第32話 嫁属性の加護と呪い

 皆の距離感がバグっている。


 あれから揃って家に戻ったのだが、彼女たちが俺から離れようとしない。ソファーに座った俺にアリアとレイティアが抱きついているのだ。


 パーティー内の人間関係には気をつけようとしていたはずなのに、どうやら俺は何かを間違えたらしい。


「えっと、アリアお姉さん……」


 アリアは俺に抱きついたまま、甘く優しい声で話しかける。


「アキくぅん♡ ほら、私の膝に横になって。うんとサービスしちゃうからねっ♡」


 さっきから俺の頭をムチムチの太ももに持って行こうとするのだ。


「ま、待ってください。それはマズいですって」


(ああぁ、あの魅惑の太ももに顔を乗せたら理性が飛んでしまいそうだ。すっごく柔らかそう……しかも良い匂いがする……。もうダメだぁ!)


 ただでさえ魅了や催淫のようなオーラを醸し出しているのに、更に美人で優しいお姉さんの雰囲気まで持ち合わせているのだ。

 こんなの耐えられるはずもない。


「ほらほらぁ♡ アキちゃん、良いから良いからぁ♡ 身を任せて」

「ダメですよ。こういうのは恋人同士でないと」

「私とアキちゃんは夫婦みたいなものでしょ♡」

「それはスキルの――」


 そこまで言いかけて止めた。またアリアを傷付けてスキル反転になるのは避けたい。


「むぅぅっ! アキ君っ、アリアばかりズルいぞ。ボクにもお世話させてくれ」


 必死にアリアの膝枕攻撃を耐えていると、反対側からはレイティアがグイグイ来る。

 元から距離感がバグっているのに、最近は更に密着したがるのだ。


「レイティアお姉ちゃん、俺の為に何かしてくれるのは嬉しいけど、あまり密着されると俺も男だから……」


「何を言っているんだい。ボクとアキ君は夫婦みたいなものだろ。俺の嫁的な? な、何でもしちゃうよっ。そ、それに、あの時……アキ君も何でもしてくれるって……言った……はうぅ♡」


 何でもするとレイティアは言うが、本当に意味を解っているのだろうか。


 むぎゅ♡ むぎゅ♡


「近い! 顔も胸も近い!」

「はあぁ、ボクどうしちゃったんだろ♡ 胸が苦しくて」


 二人にサンドイッチされて絶体絶命だ。いつもならシーラが止めてくれるのに、今日は不機嫌な顔をしてそっぽを向いている。


「し、シーラ? 怒ってるのか?」

「怒ってないわよ! ふんだっ」

「やっぱり怒ってるじゃないか」

「何よ何よ、アタシにキスしたくせに」


(ああああ! やっぱり人工呼吸したのを怒ってるのか? あの時は非常事態だったのに。でも、シーラが可愛くてキスしたい気持ちも本当だけど……)


