第54話 我慢の限界
さっきまでのイチャイチャムードは吹き飛んでしまい、俺たちは無言にになってしまう。
黙ったまま案内役の男の後をついて行くだけだ。
先程の光景が頭から離れない。
俺は弱い者イジメをする奴が大嫌いなのだ。上下関係を利用して立場の弱い者を理不尽に虐げるなどあってはならない。
ずっとハズレスキルとバカにされてきた俺だから、虐げられる者の気持ちに共感してしまうのだろう。
「くっ、奴隷か……」
「何か仰いましたか?」
俺のつぶやきに反応したのか、案内役の男が聞き返した。
「い、いえ、何も……」
「そうですか。これは一般論ですがね。あまり軽々しく口にしない方がよろしいですよ」
「それはどういう……?」
「どうもこうも、この国では奴隷が禁止されておりますからね」
やはり脅しだろうか。余計なことに口を挟むなという。
装飾過多な廊下を進み広間に入り、その奥の
やはり、この男がグロスフォード辺境伯アレクシスだろう。
「面を上げよ。貴様らがスタンピードのボスを倒した冒険者か」
不愛想な態度で椅子に座った男が口を開く。
「はっ」
そう言って顔を上げると、いかにも性格の悪そうな顔をした男が目に映った。素材は悪くないのだが、陰険そうな印象にシワを刻んだ顔が苦手なタイプだ。
「強いのか? 貴様らは」
「それなりに」
「ほう、あまり強そうには見えんが」
アレクシスが俺たちに値踏みするような視線を送る。
「本当にボスを倒したのか? 嘘をついているのではあるまいな?」
「いえ、そのようなことは……」
「まあ良い。貴様らがボスを倒したのならば褒美を出そう。ありがたく思えよ」
「はい」
横柄な態度でカチンとくる。だがここで怒るわけにもいかない。
執事の男が金貨の入った袋を持ってきた。
【金貨100枚】
「それから、魔物は定期的に襲来するようだ。貴様らには国境線を超え聖域に入り元凶を探すのだ。もちろん褒美は出す」
スタンピードの原因が分からないことには解決のしようがない。
俺はアレクシスに聞き返した。
「その、スタンピードの原因は分かっておられるのでしょうか?」
「知らぬ!」
即答された。
ザワザワザワザワ――
その時、御付きの者を連れた騒がしい印象の女が部屋に入ってきた。
「そんなの竜族のせいに決まっていますわ!」
その女が言い放つ。
「竜族が我らの領地に魔物を追い込んでいるのです! きっとそうですわ! アレクシス様、東に進軍し竜族を滅ぼしてしまいましょう!」
アレクシスがうんざりした顔になった。
「待て、アマンダ。竜族と事を構えると竜王が黙っておらぬぞ」
「でしたら竜王も滅ぼしてしまえば良いのです!」
「そなたは竜王の恐ろしさを知らんのだ」
俺たちを放置したままアレクシスと女の話が始まった。話しぶりから彼女は伯爵夫人だろう。
「そもそも元凶はイレーネなのですわ!」
ビクッ!
アマンダという女がその名を出した瞬間、レイティアの肩が震えたのを俺は見逃さなかった。
「そう、あの女が竜族と結託して我らを滅ぼさんと計画したのが始まりでしょう。竜族は敵です。今すぐ東に進軍し滅ぼしてしまえば良いのですわ」
アマンダの話が次から次へと止まらない。
「わたくしたちに歯向かう愚か者どもなど全て滅ぼしてしまえば良い! だからイレーネのグランサーガ男爵家も廃されたのですわ。竜族と結託しグロスフォードを害しようとしたのですから。いい気味ですわね。おーっほっほっほっほっほ!」
ガタッ!
アマンダの話で俺の体に突き抜けるような衝撃が走った。
(な、何だと! グランサーガ男爵家を廃しただと! まさか、レイティアの……。竜族と結託? グロスフォードを害する? そんなはずはない! どういうことだ)
俺の中でパズルのピースが噛み合うように全てが組み上がってゆく。
辛く悲しい子供時代を過ごしたレイティア。
イレーネというのは母親だろうか。
竜族との間に子をつくったイレーネは、アマンダの策略で家を廃された。
グロスフォードを害する話の信表性はどうなんだ。
領主が竜王の不興を買ったという話も繋がっているのでは?
どうであれ、レイティアの家を潰したのはこの女なのか!
