第36話 ずっと一緒にいたい

 俺たちは冒険の準備を整え、バジリスクが出没するという西の森に向かっている。


 ここ、アストリア王国の王都であるリーズフィールドから街道沿いを西に向かうと広大な森が広がっており、その森を抜けると隣国のヘイムダル帝国だ。


 交易の要所となっている街道にモンスターが出没するのでは、両国の経済にも悪影響が出てしまう。

 そこで俺たちのような冒険者が必要となるのである。


「少し薄暗くなってきたから、この辺りでキャンプにしよう」


 森へ入りしばらく歩いたところで一夜を明かすことになる。少し開けた場所にテントを張った。


「今夜のご飯は何かな? ワクワクだよ」


 食いしん坊のレイティアが寄って来た。やっぱりワンコみたいだ。


「冒険中のキャンプなのに暖かい料理が食べられるなんて凄いわ」

「これもアキのお陰ね」


 アリアとシーラも目を輝かせている。


「今準備するよ。でも、俺のスキルを喜んでもらえて嬉しいよ。前はハズレスキルと呼ばれてたからな」


 すると、レイティアが少し真面目な顔になった。


「アキ君、毎日美味しいものが食べられるのは幸せに繋がるんだよ。アキ君のスキルは凄いんだ。誇っても良いんだよ」


「レイティア……そうだよな、このスキルが有れば飢えることが無い。冒険者として戦闘向きじゃないけど、支援役サポーターとしては重要なことだよな」


 しかも、今の俺のスキル【専業主夫】には嫁属性の加護も付いているのだ。付与魔法で大幅にパーティーを強化可能だ。


 せっかく良い話をしたレイティアだが、恥ずかしそうに体をモジモジさせながら余計なことまで話し始めた。


「そ、それでさ、添い寝の件だけど……ま、前向きに検討してもらえないだろうか……」

「まだ言ってたのか……」


 どうやら俺のパーティーメンバーは添い寝が好きらしい。いくら何でも男女で添い寝など、間違えて一線を越えてしまいそうなのだが。


「はいはい、添い寝は帰ってから考えましょう」

「ううぅ♡ もうボクは限界なのにぃ♡」


(やっぱりおかしいな。俺は真面目に接しているだけなのに、皆のスキンシップがどんどん激しくなっている気がする。女子って皆こうなのか? 経験無いから分からないけど)


 皆の熱い視線を意識しながらスキルで料理を作った。今夜のメニューはオニギリとミソシルだ。


「これは塩漬けにした魚の卵や焼いた魚を具にして、ホカホカご飯で包んだ料理だよ。手でギュッと握った感じだからオニギリと命名した。こっちのスープは味噌で野菜を煮込んだものな。そのままミソシルだ」


