第41話 その頃パーティー煌く剣戟では4(sideグリード)

 季節雨が降りしきる中、俺は何も無い粗末な街道沿いの待合所で雨宿りしている。

 誰が建てたのかは知らねえが、今はもう打ち捨てられたような雨をしのぐだけの小屋だった。


 たまに前を通る旅人も、まるで浮浪者でも見るような顔で俺を一瞥いちべつして行く。


「クソッ、どうしてこうなった……。ハズレスキルのアキを追放して、このグリード様が成り上がるはずだったのに……。逆に俺が王都を追放されるなんて」


 そう、このS級冒険者でエリートのはずの俺様が、今では全てを失い行く当ても無いのだ。

 S級冒険者としての地位も失い、親からは勘当され、人からは卑怯者と罵られた。


 今は王都を離れ、何処か知らない街へと続く街道沿いの小屋で体を休めている。


「クソッ! クソクソッ! 親の金で解決しようとしたのに、何で俺が王都を追放されなきゃならねえんだ! あと、ラルフもサラも気に入らねえ! 腹立つぜ!」


 ラルフとは喧嘩別れしてそれきりだ。


 聞いた話ではアキに負けたショックで抜け殻のようになってしまったらしい。俺と同じように王都を追放されてからは行方不明だ。

 今頃は何処ぞで行き倒れているのかもしれねえ。


 サラは俺たちと離れ、酒浸りの毎日らしい。


 パーティー結成時は良い女だと思ったのだが、今は落ちぶれて見る影もない。金にがめつい性悪女など落ちるのはあっという間だろう。

 俺についてこなかったのだから当然だ。


「ううっ、寒いぜ……」


 ボロい屋根からは止め処なく雨漏りの雫が降り注ぎ、壁の無い正面からは容赦のない風が吹きすさぶ。


「おい、誰か食い物を用意しろ! って、アキは居ねえのか……。前は呼んだら食い物が出てきたのによ」


 田舎臭い煮物料理だと思っていたはずなのに、今となっては、あの芋と肉の煮込み料理が懐かしくなってしまう。


 グゥゥ――

 空腹で腹が鳴った。


「腹が減ったぜ……。何で俺様がこんな目に。惨めだ……。孤独だ……。俺は陽キャのモテ男だったはずなのに」


 前は豪遊し女も取っ替え引っ替えだった。


 クエストの報酬をちょろまかし、アキにはパーティーの運営資金だと言って奴の取り分を誤魔化していたのだ。

 おかげで俺は奴の分まで金を使いまくっていた。


 金と地位が有れば女は選り取り見取りだ。時には強引にモノにする。陽キャ勝ち組の俺なら当然許されるはずだろう。


 しかし、今の俺には何もない。全てを失ってしまった。


「クソッ! 腹が減ったし女も抱きてえ! 通りかかった奴から金でも盗むしかねえか」



 ガタガタガタガタガタガタガタガタ――


 丁度そこに豪華な造りの馬車が通りかかった。見るからに金を持っていそうだ。


「へへっ、悪く思うなよ。この世は弱肉強食だぜ。弱い奴らは俺様の肥やしになれ」


 俺は馬車の前に飛び出した。


「オラァ! 金目の物を置いてけぇええ!」


 ヒヒヒィィーン!

 ガシャ、ガタガタガタ!


「きゃぁああああぁ! な、何事ですか!」


 馬車の中に若くて良い女の姿が見えた。どこぞの令嬢かもしれねえ。


「ゴラァ! 大人しくしろ! 金と女を置いてけや! イイ女は俺が抱いてやんよ。ヒヒっ!」


 イイ女なら強引にモノにする。俺は今までもそうして生きてきた。


「おい、貴様は何者だ! この不届き者め!」

「こいつ盗賊崩れか! 成敗してやる!」


 ガチャガチャガチャ!


 馬車の中から屈強な体と装備の男たちが降りてきた。令嬢の護衛役だろうか。


「チッ! 俺としたことがしくじったか! だが、俺様はS級冒険者だ。誰にも負けねえ! オラァ!」


 キンッ! ガキンッ!


 俺の剣は、あっさりと止められてしまう。


「ふっ、盗賊崩れがS級冒険者を名乗るなど片腹痛いわ!」

「この方が領主様のご令嬢と知っての狼藉ろうぜきか!? これは厳しく取り調べねばな!」


 バキッ! ドガッ!


「ぐわぁああああ! 腕がぁああ! 痛ぇええ!」


 屈強な男の放った一撃で俺の腕がイカレた。剣を落としてしまう。


「ま、待て! 俺は王都のS級冒険者だ。国家冒険者にも推薦されてんだぜ。栄誉ある剣士なんだ。女にもモテる陽キャでな――」


「うるさい! 盗賊崩れが嘘を言うな! お前のような男が国家冒険者のはずがないだろ!」

「そうだ、虚言癖の盗賊など薄暗い牢屋がお似合いだぜ!」


 バキッ! ドカッ! ガスッ! ドゴッ!


「ぐああああああぁ! やめろぉ! 俺はエリートなんだぁ! 勝ち組のぉ!」


 屈強な男たちが俺を蹴り飛ばす。容赦のない硬い靴底が俺の体に何度も何度も打ち付けられた。


「ああああぁ……。アヒッ! 俺は勝ち組だぁ……弱い奴らは俺様の肥やしになるんだぁ……」


「何を言っているか! お前のような盗賊は肥やしにもならん! 牢屋で反省しろ!」

「そうだそうだ! この犯罪者が! 牢屋で悔い改めろ! 更生するまで釈放は無いと思え!」


 ◆ ◇ ◆




 こうして俺は、何処か知らない街の牢屋に入れられてしまった。


 薄暗いむき出しの石の壁の部屋で、些末な冷めたスープと固いパンを食うだけの毎日だ。


「ああ……温かい料理が食いてえ……。アキ……あいつの料理が懐かしいぜ……。どうして俺は……」


 今頃になって後悔しても遅かった。

 あの体に染みわたるような温かい料理が、どれだけ有難かったのかを。

 裏方で真面目に働き、バフをかけたりポーションや飯を作っていた男が、どれだけ貴重な存在だったのかを。


 もう何もかも手遅れだ。全てを失い冒険者で成り上がる未来も閉ざされた。

 他人を利用し搾取さくしゅする勝ち組の俺は、もう何処にも居ない。


 ここに居るのは、何も無い元陽キャの、みすぼらしい咎人とがびとだけだ――――


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