(この女のせいで……レイティアが……)
混乱する俺たちを他所に、アレクシスとアマンダは口論を始めてしまう。
「やめないかアマンダ! 来客中であるぞ」
「だったらそこの冒険者にも協力させればよろしいでしょう。強いのでしょう」
「そういう問題ではない!」
怒りで頭が沸騰しそうな俺は、今にも立ち上がり事の真相を問いただしたい。しかし、横で震えるレイティアを見て思い留まった。
「レイティア」
小声で呼びかけて、そっと彼女の手を握った。
「あっ、アキ君……」
「大丈夫か?」
「あっ……う、うん……」
大丈夫じゃない。いつも元気で溌剌としているレイティアが、今はこんなにも弱々しく震えているのだから。
「俺がついている」
「アキ君……」
「俺じゃ頼りないかもしれないけど……。俺はレイティアを守る」
目を潤ませたレイティアは顔を横に振り、熱い瞳のまま笑顔を見せた。
「そんなことないよ。アキ君は頼りになる男の子だよ。いつも、いつもボクを助けてくれる。アキ君のお陰で、ボクは……」
レイティアと見つめ合う。
ただ、そんな二人だけの空間はアレクシスの言葉で遮られた。
「うぉほんッ! 見苦しいところを見せたようだな。話の続きだ」
いつの間にかアマンダとの話は終わり、体裁の悪そうな顔をしたアレクシスが襟を正しているところだった。
「とにかく貴様らは東へ向かうのだ」
「あの……先ほどお聞きしたお話は?」
俺は怒りを抑えながら聞く。
「そんな話などどうでも良い。ある女が人族を裏切り竜族の男と子をつくった。だから爵位剥奪した。それだけの話だ。そんなことで竜族が我らを恨むなど筋違いも甚だしい。そもそも亜人を人族と同等に扱うのが間違いなのだ。汚らわしい」
ググググググググッ!
怒りを我慢する為に握りしめた手に傷みが走る。爪が食い込んでいるのかもしれない。
(な、何だコイツは! アマンダといい、このアレクシスといい、とんでもないゲスじゃねーか! 絶対に許せねぇええっ! ホント何なんだコイツらは!)
「分かったか、この冒険者風情が! 分かったのならとっとと東の森に行き魔物を倒すのだ。我が褒美を出すと言っておるのだからな! 有難く思えよ!」
ブチギレそうになるのを何とか我慢しているというのに、目の前の奴らの暴言は留まるところを知らない。
「ふっ、しかしイレーネめ。我が寵愛をかけてやろうとしたのに断りおって。まさか竜族と結託して我らを裏切ろうとしていたとはな」
アレクシスのつぶやきに、再びアマンダの毒舌が始まった。
「あっはっはっは! 本当に愚かな女だこと。貧乏ながらも下級貴族に甘んじておれば良いものを。爵位を剥奪されゴミ同然の平民に落とされ惨めな最期だなんて。愚か者の最後に相応しいですわね!」
「なっ!」
握り締めた俺の手に血がにじむ。怒りで拳が震え、視界が歪む。
「そう言えば、イレーネには娘がいましたわね。今頃どうしているのやら。裏切り者の娘も薄汚い裏切り者ですわ! 何処ぞで野垂れ死んでいるのか? それとも奴隷にでも落ちているのやら? 所詮、身分卑しき者はゴミと同じ! ゴミは廃棄処分ですわね!」
「はっはっは、アマンダ、いくら平民が身分卑しき存在だとしても、さすがにゴミは言い過ぎであるぞ。まあ、奴隷などいくらでも代わりは居るのだがな。はっはっは!」
広間にアレクシスとアマンダの高笑いが響く。
レイティアは目に涙を溜め、アリアも長いまつ毛を伏せ悲しそうな顔をする。シーラは怒りで顔が紅潮しているようだ。
(ぐぉおおおおおおおお! こいつらは許せねぇ! レイティアと母親を侮辱しやがって! 平民は身分卑しき存在だと!? 卑しいのはお前らだろが!)
「まあ、今頃どうしているのか知りませんが、もしイレーネの娘が生きていたのなら、娼婦にでも落として男どもの慰み者にしてさしあげますわ!」
ブッチィィィィィィィィーン!
限界だった。その一言で俺の頭がブチギレた。
「うるせぇええええええええええええ! このゲス領主とクズ女がぁああああああ!」
俺は重要クエストも上級貴族に対して非礼を犯す大罪も全て忘れ、怒髪天を衝くように大激怒した。
――――――――――――――――
ゲス領主夫妻の暴言に、ついに堪忍袋の緒が切れたアキ!
貴族だか何だか知らないが、レイティアお姉ちゃんを悲しませる奴は許せない。
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