 風変わりなボール状の食べ物に不思議な顔をする皆だが、一口食べて表情は一変する。


「うわぁ、美味しいよ、アキ君! しょっぱい具とご飯が完璧なマッチングだね」


 レイティアに続きシーラとアリアも声を上げた。


「このミソシルも良いわね。ご飯に合うわよ。交互に食べると止まらないかも」

「あっ♡ アキちゃんの料理、すっごく温まるわぁ♡」


 そんな中、アリアがそっと俺に耳打ちしてきた。


「ねえ、アキちゃん♡ もし……もしだけど、私と結婚したら一生甘えてくれても良いのよ♡ わ、私、アキちゃんに尽くすからね♡」


「えっ、あ、あの……」


「大丈夫、アキちゃんは私を愛してくれるだけで良いのっ♡ 何でも私がやってあげるからぁ♡ 気持ち良いコトもしてあげるねっ♡」


 俺の中に強烈な感情が込み上げる。

 ただでさえ色っぽいアリアなのに、こんなことを耳元でささやかれたらたまらない。


「ちょ、ちょっと待った!」


 レイティアが立ち上がる。モグモグと料理を美味しそうに食べていたのだが、密着する俺たちを見て慌てているようだ。


「あ、アキ君っ♡ ほら、お姉ちゃんに甘えるんだぞ♡」


 両手を広げてハグの体勢になるレイティア。何があった。


「レイティアまでどうしたんだよ?」

「もうっ、弟くんはお姉ちゃんに甘えるもんだぞ」

「誰が弟くんだよ」

「はぁああぁん♡ やっぱりアキ君がイジワルだよぉ♡」


 そして、様子がおかしいのは二人だけではなかった。


「えっと……アキが良ければだけど……アタシも労わってやろうかしら。ほ、ほら、日頃アキは頑張ってるし。たまには癒してあげたいんだからね♡」


 いつもツンツンしているはずのシーラまで俺に甘い。


「あ、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。じゃ、じゃあ帰ったら癒してもらおうかな」


 ちょっと発情気味でありながらも、暖かな気分で食事を共にした。


 ◆ ◇ ◆




 テントの中に四人で寝るのは、さすがに狭かったようだ。


 交代で見張りを立てようと主張するも、シーラが『モンスターが接近した気配は長年の勘で分かるわよ』と言うので寝ることにした。


「おい、これ全員で添い寝状態だぞ」


 狭いテントの中には甘い女子の香りが満ちて、体の奥がムズムズとして落ち着かない。


 しかも両側にはムッチリエッチボディのレイティアに、柔らかマシュマロボディのアリアなのだ。更にシーラは俺の腹の上に寝そべっている。

 どうしてこうなった?



 皆の寝息が聞こえている中で、俺だけ興奮で眠れずにいた。これは何かの拷問だろうか。


 ふと、横のレイティアがモゾモゾしているのに気付いた俺は、耳に意識を集中する。


(どうしたんだ? オシッコかな? 待て待て、女子にオシッコとか言っちゃダメだろ)


「アキ君、寝ちゃったかい?」


 俺の耳元でレイティアがささやき始める。

 ちょっと驚かしてやろうかと悪戯イタズラ心が出て寝たふりをしてみた。


「寝てるみたいだね。あ、あの……いつもありがとう、アキ君……」


(レイティア……急にお礼とかどうしたんだ?)


「キミと出会えてから毎日が楽しいよ。本当にアキ君と出会えて良かった」


(俺も良かったよ。皆と出会えて……)


「あの頃は……辛くて悲しくて……生きるだけで精一杯だったけど……」


(あの頃? いつの話だろ。昔の話なのか?)


 最初は寝たふりして驚かそうと思っていたのに、聞いてはいけない話のような気がして起きられなくなってしまう。


「でも今は幸せだって感じるんだ。もし……可能なら……ずっとずっと一緒にいたいな……」


(レイティア…………)


「おやすみアキ君」


 そうささやいたレイティアは、静かに寝息を立て始めた。

 いつも能天気なイメージであるレイティアの意外な一面を見てしまい、俺は何も言えないまま目をつむっていた。


 ◆ ◇ ◆




 一夜明けた俺たちは、バジリスクの目撃情報が出た辺りに来ていた。


「レイティア……」


 無意識にレイティアの名前をつぶやいてしまう。


「えっ? どうしたんだいアキ君」

「な、何でもない」

「変なアキ君だなっ! ははっ」


(いつもと変わらないな。あれは何だったんだろ?)


 俺は前にシーラと話した内容を思い出す――

『あの子たちにも色々あるのよ。特に魔族の血を引いているアリアは人から偏見を持たれやすいし』


(そうだ、あの時シーラは『あの子たち』と言った。アリアだけじゃなくレイティアにも辛い過去があるのだろうか……)


 目の前のレイティアは、いつもと変わらない笑顔を俺に向けてくれる。


「やっぱり変だぞアキ君……」

「えっと……レイティアの笑顔が可愛い……って、俺は何を言っているんだ」

「はうぅ♡ そ、そうやってまたボクを焦らすんだから♡ ばかっ♡」


(し、しまった。またセクハラっぽい発言をしてしまった。いかんいかん)


 ギシャアアアアアアアアアア!


 その時、森の奥から空気を震わせる鳴き声が響いた。


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