第13話 魔族の加護

 閃光姫ライトニングプリンセスの拠点とする借家に戻った俺は、スキルで夕食の準備をする。

 プロの味を学び、スキル【専業主夫】も大幅に強化されたはずだ。味的に。


「うーむ、お店のステーキは塩と胡椒こしょうで味付けだったけど、俺のスキルに初期装備されている調味料と組み合わせることで更に美味しくなるかもしれないな」


 そう、俺のスキルには基本骨子として味噌みそ醤油しょうゆ味醂みりんという、異世界の調味料が備わっているのだ。


 今までは何となく肉や野菜を調味料で煮込めば、それなりに美味しくなっていた。しかし、有名店の料理を食べた俺は、何か料理の方程式のようなものを理解した気がする。


 肉の旨味成分と野菜の旨味成分を掛け合わせることで、より深い旨味を創り出すことができるはずだ。


「よし、肉と野菜を醤油しょうゆ味醂みりんで煮てみよう。少し砂糖も入れた方が良いか。そうだな、肉はもっと薄切りにして。まてよ、それだけだと味が濃いかもしれないな。そうだ、卵をつけて食べれば味がまろやかになるかもしれないぞ」


 俺の頭の中で料理が思い浮かんだ。今までのような適当に作った戦闘糧食レーションではない。本格的な料理だ。


「スキル、専業主夫! 創成式再現魔法術式展開!」

 ギュワァアアアアアアーン!


 ぐつぐつぐつぐつぐつ――


 鍋の中からぐつぐつと食欲を誘う音と、割り下調味料と肉が合わさった香ばしい匂いが立ち込める


「おおっ、こ、これは食欲を誘う匂いだぞ! いまだかつて経験したことのない好きな匂いだ。スキヤキと命名しよう」


 レイティアが身を乗り出して鍋を覗き込む。


「アキ君っ、これ凄く美味しそうじゃないかっ!」


 シーラも同じように鍋を見つめている。


「うわぁ、めっちゃ美味しそうな匂いじゃないの!」


 何ともいえない食欲を誘う匂いが鼻腔びくうをくすぐり、思わずよだれが垂れそうになる。


「ふふっ♡ あの有名店より美味しそうな料理を作っちゃうなんて、さすがアキちゃんね♡」


 アリアは俺の肩に頭を乗せる。昼間からずっと発情モードが続いているのかもしれない。

 これもサキュバス特有の禁断症状だろうか。


「えっと、じゃあ食べましょうか。器に入れてある卵にからめて食べてください」


 そっとアリアの頭を元しつつ、皆に器を配る。


「「「いただきます」」」


 肉を口に入れると、一斉に顔を見合わせ驚くことになった。


「う、美味い! 今までとは大違いだ。肉と野菜とタレの黄金比率が完璧に調和しているぞ」


 明らかに今までの料理とは違う。やはり有名店で食べて学ぶのがスキル能力に影響しているようだ。


「なによこれ! 甘じょっぱいタレとトロトロの卵が肉や野菜に絡んで美味しいわね」


 シーラも喜んでいるようだ。


「はむっ、はむっ、これは美味だな。どんどんはしが進むぞ。ううっ、アキ君を拾ってきて良かったと改めて思うよ」


「レイティア、拾ったと言うより連行したが正しいような。でも、喜んでもらえて嬉しいよ」


 凄い勢いで肉を掻っ込んでいるレイティアに一応言っておく。


「ぐふっ♡ うふふっ♡ こんな美味しい料理を毎日食べられたら天国よねっ♡ やっぱりお婿さんにしたいわぁ♡」


 聞き違いじゃなかった。やはり俺はアリアにロックオンされているようだ。

 前から薄々そんな気もしていたのだが。


 スキヤキの評価も上々で彼女たちの顔も緩み切っている。色々と爆弾発言が漏れるくらいに。


「こんな料理を毎日食べれたら最高だな。うむ、やっぱりアキ君をボクの嫁……じゃない、旦那様にするのを本気で考えるべきか……。よしっ、いざとなれば力ずくでも……」


 ちょっと悪い顔をしたレイティアが小声で怖いことを言っている。冗談だと思いたい。


「はぁああぁ♡ やっぱりアキちゃんが欲しい♡ もう我慢の限界かもぉ♡ このまま精気を吸い取ってとりこにしちゃいたい♡」


 俺の耳に顔を寄せたアリアがつぶやいている。それは独り言ではないぞ。


「やっぱりアキがアタシの胸を見ている気がするのよね。どうしよう……アキってロリコンなのかしら?」


 おい、ちょっと待て。シーラは自意識過剰なだけかもしれない。


 女心を掴むのなら先ず胃袋からといった感じに、俺のスキル【専業主夫】が彼女たちに効きまくっている。

 このスキルって、実は戦闘支援用ではないのかもと思い始めていた。


 ◆ ◇ ◆




 その夜――――

 ソファーで寝ている俺を、何者かが覗き込む気配を感じた。


(誰だ? シーラか? ちょっと違うような……。もっとフェロモンのような甘い香りがする。もしかして……)


