第55話 逃亡者

「くそっ! 俺のレイティアを泣かせた罪は万死に値するぞ! この奴隷売買に手を染めるゲス領主がぁああああ!」


 これまでずっと、この毒を吐くような領主夫妻の暴言を耐え続けていたというのに、最後の最後で限界が来てしまった。

 俺の怒りが収まらない。


「謝れ! そして罪を償え!」


 元々俺は争いを避ける大人しい男だった。理不尽なことでも波風立てぬよう従い、人との衝突を避けるよう生きてきた。


 しかし、その結果が、あの追放と仲間への被害なのだ。


 こちらが真面目にしていても、狡賢い奴らは次々と理不尽を押し付けてくる。黙っていては搾取され踏みにじられるだけだ。


 そして、大切な仲間ができた今の俺には、命を懸けてでも守らねばならないものが有った。


「俺の仲間は俺が守る!」


 そんな俺を、皆が必死に引き留めている。


「アキ君、ダメだ! 上級貴族への反逆は大罪だよ!」

「そんなことしたらアキちゃんが捕まっちゃう!」

「アキっ! アタシだってぶっ飛ばしたいけど我慢よ!」


 だが、事態は最悪の様相を呈する。


 平民が上級貴族に向かって暴言を吐いたのだ。しかも相手は悪名高いグロスフォード辺境伯である。


「な、なな、何だ貴様は! おい、衛兵よ、この者どもを捕らえよ!」


 ガチャガチャガチャガチャガチャ!


 アレクシスの命令で次々と衛兵が現れる。軽く数えただけで数十人はいるだろう。


「貴様ぁああああ! この我を侮辱するとは良い度胸だ! せっかく我が目を掛けてやったというのに! こ奴らは全員ひっ捕らえて牢に入れろ! いや、殺しても構わん!」


 ガシャッ! ガッ! ガシッ!


 次々と襲い掛かる衛兵に、俺たちは追い詰められてしまった。


「し、しまった。俺としたことが、つい熱くなって……」


 皆を守るように俺の背中に隠す。


「しょうがないわね、アキ! でも、カッコよかったわよ」

「そうよ、アキちゃんは悪くない。アキちゃんがやらなきゃ私がやってたわ」


 シーラもアリアも同じ気持ちのようだ。


「アキ君……ボクは……嬉しかったよ。アキ君が言い返してくれて」


 俺の背中に抱きついたレイティアの体が熱い。


「皆、ありがとう。でも、先ずはここを脱出しないと」


 俺の言葉に、すぐにシーラが反応した。


「窓から逃げるわよ! 風刃ウィンドカッター!」


 バリィィィィーン! ガッシャァァーン!


 シーラの魔法で広間の窓が吹き飛んだ。いつも物を破壊しているシーラだが、今はその破壊神ぶりが頼もしい。

 もうここから逃げるしかないぞ。ここは二階だが。


「皆、俺にしがみ付いてくれ! 飛ぶぞ!」


 彼女たちを抱え窓から飛び降りる。


「きゃああああぁ! いきなりだしぃいいっ!」

「アキちゃぁぁーん! ここ二階よっ!」

「アキ君と一緒なら怖くないっ!」


 落下する間に、素早く皆に支援魔法をかける。


「うぉおおおおおおっ!」

【付与魔法・肉体強化極大】

【付与魔法・防御力強化極大】

【防御魔法・防御障壁プロテクション

「耐えろ俺っ!」


 ズドォォォォーン!


