた顔面を腫らしながら。
「き、貴様ぁ! 上級貴族に狼藉を働き、ただで済むと思っておるのではあるまいな!」
「おい、あんたは子供の誘拐と奴隷売買の証拠が有るんだ。国王陛下に処罰されるぞ」
「がはははっ! 国王がどうした! そんな証拠など握り潰してやる!」
事ここに至っても、アレクシスは全く反省していない。俺は怒りで震える体を抑えながら言葉を紡ぐ。
「俺はただの冒険者だがな、子供を虐待するクズに従う気は全く無い! 例えお尋ね者になったとしても、国王陛下が俺を信じてくれなくても……俺は、俺の信じる道を進む! 目の前で泣く子供を無視するなど有り得ないんだぁああああ!」
「ぐははっ! 貴様は終わりだ! 貴様は我を怒らせた! このまま生きて領内を出られると思うなよ! ぐひゃひゃひゃ! 我はグロスフォード辺境伯アレクシス・バールデン、絶大な権力を持つ上級貴族よ! ぐはははっ!」
「それはどうかな!?」
その時、再びキザですかした感じの声がした。
俺は、その声の主の方に顔を向ける。
「ジェフリー、あんたは一体何者なんだ?」
屋敷の階段を上って来たのだろうか。部屋からテラスにジェフリーが出てきた。御付きの女やレイティアたちも勢揃いしている。
「俺かい? 俺は未来の勇者候補ジェフリー、S級冒険者ジェフリー!」
キリッとイケメンのキメ顔が少々イラっとするが、そのポーズは何故か優雅ですらある。
「きき、貴様ぁ! この上級貴族の我に歯向かう気か、冒険者風情の若造が! グギギギギっ!」
ジェフリーにも怒りを向けるアレクシスだが、次の彼の言葉で思いもよらぬ展開になった。
「グロスフォード辺境伯閣下、私はウィンラスター公爵家三男、ジョージ・バートランドであります」
「「「なっ!」」」
そこに居る全ての者が驚愕の表情になる。ジェフリーの御付きの三人だけを除いてだが。
「ウィンラスター公爵ヘンリー・バートランドの委任を受け、閣下の疑惑を潜入調査しておりました。この変装したS級冒険者ジェフリーとは世を忍ぶ仮の姿!」
ジェフリー……いや、公爵子息ジョージのセリフに合わせて、御付きの女が紋章を掲げた。
「静まれ! この紋所が目に入らぬか! 王家に次ぐ威光を誇るウィンラスター公爵家の紋章である!」
「ここにおわすお方は公爵閣下の委任を受けた全権代理ジョージ閣下。すなわち、この場での最大権威者である!」
「はいはい、頭が高い。控えおろう」
ちょっと芝居がかった口調で、御付きの女たちが言う。演劇みたいでノリノリだ。
「ぐっ、な、なんだと……。そ、そんなバカな……」
アレクシスがガックリと膝をついた。
「ははぁああ……って、ちょっと待て! つい俺まで頭下げちゃったけど、ジェフリーって公爵子息だったのか!?」
本当だったらタメ口など聞けるはずもないのだが、ジェフリーは気さくに返してくれる。
「未来の勇者候補アキ、今まで騙していて済まなかったね! フォォーッ! キミの活躍は全て俺が見させてもらったよ。あっ、因みにキミたちは今まで通りジェフリーと呼んでくれたまえ」
「えっ、ええっ、ジェフリーが身分を隠して旅をする公爵子息で、世直し旅をする絹糸問屋のご隠居……って、それは人気演劇か。俺は何を言ってるんだ? 混乱しているのか?」
「ふふっ、やっぱりキミは凄いな、アキ。魔物のスタンピードを止めるだけでなく、辺境伯の悪事を暴き、奴隷密売施設を摘発し、こうして城まで落としてしまった。悔しいが、今回もキミの勝ちだよ」
やれやれと言った顔のジェフリーが両手を開き、辺境伯を逮捕するように俺を促す。
「お、おう、辺境伯アレクシス・バールデン、少女密売の罪は許されざる蛮行だ! 神妙にお縄につけ! い、一度言ってみたかったんだ」
ぐぬぬぬぬぬぬ!
「もはやこれまで! 死ねぇええええ!」
アレクシスはナイフを手に取り俺に突進する。
バシィィィィーン!
「ぐはああぁっ!」
ステータス下降しボロボロの俺でも、運動不足気味の上級貴族なら余裕で勝てる。
ナイフを持った手を捻じり顔面にパンチを叩き込んだ。
(そうだ、こいつらはレイティアの仇なんだ。もう何発か殴っとこ)
「こら、暴れるな! 悪党めっ!」
バシッ! バシッ! バシッ! バシッ! バシッ!
「ぐはぁ! あ、暴れておらん! ゲボォ! 痛いっ!」
「まだ懲りないのか! このっ、このっ!」
「ぐばぼぇ! わ、我は上級……ゲボバぁ!」
ついでに横にいるアマンダのケツも殴っておく。
「この悪役貴族め! 悪女はお仕置だ!」
バシィィーン! バシィィーン!
「痛いですわぁーっ! ぎゃぁああああ!」
「謝れ! レイティアに謝れ! イレーネさんに謝れ!」
バシィィーン! バシィィーン!
アマンダは涙で顔をグチャグチャにして泣き叫ぶ。
「ああああぁああっ! わたくしは悪くないですわ! イレーネがアレクシス様に色目を使うから!」
バシィィーン! バシィィーン!
「本当のことを言え! イレーネさんの名誉の為にも!」
「あはぁああああぁん! 痛いですわぁ! ごめんなさぁあぁぁい!」
「言う気になったか!? 言わないとケツが二つに割れるぞ!」
「言います言います! 言うから許してくださいましぃい!」
アマンダは観念した。
「本当はイレーネに嫉妬していたのですわぁああ! わたくしより美人で人気があって。だから嘘をついて失脚させたのですぅ! わぁああああぁん!」
アマンダは全て暴露した。この件は領内に広報して、イレーネさんやグランサーガ男爵家の名誉を回復させる手筈にしよう。
俺の容赦ないパンチ&ビンタで、ボコボコになったアレクシスとケツが二つに割れた(元から二つなのでセーフ)アマンダが気絶し床に転がる。
「未来の勇者候補アキ、これにて一件落着だねっ! フォォォォーっ!」
ジェフリーが変なキメボーズをする。俺のイカした
「これで、一件落着か……」
「アキ君っ♡」
レイティアが抱きついてきた。
「ありがとうアキ君っ♡ ボクの為に……」
「言ったろ、俺は大好きな
「アキ君……ううっ♡ す、すきぃ♡」
そこで俺は強烈な
グラッ!
「あぁ……特級魔法と体のダメージによる……限界が……」
バタッ!
俺の意識が暗転し床が近くなる。冷たい大理石の感触と、何度も俺の名を呼ぶ皆の声が聞こえていた。
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