 恐る恐る薄目を開けると、眼前にまで接近していたアリアと目が合った。


「うわっ……んっ」

「しっ! 皆が起きちゃうから」


 上に覆いかぶさっているアリアが手で俺の口を塞ぐ。

 俺が頷くと、彼女はそっと手を退けてくれた。


「アキちゃん、お願い……ちょっとだけ」

「お、おい、マズいって。俺たちはパーティーメンバーなんだから」

「違うの、添い寝だけだから」


 懇願こんがんするような顔になったアリアが両手を合わせる仕草をした。


「前に言ったでしょ。サキュバスの特性で、男性の精気を吸わないと禁断症状が出ちゃうって」


「そ、それは理解してますけど、そういう行為は恋人同士でないと……」


「セッ……じゃなくてもキスでも良いの。口からでも吸えるらしいのよ。もし、それもダメなら……抱きしめるだけでも良いから……」


 ムッチリと柔らかな体で抱きしめられ、俺の中に強烈な感覚が湧き上がる。これがサキュバスの魔力なのだろうか。


「アリアさん、俺は仲間を大切にしたい。一時の欲望でアリアさんを抱くなんてダメだと思うから。だから今は添い寝だけにしてください」


「うん、アキちゃんの気持ち伝わったよ。私、我慢するから。だから一緒に寝るだけ……お願い」


 そう言ってアリアが俺の横に寝そべった。添い寝といっても狭いソファーの上だ。必然的に密着状態になるのだが。


 ぎゅっ♡ ぎゅぎゅっ♡

 きゅぅぅぅぅーん♡


 俺の上に乗ったアリアから、体温と心臓の鼓動と危険な音を感じる。

 彼女が俺の耳にくちびるを押し付けささやいた。


「アキちゃん、ありがとう。私、嬉しかったよ。あの時、私を守ってくれて」

「当然のことをしたまでですよ」

「私ね、今までずっと魔族だと怖がられて、男の人とこんなに仲良くしたことなかったの」

「そ、そうなんですか」

「うふっ♡ だからアキちゃんと出会えて嬉しいの」


 そのままアリアが静かに寝息を立て始めた。


「こ、これは……寝られないのだが……」

(柔らかい! 柔らかい! めっちゃ柔らかい! おおおお、おっぱいの感触がぁああああ! 何じゃこりゃぁああああ!)


 俺は一晩中、理性と戦いながら眠ることになってしまった。


 ◆ ◇ ◆




 チュンチュンチュン――――


 小鳥のさえずりと共に俺は目を覚ました。眠れないと思っていたのに、アリアの柔らかな体に抱かれ眠りの国に落ちていたようだ。

 淫魔サキュバスを夢魔とも言う所以か。


「ううぅん♡ アキちゃん……」


 俺の首に手を回しているアリアが色っぽい寝言をつぶやいた。


「くぁああ……マズい、これは非常にマズい。アリアさん、アリアお姉さん、朝ですよ。起きてくれぇええ」


 朝から大ピンチだ。色々と密着され限界寸前だ。


 その時、俺の理性や諸々が限界突破する前に、体の中でスキルがレベルアップする感覚があった。


『スキル【専業主夫】に嫁属性【魔族の加護】が追加されました。ステータス上昇。新たに魔法が追加されます』

【付与魔法・肉体強化】

【付与魔法・魔力強化】

【付与魔法・防御力強化】

【床上手】


 ステータスが書き換えられ、アビリティとパラメーターが軒並み上昇する。


「えっ、ええっ! これって、スキルがレベルアップしたのか? もしかしてスキル覚醒? しかも魔族の加護って……。嫁属性? もしかして、専業主夫って嫁属性で加護が追加されるのか?」


 支援魔法が追加されたのは嬉しいが、最後の一つが気になる。


「床上手……何か危険な感じがする。見なかったことにしよう」


 怪しげなスキルは見なかったことにした俺だが、アリアと添い寝しているのをレイティアに見られていたのだった。

 再び大ピンチである。


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