第53話 不穏な空気
目が覚めると、そこは地獄だった。
「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ――」」
一瞬だけ地獄に落ちたのかと思ったが、そういう意味ではない。地獄のように怖い顔をしたレイティアとシーラに見下ろされているという意味だ。
「あ、あれっ? 朝か……って、コレどんな状況っ!」
ベッドで寝ている俺の上にアリアが乗っている。まるで合体しているかのような密着度だ。
元から露出度の高いベビードールを寝間着にしているアリアなのに、今はそれもはだけてしまっていた。
「ううぅ~ん♡ アキちゃぁん♡ しゅあわせぇ♡」
寝惚けたアリアが俺の胸で寝言をつぶやく。
「ちょ、アリアお姉さん! 起きて!」
「アキちゃん、しゅきぃ♡」
「ああっ、これはマズいですよ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
二人の威圧感が更に上がった。
グイッ!
レイティアの腕が俺を掴んだ。
「アキ君……アリアとやっちゃったの? 寝たの? エッチしたの? ねえ?」
「お、おい、レイティア、アリアの真似はよせ」
「ううっ、ズルいズルい! アリアだけラブラブだなんて」
ギュッ!
シーラも俺を掴んだ。
「アキぃ……これエッチよね? つつ、遂に、初体験……」
「し、してない! やってないから!」
「へ、へぇー、そ、そうなんだー」
怖い。二人の顔が怖い。どうやら俺とアリアが大人の階段を上ってしまったと勘違いしているようだ。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
俺の中でスキル警告音のようなものが鳴り響く。
『警告! 警告! スキル【専業主夫】の【嫁属性】に異常発生! 対象の感情が暗黒面に入りました。【竜族の加護】が【竜族の呪い】に、【エルフ族の加護】が【エルフ族の呪い】に反転する危険あり。ステータス下降。新たに呪いが追加されます』
「待て待て待てぇぇぇぇーい! ダブルで呪いとか洒落にならねーぞ! ちち、違うから! 誤解だぁああああぁ!」
久々に聞いたスキル反転警告にパニックになる。スキル自体が強化されていることもあり、反転した呪いも凄まじい。
「そそ、そうだ、レイティア! 俺はレイティアお姉ちゃんも大切な人だと思ってるから」
ギュッ!
レイティアを抱きしめる。この状況を何とかする為には、セクハラなんか怖がっている場合ではない。
「あっ♡ アキ君っ?」
「レイティア! 俺はアリアだけじゃなくレイティアも好きなんだ」
「はひぃぃぃぃいいっ♡ しゅ、しゅきぃ!」
(そうだ、恥ずかしがっている場合じゃないぞ。俺は皆が好きだ。もう自分でも誤魔化せない程に。でも、彼女たちは仲間として心と心を通じたいだけかもしれない。距離感がバグってる気がするけど、これが彼女たちの素直な気持ちなんだろう)
俺は覚悟を決めることにした。
(アリアに『好き』と言ってくれって頼まれたけど、きっと寂しさや心細さを抱えているのかもしれない。きっと誰かに好きと言ってもらえるだけで力になるはずなんだ。レイティアやシーラもそうかもしれない。俺が彼女たちを支えたい)
さっきまで怒っていたレイティアが大人しくなった。真っ赤な顔で下を向いている。
「はうっ♡ あ、アキ君っ♡ ズルいよぉ、そんなの言われたら……」
「レイティア、俺を信じてくれ」
「う、うんっ♡ しんじるぅ♡」
潤んだ目でレイティアが深く頷いた。
次はシーラの方を向く。
「は? レイティアちょろ過ぎだし。アタシは騙されないからね!」
「シーラ」
「な、何よ……」
シーラの耳がピョコピョコしている。
「俺はシーラが好きだ」
「ふへっ♡ う、うん……そ、そうなんだ……」
シーラの様子がおかしくなる。
「ふ、ふーん、そ、そう、あんたアタシのこと好きなのね。えへへっ♡ んっ、コホンっ。べ、べつに、アタシはどうでも良いけど。アキのこと嫌いじゃないし。てか好きだし……。って、な、なに言わせてんのよぉ!」
シーラも大人しくなった。若干ツンデレっぽいが。
『スキル【専業主夫】の【嫁属性】異常は解除されました。ステータス上昇。呪いも解除されます』