「と、とにかく待ってくれ! 俺のスキルに関して重要な話があるんだ」


 俺は湧き上がる感情を堪え、二人を押し退けてソファーから立ち上がった。


 ◆ ◇ ◆




 二人が落ち着いたところで話を始める。と言っても、レイティアは大人しくなったのだが、相変わらずアリアは俺に熱い視線を送っている。


「実は……俺のスキル【専業主夫】には【嫁属性】という能力があるんだ」


 嫁という単語に三人が反応する。


「えっ! よ、嫁……ボクが嫁……」

「嫁って私のコトよね、アキちゃん?」

「へ、へえ……嫁ね……」


 嫁から話を戻したいのだが、三人は嫁の方に興味が行ってしまっている。


「その嫁……というかスキルの対象になっているのはレイティアとアリアとシーラの三人なんだ。嫁属性により加護を受けて俺のスキルやステータスが急上昇したんだよ」


 一度は離れたレイティアが再びグイっと来る。


「それはとてもユニークなスキルだね。つまりボクとアキ君が夫婦ってことに」

「だから嫁じゃなく加護を受けて――」

「ふふん♡ 挙式はどうしようか?」


 レイティアは話を聞いていない。困ったお姉ちゃんだ。

 そしてもう一人のお姉さんも同様なのだが。


「アキちゃん、私も夫婦なのよね?」

「ですから嫁属性というのは加護を受けて――」

「うふふっ♡ 初夜はいつが良いかしら?」

「しょ、初夜とか言うな」



 話が進まないので、俺は二人のお姉さんの顔を押さえながら強引に話を進めた。


「――――と、いう訳なんです」


 俺が全て話し終えると、彼女たちは顔を見合わせる。

 最初にシーラが口を開いた。


「それって、対象の属性を取り込み、どんどん成長する凄いスキルなんじゃない?」


「そうなんだ。実際に俺のステータスも大幅に上がり、グリードたちを圧倒できたから」


 ステータス向上だけではなくバフも爆盛りだ。

 しかしアリアが心配そうな顔になった。


「でもアキちゃん、それって加護と呪いが表裏一体なのよね?」

「はい、実際に呪いにかかりそうに……」


 更にアリアの顔が沈む。


「ち、違うのよ。私はアキちゃんと仲良くなりたくて……。決して呪いをかけようとは……」

「分かってます。アリアお姉さんのせいじゃないから」

「アキちゃん……」


 俺の肩に顔を埋めたアリアが泣きそうな顔になる。


「スキル専業主夫……嫁属性……。やっぱり凄いレアスキルだよ、アキ君っ!」


 パツパツの胸をグイっと俺に寄せながらレイティアが言った。


「料理を生み出す魔法も凄いけど、スキルを進化させる嫁属性の加護も凄いよ! やっぱりアキ君は特別な力を持った人だったんだ」


「そんな大したもんじゃないよ。俺は普通の支援役サポーターだから」


「またまたぁ♡ アキ君は謙遜しすぎだぞっ! っま、そんな控え目なところも好印象なんだけけどね♡」


「ありがとう。でも、俺のスキルも強化されたから、討伐クエストでも活躍できそうだな」


「アキ君は最初から活躍してるじゃないか。ボクたち、アキ君と出会ってから、クエストも上手く行くし、美味しい料理も食べられるし、良いこと尽くめだよ。ホント、アキ君と出会えて良かった」


 レイティアとの距離が縮まっている。心の距離という意味でもあるが、実際に体の距離もだ。


「そう言えば、レイティアの剣って特別な力が宿ってるのか?」

「さあ? 何となくボクの力が引き出される気がするけどさ」

「おい、知らずに使ってたのか……」

「えへへっ、カッコいい剣だろ。お気に入りなんだ」


 不思議な剣の話を聞きたいが、本人が知らないのではしょうがない。またの機会に調べるとするか。


 しかし事態はそれどころではなく、再びレイティアの目が妖しくなっているのだが。


「おい、レイティアお姉ちゃん。近いって」

「だって、もうムラムラ……じゃない、ウズウズしてさ」

「やっぱり欲求不満なのか」

「お、おい、それは禁句だぞっ」


 欲求不満でムラムラしているレイティアには早めに寝てもらおう。俺は彼女に酒を勧めて眠ってもらことにした。


 ◆ ◇ ◆




 その夜――――

 ソファーで寝ている俺を、何者かが覗き込む気配を感じた。


 まだソファーで寝ているのかとツッコまれそうだが、このところ忙しくてベッドを買えていないのだからしょうがない。


 ゾクゾクゾクゾク!

 俺の体に緊急警報のような震えが走る。


(誰だ? もしかしてアリアなのか? さっきは呪いを気にして落ち込んでいたし……。また禁断症状で添い寝して欲しいのか?)


 恐る恐る薄目を開けると、ヤンデレ目で俺を凝視するアリアと目が合った。


「うわっ、怖っ……んっ」

「しっ! 皆が起きちゃうでしょ」


 俺の上に乗りガッチリとマウントポジションをとったアリアに、手で口を塞がれる。


「アキちゃん♡ もうムリ♡ お願いっ♡」

「んんっ?」

「しょうがないよね♡ アキちゃんがイジワルなんだから♡」

「???」

「お姉さんねっ、もう止まらないかもぉ♡」


 その時俺は間違いに気付いた。酒を勧めて眠らせるのはレイティアではなくアリアだったと。


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