 俺が下敷きになるよう調整して屋敷の庭に落下した。衝突する直前に防御障壁プロテクションをかけながら。


「ぐあっ、だ、大丈夫か、皆!」


 シーラとアリアは俺の胸の中で守り、運動神経抜群のレイティアは途中で宙返りしながら華麗に着地する。


「ふぁぁぁぁ~」

「アキちゃん強引なんだからぁ」


 飛躍的に上昇した防御力で、俺たちは傷一つ無い。シーラが目を回している気がするが。

 俺とレイティアは目で合図した。


「逃げよう、アキ君!」

「ああ、行くぞ!」


 シーラをお姫様抱っこしたまま駆け出した。次々と現れる衛兵をかわしながら。


 ◆ ◇ ◆




 城を抜け出し冒険者ギルド近くまで逃げてきた。裏通りの物陰に隠れているが、表には多くの衛兵が行き来している。


「マズいな、もう俺たちを捕らえるようギルドにも命令が出ているかもしれない」


 まさかの転落だ。国家冒険者になり、国王から重要クエストも請け負った。

 黙っていれば高額報酬を貰い良い暮らしができたはずなのだが。


「皆……ごめん。俺のせいで……」


 そんな俺に皆は温かい言葉をくれる。


「なに言ってるんだい、アキ君! ボクの為に怒ってくれたんだろ」

「そうよ、あんな奴らに媚びを売るくらいならお尋ね者になった方がマシよ。アキちゃん♡」

「アタシもあのクズ領主にはキレそうだったのよね。良くやったわアキ!」


 そこで俺は思い出した。忘れ物を。


「あっ、しまった! 金貨を受け取ってなかった。どうせなら金を持って逃げれば良かったか」


 まあ、あんな奴から金を受け取るのも嫌な気もするが。

 思い出しただけで腹が立って文句が止まらない。


「しかし何なんだあいつらは! 奴隷売買といい、魔族少女への仕打ちといい、亜人への態度といい! 一番許せないのはレイティアを侮辱したことだ!」


 俺はレイティアと向き合う。


「レイティア!」

「ひゃい」


 彼女の肩を掴むと驚いた顔になった。


「レイティアのお母さんが人族を裏切ったなんて嘘だよな?」

「う、うん、ボクのママ……お母さんは優しい人だった。そんなことしないよ」


 その話を聞いて俺は覚悟を決める。


「よし、辺境伯の奴隷売買の証拠や悪事を全て暴いて、罪を償ってもらおう。国家の陰謀めいた話には関わりたくなかったけど、俺のレイティアを悲しませたのは許せないからな。それにメイドの奴隷少女も解放しないと」


「アキ君」


「まあ、それ以前に俺たちが御尋ね者なんだが。何とか逃げ切って次の策を考えないと。それに辺境伯が犯罪に手を染めている証拠を突き止めないとな」


 怒りや興奮やレイティアを守りたい想いで暴走した俺は止まらない。


「レイティアは俺が幸せにする。一生大事にするからな」

「ふえぇぇっ♡ プロっ、プロポーズぅ?」

「レイティアは誰にも渡さないぞ!」

「あふぁああっ♡ もうらめぇ♡」


 また問題発言した気がするが、今はそんなの関係無い。レイティアを守るのが最優先だ。


「もうそれ本音が漏れてるってレベルじゃないわよ」


 シーラにツッコまれた。もうオヤクソクだ。


「アキちゃん…………それ私にも……」


 アリアが思い詰めた顔をしている。


「アリアお姉さん?」

「ううん、何でもない。後でキッチリしてもらうから」

「えっと?」

「ほら、今は逃げるのが先決でしょ」


 アリアに背中を押される。


「よし、悪党には報いをだ! やるぞぉおお!」

「やるぞアキ君っ♡ おーっ!」

「アタシもやるわよ!」

「もうっ、アキちゃんやレイティアちゃんをイジメる悪党は滅殺よ!」


 俺の掛け声で心を一つにした。


「先ずは、ここから逃げるのだが――」


 作戦を考えようとしたその時、後ろから声がかかった。


「王都への道は全て検問が敷かれて逃げられないぜ」

「誰だっ!」


 振り向くと、そこには生真面目そうな顔をした冒険者の男、レオンが立っていた。


「あんたは……まさか俺たちを捕まえる為に……」

「ああ、領主に反逆した冒険者を捕縛するクエストが出てるぜ」

「なっ……」


 ゾロゾロゾロ――


 反対側の路地からも数人の冒険者が入ってきた。レイド戦で見たことの有る顔だ。完全に囲まれてしまった。


(くそっ! やるしかないのか? ここで捕まるわけにはいかない。冒険者仲間と戦うのは避けたいが……)


「おっと、そう怖い顔をするなよ、アキ。俺はあんたらを売るつもりはねえぜ」

「それは、どういう……?」


 俺とレオンの会話に一人の男が割り込んできた。


「アキさん、あんたは命の恩人だ。ほら、あっしがミノタウロスにやられて死にかけていた時、あんたが傷を治してくれたんだよ」


「あっ、あの時の」


 思い出した。レイド戦で重傷を負った冒険者だ。


「へへっ、あの時の恩を返そうと思いましてね。アキさんがピンチの時は、あっしらが真っ先に助けに行こうって決めてたんですぜ」


 胸が熱くなる。この弱肉強食で裏切りの多い世の中で、本当に恩を返しに来る人がいたのだから。


「そういう訳さ。仲間を救ってくれたあんたが悪人のはずがねえ。俺たちも領主様の横暴にはうんざりしてたんだ。だから俺たちは、あんたらの味方だぜ」


 レオンは表情を緩めて俺にそう言った。


「レオンさん……」

「東側には追っ手も居ない。森を周って迂回すれば逃げられるはずだ」

「はい」


 こうして俺たちは追っ手の目を掻い潜り、東の森へと向かうのだった。


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