レイティアとシーラの暗黒面が解消され、スキルの呪いも解除された。どうやら危機は去ったようだ。
「良かった。分かってもらえたようで。言っておくけどアリアとは、や、やってないからな」
俺の話で誤解は解けたようだが、部屋の中は変なムードになってしまう。
「あっ♡ アキ君……それってハーレムじゃ……」
レイティアの言葉にシーラが続く。
「えっ、ええっ! 三人同時ってことなの? アキのエッチ♡」
そして騒ぎを聞いてやっと起きたアリアが怖いことを言う。
「アキちゃん♡ 私たちと同時なんて悪い子なんだからぁ♡ 覚悟した方が良いからね。私たちが満足するまで許さないんだぞぉ♡」
ガクガクブルブル――
何かとんでもない間違いをしてしまった気がする。彼女たちの熱く潤んだ目で見つめられ、俺の鼓動が昂って止まらない。
◆ ◇ ◆
領主アレクシスの城に向かう道すがらも、彼女たちは俺から離れようとしない。
「えへへっ♡ アキ君っ♡」
照れたような笑顔を見せるレイティアが、俺の手に指を絡ませる。恋人繋ぎで。
「あ、あの、レイティア?」
「何かなアキ君♡」
「くっ、可愛い……」
「はうっ♡ 急に、か、可愛いとか言うなよぉ♡」
真っ赤な顔になるレイティアが超絶可愛い。
どうすんだこれ。
「だから、あんた無意識に本音が漏れてるって!」
反対側の手に掴まったシーラがジト目で言う。
「えっと、シーラ」
「何よ」
「何でもない……」
「ばかぁ、何も無くても話してくれて良いのに」
さっきからシーラが俺の手の平に小さな指で文字を書いているようなのだが。
何となく『スキ』と書いている気がするが気のせいだろう。たぶん『バカ』かもしれない。
「あふぅ♡ アキちゅわぁ~ん♡ ぐへへぇ♡」
俺の背中に張り付いているのはアリアだ。さっきから柔らかなものがムニュっと当たっていてたまらない。
「あの、アリアお姉さん?」
「もう逃がさないぞっ♡」
「やっぱり怖っ!」
アリアの目が完全にイっちゃってるので見なかったことにした。
◆ ◇ ◆
俺たちはグロスフォード辺境伯の城に到着した。
城内に入ると、そこは異様な雰囲気のする場所だった。言葉では表現し難いが、何か嫌な気持ちになる空気感なのだ。
「こちらです」
執事のような男に促され後をついて行く。
城内の廊下に差し掛かったところで、それは起こった。
「おい! 貴様は何度言ったら分かるんだ!」
「お許しください、きゃあっ!」
バシッ! バシッ!
目の前に飛び込んできた光景は、まだ幼いメイドの少女が鞭で打たれている場面だった。
鞭を振るっているのは貴族の男だろうか。いかにも高級そうな服を着た姿を見るに、この男が辺境伯かもしれない。
その光景は、俺の思考を一瞬停止させるくらいの衝撃だ。
「ううっ、お許しを。うううっ……」
「いいか、今度ミスしたら廃棄処分だぞ!」
床に倒れた少女が必死に頭を下げている。体にはいくつもの
そして、その少女の頭にツノが見えた。
「なっ! お、おい、暴力はやめろ!」
「アキちゃん」
怒りでカッとなった俺が止めに入ろうとするが、アリアの手がそれを制した。
「何かあったか」
少女を打っていた男が振り返る。
「俺は――」
俺を掴んでいるアリアの手に力が入った。
「アリア……」
「んっ」
アリアの目が俺に行くなと言っている。だが、その手は小さく震えていた。
(アリア……俺を止めてくれたのか。同胞である魔族の少女が虐げられ、誰よりも怒っているはずなのに。くっ! ここで騒ぎを起こしたら、重要クエストも失敗し、領主に目を付けられ牢屋に入れられるかもしれない……)
分っている。分かっているはずなのだ。
世界は理不尽に溢れていると。
しかし、目の前の非道を止めることさえできないだなんて。
「メイドがお見苦しいところをお見せしました。この城では魔族も働いておるのです。彼女は何かミスをしたのでしょう」
俺たちを案内していた男が説明した。
「なお、ここで見たことは、他言無用でお願いいたします」
脅しだろうか? 目を鋭くした男が言った。
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